私は33年、この仕事をしてきました。
たくさんの出会いと別れを経験してきました。そして、たくさんの涙にも立ち会ってきました。それでも、今でも思い出すたび胸が熱くなる出来事があります。これは私が実際に経験したお話しです。
忘れられない出会い
私が施設長を務めていた時のお話しです。
ある日、一人の娘さんが私の施設を訪ねて来られました。
「母を、ここで過ごさせてもらえませんか」声は震え、目は真っ赤でした。
お母様は脳腫瘍の手術を受け、手術自体は成功。
けれど、その後に点滴部分より菌が入り込み敗血症を発症しまったそうです。
病院では考えられる限りの治療をしたそうですが、回復することはなく、医師から告げられた言葉は、「余命3ヶ月」・・・・
娘さんは突然、母の“最期”を選ばなければならなくなったのです。
自宅へ連れて帰るべきか。このまま病院にいるべきか。
意識のない母に聞くことはできません。どれほど苦しかったことでしょう。
思い出した母の言葉
そんな時、ふと思い出したそうです。
元気だった頃、お母様が笑いながら話していた言葉を。
「もし家で暮らせなくなったら、あの施設に入りたいな」
その“あの施設”が、私の務めていた施設でした。
娘さんは泣きながら言いました。
「たった3ヶ月でいいんです。母の願いを叶えてあげたいんです」
私たちの施設は本来、終の棲家として長く過ごしていただく場所として運営を行っていましたので、3ヶ月という期間限定のケースは過去にありませんでした
しかし私は、その言葉を断ることができず、その場で受け入れを決断しました。
現実は・・・
けれど受け入れは簡単ではありませんでした。お母様は意識がなく、鼻から腸まで続く栄養チューブ。酸素も常時必要。脳の手術後で、大きな振動すら危険。栄養チューブには少しづつ栄養を流すための専用の機械が取り付けられていました。そして常に高熱が続き、毎日座薬を使って熱を下げていたのです。
ここで私に初めて現実が突き付けられたのです。
「施設まで搬送できるのか?」
そう思わずにはいられない状態でした。この状態では搬送だけでも大変なことです。
しかし、私には泣きながら施設に来た娘さんの姿を忘れる事ができなかったのです。
私は何度も病院へ通い、栄養を送り出す為の機械を借りる手配をし、医師と話し合い、搬送中の急変時には受け入れの約束もしてもらいました。
その他にもやる事は沢山ありました。
この状態の方の搬送を受けてくれる介護タクシーの手配。
酸素の手配。
往診医の確保。
揺れの少ない道順の確認。
受け入れる居室の準備。
一番大切なこと
そしてなんと言っても大切だと思ったのは、余命3ヶ月のお母様を受け入れる現場介護士への説明とお願いでした。一番大変な思いをする現場介護士へ、娘さんの思いや私の覚悟を理解して欲しかったのです。私は何度も頭を下げてお願いしました。なんとしても全員で3ヶ月間全力でやり切ろうという意識統一をしたかったのです。
1人でも受け入れに後ろ向きなスタッフがいたら、お母様の人生最後の3ヶ月間を安心して過ごして頂けない、娘さんの思いを叶えられないと考えたからです。
現場介護士との話し合いは何度も行われました。そこで私は娘さんの思いやお母様の悔しさ、それを受け入れようと決めた私の覚悟を何度も話しました。それはもう必死でした。
気付けば現場は一つのチームとなり、受け入れの為の準備を皆が自ら進んで行っていたように思います。
できることは全部やりました。
受け入れ当日
搬送当日、私は介護タクシーの後ろを自分の車で走りました。
どうか無事に着いて欲しい。どうかこの願いだけは叶えさせて欲しい。
そんな気持ちでハンドルを握っていました。
無事に施設へ到着し、ベッドへ移ったお母様は、静かに眠ったままでした。
娘さんも安堵の表情をしながら、ベッド脇に座りお母様の手を握っていました。
ここからが始まり
予想していた以上の状態の悪さに少し驚いていたスタッフもいましたが、直ぐに私たちは集まり考えました。
この方に、何ができるだろう。
耳は聞こえているかもしれない。だから好きだった音楽を流そう。
匂いは感じるかもしれない。だからアロマを焚こう。
目が覚めた時、外が見えたら嬉しいかもしれない。だから窓の見える位置へベッドを移そう。
触れる感覚はあるかもしれない。だから動物とも触れ合ってもらおう。
私たちは次から次へと色々な事にチャレンジしていきました。
そんな私たちを見て娘さんが、ぽつりと教えてくれました。
「母は、ここに来たら中庭を散歩したいって言っていました」
そうなんです。私の施設にはとてもキレイな中庭があったのです。お母様はその事も知っていたのです。
願いを叶えたい
私たちは、是非その願いも叶えたい!
そう思いました。
早速、フルリクライニング車いすと介護リフトというものがある事を伝え、座薬を入れて熱が下がったタイミングで、約1か月先の気候の良い春先に散歩に行きましょうと提案しました。
けれど返事は意外なものだったのです。娘さんは首を縦に振りませんでした。
実は入院中に病院で移乗の時、ベッドに頭をぶつけられたことがあったそうです。
「母を傷つけたくない」「ベッドから動かしたくない」「もう充分です」
その想いが伝わってきました。
諦めない
しかし、私たちは諦めきれませんでした。
そこで、まず娘さん自身に介護リフトへ乗ってもらう事にしました。
介護リフト業者に事情を説明し、特別に展示等で使う物を貸してもらうことができました。
介護リフトでベッドから車いす、車いすからベッドへと移動した娘さんは、涙ぐみながら言いました。
「これなら…母を乗せてあげたいです」「お散歩…したいです」
そこまでたどり着くのに、入居してから約2ヶ月が経過していました。
残された時間はあと1か月しかありません。
そしてその頃からだったと思います。誰も想像していなかったことが起こり始めたのは・・・
(後編へ続く)