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阪神優勝でバブル崩壊

阪神が優勝したのでね 年明けにはバブルが崩壊するリストラの準備とか戦争とかに備えなさいバブルが崩壊するので株価大暴落だねえ不動産価格も西日本から下がっていくよ
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虎〇□ニュースが打ち切りになったのは?

スポンサー都合だと言っていましたが、これかと思ってしまいました。政治戦マニュアルです。本は中川大志君の彼女の月の頭にあります。発売はされていますが、対外的には出てないものです。どの層が書いているのかにもよって解釈が変わってきますよね。(政治戦については政治戦の研究者が書いています。)またその情報をほかの人が利用する可能性もあるわけです。目の前に出てきた情報は、目の前に「出された情報」です。一回自分で咀嚼しないで拡散すると、扇動者の思惑に乗ってしまいます。今、紛争させたい、武器売りたいさんがうろうろしている中で、飛びつくのは危険ですよね。だから、まず現状を把握し、どういう方向に充てるのか考えるのが先だと思いました。クマと目が合っているときにクマスプレー買ってきて!って言ってるようなものです。
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【ビジネスマン・経営者 必見!】日本人の努力を無にする人達

安倍さんと同じ選挙区で長い間苦汁を舐めた方。私たちの声はどうでもいいようです。C国寄りの発言をして釘を刺される。時々動画を貼っている平井さんの本に、いかにしてドイツ企業が飲み込まれたかが書かれています。「経済安全保障のジレンマ」です。政治戦マニュアルにも日和見主義的な国を引き入れようとするとありますが、林大臣の発言では日本もそれに加わってしまうことに。日〇首脳会談をやりたいという話に苦言。林さんはC国ハニトラにかかっていると有名です。あまりに国民無視過ぎる。やりたい放題。今国会で話している統一〇会問題はカルト団体取り締まりを視野に入れていたようですが遅い。一年に1400億円とも言われる外国人生活保護は撤廃せず、増税を検討しているそうです。この件においては小野田議員や片山さつき議員が抗議していたのに。外国系なのか帰国子女なのか日本人を理解していないようで。ちなみに、一番上で熱弁を振るっている門田さんへ、森友関係で立憲議員を侮辱したと賠償命令だそうです。東京地裁もお掃除が必要では?なんでも私物化しすぎでは?
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金融危機を生き抜く投資戦略:嵐の時代を乗り越える

はじめに経済は常に変化しており、その中には景気後退や金融危機のような嵐も含まれます。投資家にとって、このような困難な時期を乗り越えることは大きな課題です。しかし、適切な戦略を立てれば、嵐を乗り切り、長期的な投資目標を達成することができます。 金融危機とは? 金融危機とは、金融システム全体が不安定になり、経済活動が大きく悪化する状況を指します。金融危機には様々な原因がありますが、主な原因としては以下のようなものが挙げられます。 • バブル崩壊: 特定の資産の価格が急騰し、その後急落すること • 金融機関の破綻: 銀行やその他の金融機関が破綻すること • 経済ショック: 戦争や自然災害などの重大な出来事による経済活動の急激な悪化 金融危機の影響 金融危機は、投資家にとって大きな損失をもたらす可能性があります。具体的には、以下のような影響が考えられます。 • 資産価値の暴落: 株式、債券、不動産などの資産価値が急落する • 流動性の低下: 資産を売却することが困難になる • 経済成長の停滞: 経済活動が停滞し、企業業績が悪化する 金融危機を生き抜くための投資戦略 金融危機を生き抜くためには、以下の点に注意した投資戦略を立てることが重要です。 1. 長期的な視点を持つ 金融危機は一時的な現象であり、必ず経済は回復します。そのため、短期的な値動きに惑わされず、長期的な視点を持って投資することが重要です。 2. 資産を分散する すべての卵を一つのカゴに入れることは避け、株式、債券、不動産などの様々な資産に分散投資することが重要です。これにより、リスクを軽減することができます。 3. 十分な
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一掃処分でしょうか?

ツイッターを買収したマスク氏が、経営トップほか従業員も半分を解雇しました。最近は、独特な主張が強く見ていませんでした。納得です。フェイスブックのメタも大量解雇に。このまま業界全体が終わるのかなと思っていたのですが、やはり巻き返しを計るようですね。この流れに乗った方がいいです。米選挙で不正が行われた・・などと言いますが、日本にいる人々はこういうのをすぐマネするのでチャンスです。※追記ちなみにTwitterジャパンの社員はほぼ全員解雇だそうです。そりゃそうでしょうね。トレンドもいつも変だったし。ずっと違和感ばかりでした。まったく関係ないのですがこれやってみたいです↓ マテ貝大漁
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無能の鷹を見て思う。 崩壊後の世界

バブル経済の崩壊と聞くと、今の若い世代にはピンとこないかもしれない。でも、30年以上前に日本が経験したバブルの崩壊は、まさに人生の土台を揺るがすようなものでした。そう、あのバブル時代にはお金が溢れていて、「働けばどこでも稼げる」という幻想があった。しかし、そのバブルが弾けた瞬間、世の中の空気が一変しました。僕たちが放り込まれたのは、まさにそのバブル崩壊後の世界。思い出すのは、織田裕二主演のドラマ『お金がない!』。あれは、まさに僕たちの苦しい現実を描いたドラマでした。だから今、令和バブルなんて言われているけど、「そろそろ崩壊するんじゃないか?」って冷静に考えちゃうよね。織田裕二とバブル崩壊90年代半ば、バブルが弾けた後の日本は、本当に厳しかった。織田裕二が主演した『お金がない!』は、その時代の象徴ともいえる作品で、彼が演じた主人公は失業し、家もなく、ギリギリの生活を強いられる。とはいえ、そこから彼が必死に働いて、家族を支えながら奮闘する姿が描かれていた。ドラマの展開はユーモアを交えつつも、経済的な現実をしっかりと突きつけてくる。まさに「世の中そんなに甘くない」というテーマが響いていた。当時はまだインターネットも普及しておらず、就職情報は紙ベース。求人広告に目を光らせて、面接を受けに行く。織田裕二の演じるキャラクターも、まさにそんな状況で、毎日がサバイバル。僕たちも、あの時代、まさに「生き残るため」に必死だったんだよね。新大久保で稼げる時代と令和バブル一方で、今はどうだろう? 新大久保の立ちんぼだって、ある意味「稼げる」時代だ。SNSやインフルエンサーがいる中で、商売の形も変わって
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佐久間奈々さん事件について考察する

1991年の11月下旬に千葉市内で起きた未解決事件。幸いにもあるクリスチャンの方が当時の事件現場を基に動画を作成してくれていたので、私はその動画を見ながらこの事件について考察しました。この事件の考察自体は数年前のものです。まず事件発生当時はバブルがはじけた頃というのが極めて重要だと思います。私の考察では犯人は地方から出てきたトラックの運転手で、秋以降に仕事が激減したため、ちょうど田舎に帰ろうとしていた頃だと思います。仮にこの男をKとします。当時はトラックの仲間内で「今ここに可愛い子が通ったで」とかお互いに無線連絡しあっていたそうです。なのでKはおそらくは奈々さんの住所や通学ルートを把握していたでしょう。Kは千葉市の出身ではありませんが、仕事柄よくトラックで通るので、地元の人かそれ以上に事件現場付近の地理には精通していたでしょう。あの日の深夜に奈々さんたちは女子会か何かで夜食を買いにコンビニへと自転車を走らせておりました。台風の影響で倒木にタイヤを乗り上げたか何かで、奈々さんたちが立ち往生していたところにKがいきなり出てきて奈々さんたちを補導すると脅します。登場のタイミングが良すぎることからKは倒木に細工し、奈々さんたちを待ち伏せした可能性が高いです。Kが補導員を装ったのはとっさに出た類のウソではなく、ずっと前から考えていたのでしょう。Kが長時間にわたり奈々さんを連れ歩いたのも補導員だと思わせるのが目的です。Kは元から悪事を企んでいたのではなく、秋以降に仕事が激減したため、田舎に帰ろうなどと考えを巡らせていく中で、よからぬことを企むようになっていったのでしょう。Kが警察を装わなか
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「仮想通貨は暴落するのじゃないか」

 本日5/12(木)の本欄「いまいまの相場のセンチメント」に関連して仮想通貨について記しておきたい。 本日の日経のフィンテック関連記事「暗号資産テラ急落、「安定性」に疑義 強まる規制強化論」というものがあったのに気付いた方もいらっしゃると思う。『テラ』は8割も下落したという。 現在、FRBの姿勢は明確にマネー回収によるインフレ抑止である。80年代の闘志ボルカーまで思い出してその姿勢を肯定しようとしているのは当然相当な強い意志とまで見なければならない。だから株式相場は動揺しているのである。しかし、株式相場は生き物であり、米国株式市場が金融の源泉であることを考えれば大幅な暴落をさせようとしていないことだけは確かなことと言わなければならない。ここは論者の意見も収斂しているし、実際そうあるべきと思う。 その前提で考えたとき、バフェットの言葉を鵜呑みにするわけではないが、仮想通貨のバブルははじけてしまうのではないか。株式市場はFRBの味方だが、民間の仮想通貨はFRBの敵だとすればそうなる蓋然性はかなりある。 さあ、どうなるだろう、先行きが楽しみだ。
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証券版「半沢直樹」1996年夏の回顧録②

この内容は別サイトに掲載したものを転載したものである。私の提案に乗って下さったお客様は僅か10名ほど・・・ ですが、私にとっては十分な数だった。全てのお客様を完璧にフォローできると確信していたからである。 株式相場は下落の真只中、何も怖くなかった、それより確実にお客様の利益になる取引が出来る、その信念と日々のチャートを描く数は増えて行った。 今の時代ほど、インターネットがあり、欲しいデータは何でも揃う時代ではなく、個別銘柄の日々株価情報を取り出し、仕掛けたい銘柄の1年前まで遡りチャートを描いた。そして、チャートが崩れた(今でいう売りサイン)時点で全てのお客様に連絡をし、翌日の寄り付きで一斉に売りを仕掛ける。 まとまった株数でもあり、それがトリガーとなって下落に拍車がかかる、という事も少なくなかった。 しかし、売りが得意だからと言って買わない事もなかった。それはチャートの忠実に売買したからである。 私の相場は当て続けた。といっても、相場が下がってるんだから、当たり前の事ではあったが・・・ 当時の証券マンは全て手数料収入に換算されていたが、私の手数料収入も月間ノルマの常に3倍を稼いでいた。当時の役職は課長代理であったが、上司の課長、次長ですら、月間ノルマの三分の一にも達しない程度だった 普通のサラリーマンだから成績が上がっても給料は増えない、ボーナスも殆ど変わらない、でも、そんな事はどうでも良かった。この知識と技術さえ、あれば、いつでも、どこでもメシは食えるという自信しかなかったからだ。 カッコ良い言い方をすれば、「顧客第一主義」「顧客満足」 お客様に儲けて頂く
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証券版「半沢直樹」1996年夏の回顧録①

この内容は別サイトに掲載したものを転載したものである。TBSドラマで再び半沢直樹が始まる様だ。このドラマは銀行を舞台にしたストーリーだが、私がかつて勤めていた証券会社で私が体験した事実を書いてみたい。20年以上経過したので、当時の上司も居ない事だろうし・・・ 私は1987年に新卒でとある証券会社に入社した。大手証券会社の内定を蹴るという約束で、当時ではギリギリ採用の9月にワンランク下の証券会社に入社試験もなく入った。 入社後2年間は、当時の主流であった「中期国債ファンド」を集める事。新規開拓として毎日、数百件の訪問をしていた。その実績は確実に表れ、後に表彰されることも有った。 時代はバブルの真只中、新人の私にも株式のお客様も増え、本当に真面目だった私は、入社2年目で、超ビッグな資産家を顧客になってもらった事もあった。家は大きかったが、古くかった。そんなお金持ちとは思わず、気の良いお爺さんだったが、ある日、私が支店に帰ると大騒ぎになっていた。 その顧客(お爺さん)は、四季報にのっている銘柄の個人大株主でもあった方だったのです。早速、支店長案件としてVIP対応となった訳だが、その時のお爺さんが、〇〇さん(私の名前)しか対応しなくて良い、と言って下さったのが今でも印象に残っています。 入社2年目で株の事など全く分かりもせず、推奨銘柄どうするか?など考えていましたが、全く案ずることなく、お爺さんから銘柄指定されデータを持って行くと1週間後には素晴らしい手描きのチャートが出来上がっていました。それを見せられ、注文は全て寄付きで頂いていました。後で分かったのですが、お爺さんは様々
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