相手を見て話を聞く、ということ 「できない」自分を責めるより、「気づけた」自分を認めたい。

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コラム
「あ、またやってしまった。」

リハビリの合間や、カルテ記録に集中しているとき。
後輩や同僚から声をかけられても、つい画面を見たまま、手を動かしたまま「うん、聞いてるよ」と返してしまうことがあります。

意識しているつもりでも、忙しさに飲まれると、相手に体を向けるという基本的な動作が後回しになってしまう。
そのことに後から気づくたび、胸の奥に小さな反省が残ります。

「できていない」という気づきの価値
理学療法士として働く中で、私は患者さんの“気づき”が持つ力を日々感じています。
自分の身体の使い方や無意識の力みに気づいた瞬間、動きの質は大きく変わり始めます。

これは、私自身のコミュニケーションにも同じことが言えるのだと思います。

「相手を見て話を聞く」という、当たり前だけれど難しい習慣。
できている日もあれば、できていなかったと気づく日もある。

以前の私は、できなかった自分を責めていました。
でも今は、「気づけた」という事実そのものが前進だと考えるようになりました。

習慣化というOSのアップデート
新しいソフトを入れたばかりのPCが不安定になるように、
自分の中に新しい習慣(思考OS)を馴染ませるには時間がかかります。

「相手を見て話を聞く」という動作は、単純なスキルではありません。
自分の内側に“余白”がなければ成立しないものです。

余裕がないと、私の思考OSは無意識に「効率」を優先し、
相手を見るという動作をカットして、マルチタスクで処理しようとしてしまう。

大切なのは、そこで自分を責めて固まることではなく、
「今は余裕がなかったんだな」と静かに観察すること。

理学療法士が患者さんの代償動作を分析するように、
自分の“聞けなかった理由”をそっと見つめてみるのです。

「今」気づけたことを次の一歩にする
習慣化は、一直線に伸びるものではありません。
良くなったり、戻ったりを繰り返す“揺らぎ”のプロセスです。

職場でも家庭でも、完璧である必要はありません。
大切なのは、できなかった自分を否定するのではなく、
「次は手を止めて、目を見て話そう」
と、その都度気づき、微調整を続けること。

その積み重ねが、思考OSを少しずつアップデートしてくれます。

明日もまた、顔を上げずに返事をしてしまうかもしれません。
それでも、「気づけた」という事実を、自分の確かな前進として認めたい。

その小さな自己肯定の積み重ねが、
いつか自然な習慣という景色につながっていくのだと思います。
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