【栗山和暉】「定規を持たない」で線を引くことの価値

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コンビニで手に入るお弁当の端っこに、ひっそりと添えられたバランの緑色を眺めていました。あのプラスチックの葉っぱは、仕切りとしての役割は果たしていますが、私たちの食欲を直接刺激することはありません。でも、もしあのバランが職人の手によって一枚ずつ丁寧に切り抜かれた本物の笹の葉だったらどうでしょうか。きっと、ただの食事は一瞬にして特別な体験へと変わるはずです。私たちは日々、効率や相場という名のプラスチックな定規に囲まれて生きています。でも、本当に誰かの心を震わせるのは、その定規をあえて放り投げた先にある、震えるような手描きの線の中にこそ宿るのだと思うのです。

サービスを売り買いするこの場所でも、私たちはついつい最短距離で正解を提示することばかりを考えてしまいます。他人の評価が気になるから、無難なテンプレートに自分を当てはめる。相場がこれくらいだから、自分の価値もその枠内に収めておく。それは一見すると賢い戦略に見えますが、実は自分という個性が持つ一番美味しい部分を、自ら削ぎ落としているようなものです。私がデザインの仕事で最も大切にしているのは、依頼主の心の中にある「言葉にならない違和感」を、いかにそのままの鮮度で形にするかということです。論理的な正解を出すのは最低限の作法ですが、その上にどれだけ自分だけの「熱」を乗せられるかが勝負になります。

先日、古びた文房具屋で、少しだけインクの出が悪い万年筆を買いました。スラスラとは書けず、時々かすれてしまうその筆跡は、今の私にはとても愛おしく感じられました。完璧な道具はストレスを与えませんが、記憶にも残りません。一方で、少しだけ不器用な道具は、使う人に工夫を促し、そこに伴う時間そのものを豊かにしてくれます。ビジネスの課題を解決するためのウェブサイトも、ただ便利なだけでは不十分です。そこを訪れた人が「なんだか心地よいな」と感じたり、ふとした瞬間に作り手の体温を感じて安心したりする。そんな目に見えない空気感を設計することこそが、デジタルな世界における本当のホスピタリティではないでしょうか。

あなたが自分のスキルを誰かに届けようとするとき、どうか自分の中に眠る「無駄なこだわり」を捨てないでください。効率という物差しで測ればマイナスに見えるそのこだわりこそが、あなたをあなたたらしめる最強の武器になります。完璧に整った履歴書よりも、何度も書き直した跡がある手紙の方が、受け取る人の胸に深く刺さるのと同じです。私たちは完成された製品を求めているのではなく、その背後にいる生身の人間の情熱に触れたいのです。

私は、ビジネスを成功させるための道具をデザインしていますが、その道具が使う人の手に馴染むまでには、数えきれないほどの試行錯誤が必要です。数字やデータだけでは決して説明できない、人の心の動き。それを捉えるためには、私自身もまた、定規を持たずに白い紙に向き合い続ける勇気を持たなければなりません。相場に合わせるのではなく、自分の中に新しい価値の基準を打ち立てること。その挑戦こそが、この場所で自分らしく生きていくための唯一の道だと信じています。

プラスチックのバランを本物の笹の葉に置き換えるような、そんな小さくて大きなこだわりを。効率化が加速する時代だからこそ、私たちはもっと不器用で、もっと情熱的であってもいい。誰にも真似できないあなただけの「震える線」を引くとき、世界はあなたにしかない輝きに気づき始めます。今日も私は、定規を机の奥に仕舞い込んで、まだ誰も見たことのない自由な設計図を描き続けています。
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