「不幸になる人」には、いくつか共通する思考パターンがあると指摘されています。
心理的な観点では、これらはしばしば「不幸の三原則」や「被害者ポジション」として説明されます。
まず「不幸の三原則」とは、次の三つです。
①「責任転嫁」:
自分の問題を、周囲や環境(親・会社・他人)に帰する姿勢
② 「自己憐憫」:
自分を被害者と捉え、改善の努力を手放す姿勢
③ 「依存心」:
「誰かが何とかしてくれる」と期待し、自ら変わることを避ける姿勢
また「被害者ポジション」とは、「自分は悪くない、他人が悪い」と捉え、
弱者であることによって同情や支持を得ようとする状態を指します。
これらの傾向が重なると、
「自分は被害者だから助けられるべきだ」という思考に陥りやすくなります。
その結果、問題の本質的な解決とは直接の関係がない「周囲からの共感を得ること」に意識が向くことになります。
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「近代リベラリズム的な価値観」を強く重視する場合、こうした傾向と重なりやすいという見方があります。
代表的な議論が「社会的弱者の保護」「格差是正」「平等の重視」「多様性(ジェンダー・人種など)尊重」ですね。
物事を「加害者」と「被害者」という構図で捉え、社会構造への問題意識を強く持つこと自体は意義があるのだと思いますが、
こうした活動を続けていくうちに、「自分の状況は社会によるものだ」という認識に偏りやすくなります。
また、この価値観の前提条件である「理性は生まれながらに備わり、自由も与えられている」ということに意識を向けすぎると、
内面的な成長や自己鍛錬の重要性が相対的に軽視される傾向が生まれます。
さらに、この思想の核となる「道徳・宗教・伝統といった枠組みからの解放」を強調しすぎると、
結果として
・自己中心的な判断
・過度な自己主張
・他者への配慮の不足
といった行動につながりやすくなります。
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このように近代リベラリズム的な思考が強まると、
「なぜ自分だけがうまくいかないのか」「自分は悪くない」といった認識が生まれやすくなりますが、
その結果として、
・原因を外部に求め続ける
・自分を被害者として位置づける
・不満や怒りが蓄積する
・自らの在り方を顧みない
といった思考が常態化する可能性があるのです。
こうした考え方は短期的には自己正当化によって心が守られる面もあります。しかし、長期的には自己省察の機会が減り、状況を自ら改善する力が育ちにくくなります。
また、「他責」や「怒り」を前提としたコミュニケーションは、
信頼関係の構築を難しくし、人間関係の摩擦や孤立を招くことが多いです。
さらに、慢性的な「不満」や「怒り」は、精神的・身体的な負担となり、ストレスを増大させる要因にもなることでしょう。
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“解放”の先に、孤立と怒りが待っている。
リベラリズム的な価値観そのものには意義があるのでしょう。
ただ、その思考習慣が強まっていくと
・外部要因への過度な依存
・自己成長の停滞
・人間関係の悪化
・慢性的なストレス
といった課題につながり、未来が拓かれなくなります。
そのため、「自分自身の在り方や行動を見つめ直す視点」を持ちつつ、
特定の価値観に偏りすぎないバランスが重要だといえるでしょう。
※重要なのは思想ではなく、現場でどのような行動として現れるかです。
主体変容(しゅたいへんよう):
周囲や状況に不満を抱くのではなく、まず自分自身の姿勢や行動を変える(気づく)ことに集中し、その結果として相手に良い影響を与える手法
松下幸之助氏の教えとして知られる