「そんなつもりじゃなかった」
「別に普通だと思った」
こう感じた経験、きっと誰にでもあると思う。
私自身も
言葉を選んだつもりだったのに、
後から「あれ?」と空気が変わったことが、何度もあった。
相手がいる場では、自分の意図よりも
相手がどう受け取ったかが、
結果として残ってしまうんだよね。
だから最近、
〇〇ハラスメントという言葉が
時代とともに増えてきたのかな、とも思う。
それは「悪意があった人」だけを責めてるわけじゃない。
ある行動をした結果、いやな思いをされた人がすべて対象。
人の行動には、バックグラウンドや環境によって変わるもの。
それでも―――――
相手が困った
相手が傷ついた
そう感じた事実があるなら、
「なかったこと」にはできない。
ここが、ちょっと苦しいところ。。
仕事でも、プライベートでも、
信頼されている人を思い浮かべると、
ある共通点がある気がする。
それは、
「私はこう思った」よりも先に、
「相手からは、どう見えただろう?」と
一度、頭の中で立ち止まっていること。
言葉に出さなくても、
その“ワンクッション”が表れている人。
それって、
気を遣いすぎているわけでも、
自分を押し殺しているわけでもなくて。
むしろ、
自分がこれ以上、損をしないための視点なんじゃないかな、
と私は思う。
ほんの一言、
「言い方きつかったらごめんね」と添えるとか。
「どう思う?」って聞いてみるとか。
それだけで、
関係がふっと柔らぐこともある。
完璧じゃなくていいし、
全部を想像するなんて無理だけど。
ほんの少し
相手の立場に立ってみる想像力が
結果的に
自分の評価や居場所を、守ってくれることも、あるのかもしれないね。