生きづらさと“死”について、私が正直に思うこと

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コラム
「死」について語ることは、とても慎重さが必要なテーマです。
でも、私がコーチングという仕事をするうえで、
最初に伝えておきたい考えがあります。

私の中にはずっと、
“死は特別なことではなく、誰にでも訪れる自然なもの”
という価値観があります。
恐れるべきものというより、「生の一部」という感覚に近い。

もちろん、私は生きることの楽しさを知っています。
人との関わりや、小さな喜びが心を温かくしてくれる瞬間も、何度も経験してきました。

それでも人生には、
「どうしても生きづらい」と感じる時期があります。
呼吸の仕方さえわからなくなるような日もある。
そうした絶望の中で、
“死という選択肢が頭に浮かぶこと” は、誰にでも起こり得ることだと思っています。

ただしここで大切なのは、
私は 死を推奨しないし、肯定もしない ということです。

浮かんでしまうこと自体を責めない、否定しない。
でも、その領域での意思決定をサポートする責任は、私にはありません。

だから私は、
死を真剣に考えるほど苦しい状態の方の相談には応じられません。
それは拒絶ではなく、
「専門的な支援が必要な状態だから」と理解してほしい。

私が寄り添えるのは、
・不安
・迷い
・生きづらさ
・未来への怖さ
そうした“心の揺れの段階”にいる人たち。

そして、ここがあなたに強く伝えたい部分です。

どんな状態の人でも、私は“その人自身”を否定したくない。
苦しんでいるその人を、責めたり切り捨てたりするつもりはまったくない。

でも同時に、
命に関わる領域に踏み込むことは、あなたのためにも、私の責任としてもできない。
その線引きは、あなたを大切に思うからこそのものです。

私はいつも思う。
「ここまで苦しいと思えるほど、真剣に生きてきたんだな」と。

その姿を、私は尊重したい。
否定する権利なんて私にはない。

けれど、サポートの手段としては、
その段階の方にはプロとして適切な場所へつなぐ必要がある。

私の役割は、
“生きたいとも思えないほどしんどいところ”ではなく、
“生きたいけれど生きづらいところ”を一緒に歩くこと。

そして、これは本心ですが…

どんな状態の人であっても、私はその人の人生を応援したい。
ただし、応援の形は“相談に乗ること”とは限らない。
その人が本当に必要とするサポートへ導くこともまた、応援だと思っています。

人生はときに苦しく、
ときに道が見えなくなる。
だけど、不安を抱えたままでも、人は少しずつ進める。

私はその手前の、生きづらさを抱えた人の味方でいたい。
あなたがまた息がしやすくなる場所を見つけるために。

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