障害を持って生まれた子

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聞き流してしまえばそれだけのこと、でも気になる。そのまま捨てておけない。言葉にはそんな魅惑と心を引きずり込む誘惑がある。

「障害を持って生まれた子」
こんな言葉を聞いたことはあるだろうか?

冷静に、冷酷に考えれば、障害は目に視えるものであれ見えないものであれ、実は不足しているもの。その「不足」という言葉も、普通があって、その比較から生まれている。

でも、不足しているのに「○○が足りない」とは言わない。
「障害というものを予め持ってこの世に降り立ったこども」
足りない、不足しているではなく、持っているとプラスに表現している。

一瞬、使ってはいけない、してはいけない表現かと世の中のルールも想像したが、ここで大切にしたいのは、ルールではなく、自分の胸の奥から湧き出てくる言葉にしがたい曖昧さだ。

只の言葉あそびと叱られるかもしれない。
当人やご家族にとって、あなたは何もわかっていないと軽蔑されるかもしれない。でも、こうして書かずにはいられない。

過去、「障害」というキーワードで何本か書いてきた。興味のある方は私のブログで「障害」というキーワードで記事を検索していただきたい。その都度見聞きした思いを書いている。

「障害を持って生まれた子」という言葉に関して、未だ「これだ!」 「そうか、そうだったのか」と、無月の夜空に見つけた星のような煌めきはない。弱い光のままだ。儚く見えたり消えたりしている。でもいつか別の星とつながって新しい星座となるかもしれない。だから、私はこうして書き留めておく。

これを読まれた方も、ちょっと立ち止まってこの言葉の背景を想像してほしい。何か新しいものが見えてくるかもしれない。


あらかじめ断っておきます。
こんなこと考えて書いても、何の役にもたちません。
でも、すぐに役立つものはすぐ役立たなくなります。

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