「正しさ」よりも「楽しさ」を。沖縄から北海道へ、急な別れを経て思ったこと

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コラム
今日、沖縄の自宅に戻ってきました。 
実は、身内に急な不幸があり、
北海道へ帰省していました。

暖かい南国から雪の舞う北国への、急な移動。 
あまりに突然のことで、
行きの道中は心が追いついていませんでした。

原因はがんでした。 
以前会ったときは変わらない様子だったのに、
進行のスピードがあまりにも速く、
驚きを隠せませんでした。

もちろん、知識としては
分かっていたつもりでしたが、
現実のスピードは想像を超えていました。

誰もが「いつどうなるかわからない」という言葉を
頭では理解しているはずです。
しかし、それが自分の身近なところで起こった時、
その重みはまるで違いました。

「また今度会おうね」「また連絡するから」
――そんな口約束が
明日には果たせなくなるかもしれないですし、
昨日の笑顔が、永遠の別れになることもあります。

そう考えると
普段の先延ばしが急に怖くなりますし、
大切な人と喧嘩をしたまま、笑顔になれないまま
一日を終わらせてはいけないなと思います。

今も、なんとも言えない気持ちのままです。
悲しいだけでもなく、寂しいだけでもない。

悔しさとか、
もっと何かできたんじゃないかという思いとか、
どうにも整理できない感情が混ざっています。

泣ける時もあれば、逆に現実感がなくて
涙が出ない時もある。
きっとそれが普通なんだと思います。
ちゃんと名前のつく感情ばかりではありません。

そのような中で、自分自身のことも考えました。

限りある時間の中で
私は一体何をして、どう生きたら良いのだろうか、と。

私たちはとかく
「正しい事」を求めてしまいがちです。
社会の規範、常識、誰かの期待。
それに応えようと、自分の本当の気持ちに蓋をして、
懸命に「正しい道」を進もうとします。

でも、正しさを積み上げた先に、
必ずしも「後悔しない人生」があるわけではないですし
むしろ、最後に残るのは
こういう気持ちなのかもしれません。

「あの時、会いに行けばよかった」
「あの時、言えばよかった」
「あの時、やっておけばよかった」

人生の終わりに必要なのは、正解の履歴じゃなくて、
笑った記憶や、ちゃんと向き合った時間なのでは
ないでしょうか。 

そういう小さな選択の積み重ねで、
人生の輪郭が変わっていく気がしています。

読んでくれているあなた様も
是非大切な人に会いに行ってほしいですし、
今日という日を大切にしてほしいなと思います。

明日会えなくなるかもしれない誰かに対して、
今日、最大の愛と笑顔を向けましょう。

食べたいものを食べて
行きたい場所へ行って
会いたい人に、今すぐ連絡してみましょう。

私たちは、幸せになるために生まれてきたのです。

迷ったら、心が踊る方を選んでみる。
それが、予測不能なこの世界で、
唯一にして絶対の「正解」なのですから。
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