やさしさと本音のあいだで、人は少しずつ自分に戻っていく〜みんなで立ち寄った商店街のお肉屋さんでの出来事から〜

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こんにちは。りさです。
今日は、実話をもとにした、フィクションをお届けします。
実際に旅館やホテルで働いていた頃の記憶をたどりながら、書いてみました。

日常の中で、ふと生まれる、やさしさや本音。
そのひとつひとつが、どこかでやさしくつながっていきますように。


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第一回サムネイル☺️商店街のお肉屋さん.jpg



「みんなシフト休みじゃん!」
ホテルの従業員スペースにある、シフト表を確認しながら、わたしは思わず声を出していた。明日はたまたま泊まるお客さんの人数が少ないからかもしれない。親しくしていたメンバーみんながそろって休みだなんて、そうそうあり得ないことだ。その当時働いていた温泉街のホテルのメンバーと出かける絶好のチャンスに嬉しくなり、食堂にいたメンバー3人に声をかけた。その中には、最近ホテルで働き始めた春翔くんもいた。 春翔くんは、旅館やホテルで住み込みの派遣社員として働きながら、日本全国を旅するために、この春から大学を休学しているそうだ。20歳とは思えないほど気が利いて、明るく、しっかりしている。

そうして、車でドライブをしに行った先で、昔ながらの街並みや4月のぽかぽかした春の陽気にわくわくしながら歩いていると、商店街の一角から、何やらいい匂いがしてきた。

「美味しそうだねぇ〜」美味しいものに目がないわたしは言う。いい匂いの正体は、そのお肉屋さんで人気の「コロッケ」だった。

誰もが食べたそうにしているが、そんな中でも、春翔くんはどことなく虚ろな眼差しをしている。そうだった。働き始めたばかりの彼にとって、たった500円でも大きな出費だ。「食べよう食べよう」と勢いよく誘ってみたものの、彼のそんな姿を見ていると、心の中がかすかにざわざわしているのを感じた。

わたしも正直なところ、お財布の余裕はそこまでなかった。だけど、彼よりも年齢はずっと上だし、ここは日頃の感謝を込めて奢ってあげよう、というあまり思ったことのない気持ちにはじめてなった。「いつもがんばっているから奢ってあげよう」って気持ちは、こういう時になるのか! と新鮮な気持ちと、春翔くんの様子が気になる気持ちとを感じながら、店内へ入った。

長年お肉屋さんをされている地元の方なのかなぁ、という感じのする威勢のいい店主が「いらっしゃい」と声をかけると、わたしはすぐに「コロッケを4つお願いします」と伝えた。他のみんなが各々のかばんに手を入れたのを見た瞬間、「今日はわたしの奢りで」と言った。春翔くん以外のメンバーは「いいんですかぁ〜やったぁ! 」という反応だったが、春翔くんだけはちょっと違ったような……。手渡したコロッケは美味しそうに食べていたけれど、春翔くんとその日1日出かけた中で、唯一違和感の残るやり取りだった。


その違和感がわかったのは、後日、春翔くんが500円を持ってわたしに声をかけたときだった。
「あの、すみません。ちょっとお話いいですか?この間のコロッケ、とても美味しかったです。ごちそうさまでした。嬉しかったです。でも、僕はやっぱり、受け取れないんです。あの日、もしかしたら、僕が何か伝えていない気持ちがあるってことに、先輩は気づいていたかもしれないんですけど……。やっぱりそうなんです」
「今日はたまたま気持ちに余裕のある日でよかった」と思いながら、「寮から少し離れた公園のベンチで話そうか」と伝えた。

私服に着替えてから公園へ向かった。「あのお肉屋さんへ行ったとき、立ち止まって話してあげたらよかったな」と気持ちが少しほどけていくのを感じながら「春翔くんから声をかけてくれてよかった」と思った。公園へ向かう道中、もうすぐ日の暮れる時間の外の空気をいつもより深く吸いながら考えていた。ちょっとドキドキもしていた。話って、なんだろう。

公園に着くと、春翔くんは先に着いて、ベンチに座っていた。悪いと思ったのか、手にはどこかで買ったペットボトルのお茶を持っていた。

「先輩、すみません。」お茶を手渡しながら春翔くんは言う。
「大丈夫。そんな気遣わなくていいのに。今日はそこまで忙しくなかったし。帰り際にも話したけれど、お客さんと話す余裕もあって、楽しかったね。それで……わたしから聞いちゃうけど、話って……何かな?」
少しの沈黙の後、春翔くんは言った。
「実は、奢ってもらうってことが、怖いんです」
ぽつりぽつりと、過去の何かを思い出しながら、話を続けようとしている春翔くんの言葉を待った。
「怖いっていうか、どう受け取っていいのかっていう感じの方が近いかもしれません。お父さんが……「自分で稼げ」って。お金を貸してもらったり、何かを奢ってもらったりするのは、一人前になってからだって。そう教えてもらってきたので」


少しずつ言葉になっていく春翔くんの話を聞きながら、わたしは静かに思っていた。
あの日のお肉屋さんでの「コロッケ奢り」は、きっと間違いではなかった。でも同時に、正解でもなかったのかもしれない。
わたしはただ、「いいことをしたい」という気持ちで動いていた。けれどその裏で、相手の「受け取り方の感覚」には、ちゃんと触れていなかった。

優しさは、ときに一方通行になる。でも本音は、その一方通行をそっと揺らしてくれる。春翔くんが、後からでもちゃんと伝えてくれたこと。それは「受け取れなかった」という拒否ではなくて、「受け取り方を一緒に考えたい」という、小さな願いだったのかもしれない。

わたしはそのとき初めて気づいた。
優しさと本音のあいだには、どちらかを選ぶ世界じゃなくて、「どちらもちゃんと置いていい場所」があるのだと。
あのお肉屋さんのコロッケの匂いも、春の空気も、春翔くんの声も。全部がその場所へ続く、小さな入口だったのだと思う。

これから先、わたしはきっとまた同じように、誰かに何かを渡したくなる。でもそのときは少しだけ立ち止まって、「これは相手にとって、どんな受け取り方になるだろう」と、耳を澄ませていたい。

優しさは、ただ差し出すことだけではなくて、相手の本音と一緒に育っていくものなのかもしれない。

そう思ったとき、あの日のコロッケの味が、少しだけやさしく思い出された。



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ありがとうございました!

りさ


*登場人物の名前や設定は架空のものです。実在の人物とは関係ありません。

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