今日、雨が降りそうなタイミングで。
私の癖なら、迷わず傘を手に取ります。「雨なら傘をさす」という脳に刻み込まれた自動思考。しかし今日は、あえてその動きを止め、傘を持たずに外へ出てみました。
自分の中に湧き上がる当たり前の回路を一度遮断し、今の空気をそのまま受け入れてみたかったからです。
この「無意識の反応を止める」という試みは、専門職としての私の振る舞いを再考する大きなヒントになりました。
1. 理想と現実のギャップ
私の理想は、目の前の状況に対して常にフラットで、柔軟な「反応」を選択できる状態にあることです。臨床現場でも教育の場でも、固定観念に縛られず、今何が起きているかを正しく捉えることが、質の高いアウトプットの土台となるからです。
しかし、現実はどうだったか。
忙しさに追われていると、私は自分の「効率」という自動思考に支配されていました。誰かに話しかけられたとき、作業の手を止めずに言葉だけを拾ってしまう。顔も見ず、頭の中では次の段取りを考えている。
その瞬間、私は自分の「作業を優先する」という自動的な反応を止めることができず、結果として自分自身の思考や感覚を、非常に狭い場所に閉じ込めてしまっていたのです。
2. 動作が伝える、自分へのメッセージ
目を合わせない、手を止めないという「反応」は、自分自身のマインドセットを固定してしまいます。手を動かし続けながら聞くという動作は、自分の脳に対して「今は目の前の作業が最も重要であり、他の情報はノイズである」という指令を出しているのと同じです。
その結果、どれほど正しい返答をしても、新しい気づきや微細な変化を受け入れるための「余白」が失われてしまいます。「反応という環境設定」を間違えているのは、他でもない自分自身でした。
3. これからの「微調整」
傘を持たずに外へ出たとき、肌に当たる湿った空気や、空の色の変化をダイレクトに感じることができました。「雨=傘」という自動思考を止めることで、初めて身体に入ってくる情報が変わったのです。
完璧に自分を制御することは難しくても、この反省を日々の微調整に繋げていきたい。次に何かが起きたとき、まずは今の作業を一度「置く」。対象の方へ首を向ける。意見が湧き上がる前に、その場の空気が馴染むのを「待つ」。
こうした自分の「動作」を丁寧にコントロールすることは、自分の思考を自由にするための唯一の手段です。
「質の高い思考」は、自然に出来上がるものではありません。無意識の癖を切り離し、一つひとつ微調整し続けること。その積み重ねこそが、自分自身のOSを更新し、より深い洞察を得るための入り口になると信じています。