気持ちや感情を表すのが苦手でした|私の子ども時代

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チョコレートやお菓子、ジュースなどを飲んだり食べたりしてはいけなかったのが、私の子ども時代です。
幼稚園年長くらいから、小学校時代のほとんどの時期がそうでした。

幼少期、身体が弱く、1ヶ月以上の入院も2回経験しました。
食べていいものが限られていて、両親にもたいへんな思いをさせてしまったなあと思います。

小学校に入って、給食も低学年の頃は食べることができず、丸一日小学校に行けるようになったのが小学校3年生のときくらいから、体育ができるようになったのは小学校4年生になってからです。

だから、それまでの間、食べ物で「どちらがいい?」って何かを選ぶこともほとんどなく、食べ物以外でも、自由にできることがほとんどなく、制限の中で過ごすことが多かったです。

それでも、当時の自分としては、「しかたないなぁ。」、「できることだけやっていこう。」と思って過ごしていました。
案外不都合もなくて、今、思い返してみると、両親が、「私ができること」を自分のまわりに置いてくれていて、私が退屈したりしないようにしてくれていたのだと思います。
ありがたいことだなあって思います。

こうした子ども時代を過ごしてきたので、私はずっと「何かを選ぶこと。」が苦手で、投げやりとかではないのですが、「なんでもいいよ。」って言ってしまうことが多いのです。
そして、その姿を周りからみると、「物わかりのよい子」、「おとなしい内気な子」というふうに見えているだろうなあって思って、その見方に自分を合わせて過ごしていました。
それ自体は悪いことではなかったかもしれませんが、周りの見方に自分を合わせて過ごしてきたからか、自分の気持ちや感情を外に表すことが苦手になっていました。

自分の中では、いろんなことを考えたり、もちろん喜怒哀楽もあるのですが、なかなかそれを出せずに子ども時代、思春期時代を過ごしていました。
もう少し、自分のことを外に出すほうが、気持ちが楽に過ごせていただろうなあって思っています。

お子さんだけでなく、保護者の方のなかにも、もしかしたら、周りの見方に自分を合わせて過ごしていらっしゃる方もおられるかもしれません。
なんでもかんでも自分を出すことがよいとは限らないかもしれませんが、周りに合わせすぎず、時には自分自身を出すことも必要なことだなあって実感しています。

そうした思いをつなげるお手伝い、また、お子さんと保護者の方の関係を支えるお手伝い、という活動をしていきたいと考えています。
こう考える原点は、私のこのような子ども時代のいろいろな経験からなのです。

私の子ども時代の《「どうして?」に答えられない経験》についてはこちらをご覧ください。
今、考えている活動のことなどは、ご興味がおありでしたら、こちらをご覧ください。












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