ハングリー精神論

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 10年ほど前の話ですが、千秋楽を迎えた大相撲初場所で、福岡県出身の大関琴奨菊が幕の内最高優勝を飾りました。

 当時のテレビのニュースや新聞で盛んに「10年ぶりに日本出身の力士が優勝した」ということが話題になっていました。

 この間異国の地で努力し横綱という最高の地位を獲得したモンゴル出身の力士や、文化の全く違う日本の相撲界に飛び込んできたヨーロッパ出身の力士の話題が度々取り上げられて、今の日本の若者にはハングリーを失ったから、優勝できないのだという論調が巷に溢れていました。
 そんな中でやっと琴奨菊が一矢を報いることになったのですが、めでたしめでたしと手放しに喜ぶというわけにはいかなかったようです。

 私たちは,本当にハングリー精神を失ってしまったのでしょうか?
 そもそもハングリー精神とは、空腹や精神的な飢えを満たすために、貪欲に物事に向かっていく精神や心構えのことを言います。

 今私たちは、日常生活において十分に満たされていると思われます。極端な空腹感や物欲を抱くことがなくなってきているとも言われています。

 確かに私が教員になったばかりの昭和60年代に「100万円あったら何がほしいか」という質問を投げかけると瞬時に多くの生徒から答えが返ってきました。

 しかし、最近では「別に…」「とくにありません」という返答が多いような気がします。従って今の時代は、物欲を起爆剤とする「ハングリー精神」を持ちづらくなってきているといえるでしょう。
 生活が豊かになり、「物」に汲々として暮らすことがなくなったことは、大変に素晴らしいことで先人の努力に深く感謝をしなければなりません。

 しかし、今を生きる我々が「物」に満たされている生活を甘受しているだけで満足してはならないと思います。

 これからは,この豊かな生活を基本としてより高いレベルで世の中のために努力し、自己の実現を果たさなければなりません。

 もしもハングリー精神が持てないと思うのであれば,それは「失った」のではなく豊かな生活の中で「忘れて」しまったのだと強く思います。
 今の時代自ら能動的に「欲」を見出さなければなりません。

 多くの知識を得て、世の中に溢れている多くの情報を的確に分析し、自己実現への「道」を創出するべきです。

 漠然と生活していては、いつまでたっても「欲」は生まれず,いつまでたっても「道」は見つからないのです。
 「将来やることが見つからない」という話をよく聞きます。自分から将来への道を積極的・能動的につかみ取らなければ、当時の大相撲のように『自分不在の10年』などということになりかねないことを、肝に銘じて日々努力を重ねて行きたいものです。

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