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ささやかな恋のてん末

このバーにくると、私は今でも真奈美の笑顔を思い出す。 真奈美はよくカウンターの奥から2番目の席に座って、マスターと話し込んでいた。 私は会社の帰りにこのバーに寄り、私の定位置、真奈美の座っているカウンターの逆の 奥から3番目の席に座ってひとりちびちびやっていたものだ。 私がこの席に座るのは、ほぼ5年振りだ。 このマホガニーのカウンターの匂いがなつかしい。 なぜ、そんなに時間が空いたのか、理由は後で話します。 今、あの席に真奈美はいない。 マスターも変わったようだ。 見たことのない無骨な男だ。どこかの店から流れてきたのだろう。 バーの従業員というより現場で働いている肉体労働者だといったほうが、すんなりくる。 だが、バーのマスターには、あんな無口な男のほうが向いているのかもしれない。 真奈美がいたころのマスターは、明らかにしゃべりすぎだった。 こちらが聞いていないことまで、ぺらぺらとしゃべりまくっていたから、私のように静かに 飲みたい人間には、迷惑と言ってよかった。 真奈美はなぜ、あんな男に愛想よくできていたのか、今でもわからない。 ここから見る真奈美の横顔はいつも輝いていた。 まるで、晴れた日に公園でみる、木漏れ日のような笑顔、といえば大げさだろうか。 そして、私はその笑顔を見るために、このバーに通っていたというわけだ。 真奈美はどちらかという落ち着いた女性だった。 ほんのちょっとした仕草にも色気があった。 一方、私は世間の荒波にのまれた疲れ切った中年サラリーマンだ。 もちろん、こちらからどうこうしようという気は、さらさらなかった。 ただ、彼女の笑顔を見れるだけでよかった。 時々
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