指導する立場や先輩という立場になると、つい
「何を教えるか」
「どう正解を伝えるか」
に意識が向きがちです。
でも先日、後輩とのやり取りの中で、私は自分の“反応”が、相手にとっての「話しにくい環境」をつくっていたことに気づきました。
その瞬間、胸の奥が少し痛むような、静かな反省がありました。
1. 理想と現実のギャップ
私の理想は、後輩が悩みや疑問を素直に話せる、風通しの良い環境をつくること。
迷いも、考えも、未完成のまま出していい。
そんな場所があってこそ、成長は自然に始まると思っています。
しかし、現実の私はどうだったか。
業務に追われているとき、後輩が話しかけてきても、私は手を止めずに返事をしていました。
視線は手元のまま、相槌だけで会話をつなぐ。
「はい、はい」と言いながら、心は別の作業に向いている。
その“動作”こそが、後輩にとっての壁になっていたのだと、あとになって気づきました。
相手を見ずに聞くという、ただそれだけの反応が、
「これ以上話しても意味がない」
「忙しそうだから遠慮しよう」
そんな空気を生み出していたのだと思います。
2. 「反応」が伝えてしまうメッセージ
人は、言葉よりも“反応”を見ています。
目を合わせない。
手を止めない。
体がこちらを向いていない。
それらの小さな反応は、どんなアドバイスよりも強く、
「あなたより今の作業が大事です」
というメッセージとして伝わってしまう。
指導の内容が正しいかどうか以前に、
この“反応の環境設定”を間違えると、対話は成立しません。
信頼関係は、もっと手前のところで決まってしまう。
その怖さを、あらためて感じました。
3. これからの「微調整」
完璧に振る舞うことはできません。
でも、微調整ならできる。
後輩が話し始めたら、まずは手を止める。
体と視線を相手に向ける。
意見を返す前に、相手の表情をしっかり見る。
そんな小さな動作の積み重ねが、
「話していいんだ」
という空気をつくるのだと思います。
聞きやすい環境は、自然にできあがるものではありません。
こちらの反応の積み重ねで、少しずつ形づくられていくもの。
専門的な知識を深めることと同じくらい、
自分の立ち居振る舞いを整え続けること。
その姿勢こそが、後輩の本音を引き出し、
一緒に成長していくための入り口になると感じています。