あなたは「なんでもいいよ」とよく言っていませんか?
この言葉を使う方は、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいんです。
友達と出かけたときに
「何飲みたい?」と聞かれて「なんでもいいよ」
「どっちがいい?」と聞かれて「どっちも可愛いね」
こんなやりとり、きっと一度はありますよね。
そして、この言葉を使う人は基本的に優しい人です。
気が利いて、相手を思いやれて、関係を大切にできる人。
でも――
ここにひとつ、大きな落とし穴があります。
それは、その一言が、少しずつ自分の軸を削ってしまうこと。
そして今日は、その対処法も先にお伝えします。
「私は」をつけること
結論はとてもシンプルです。
・ 会話の主語を相手に渡さないこと
・ 必ず「私は」をつけること
「なんでもいいよ」ではなくて「私はなんでもいいよ」
「どっちでもいい」ではなくて「私はこっちでもいいと思う」
たったこれだけです。
でもこの小さな違いが、
人間関係のストレスと、自分の在り方を大きく分けていきます。
「なんでそんなことが起きるのか?」
実は、「なんでもいい」の裏には2つの本音が隠れています。
1つ目は、「嫌われたくない」という気持ちです。
自分の意見を言って、否定されたらどうしよう。
空気を壊してしまったらどうしよう。
そうやって無意識にリスクを避けるために、
「なんでもいいよ」という言葉を選んでいることがあります。
これは優しさであると同時に、
自分を守るための反応でもあるんです。
そして2つ目、少しだけ厳しく聞こえるかもしれませんが、
とても大切な視点です。
それは、「責任を負いたくない」という気持ちです。
「なんでもいいよ」は一見、相手に譲っているように見えます。
でも実際には、「選ぶ」という行為を相手に委ねている状態です。
相手はあなたの正解を探すことになる。
「これで大丈夫かな?」と考え続ける。
つまり、見えない負担をかけてしまっているんです。
これが無意識の“加害性”です。
さらに言うと、主語を相手に渡し続けるということは
責任と一緒に「自分の人生」も手放している状態になります。
実際に心理学の研究でも、
自己主張が弱い人ほどストレスや無力感を感じやすい
という傾向が繰り返し示されています。
優しさだけで人間関係を保とうとすると、
どこかで自分がすり減ってしまうんです。
じゃあ、どうすればいいのか。
ここでよくあるアドバイスが、
「選択肢を2〜3個出してあげましょう」というものです。
でも、ここに落とし穴があります。
そもそも「なんでもいい」と言ってしまう人は、
選べない状態にあることが多いんです。
自分が何を好きなのか
何が嫌なのか、分からない。
だから選べない。
つまり、選択肢を出す以前の段階で止まっているんです。
だからこそ必要なのが、
今日お伝えしている「小さなリハビリ」です。
小さなリハビリ
必ず「私は」をつけること
「私はこれがいいな」
「私はこっちでもいいと思う」
「私はまだ決めきれないな」
これでいいんです。
正解を言う必要はありません。
大切なのは、
自分の中から言葉を出すことです。
そして、どうしても選べないときも、
「なんでもいいよ」ではなく
「私はなんでもいいよ」
これだけで、
自分の主語を取り戻すことができます。
小さなことに見えますが、
これを繰り返すことで、確実に自分の感覚は戻ってきます。
コンビニで5分動けない
私も最初は、本当にできませんでした。
コンビニの棚の前で、5分くらい固まったこともあります。
「私は何が食べたいんだろう?」
そう考えたときに、何も出てこない。
その瞬間、自分が空っぽに感じて、
少し落ち込んだこともありました。
でも今ならはっきり言えます。
あの時間は無駄じゃなかった。
むしろ、あの時間こそが
自分を取り戻すトレーニングだったんです。
今までずっと相手を優先してきたんです。
「私がどうしたいか」が出てこなくて当たり前。
だから焦らなくて大丈夫です。
毎日の中で少しだけ立ち止まって、
「私はどうしたい?」と問いかけてみる。
それを続けるだけで、
ちゃんと自分の声は戻ってきます。
まとめ
さあ、あなたはどう感じましたか?
今この瞬間、
「私はこうしたい」という声は、少しでも聞こえてきていますか?
もしまだ難しいと感じるなら、それも自然なことです。
一人で向き合うのが怖いときや、
どうしても自分の中が空っぽに感じてしまうとき。
そんなときは、無理に一人で抱えなくて大丈夫です。
誰かの正解に合わせる場所ではなく、
自分の感覚を取り戻していきませんか。
誰の顔色も伺わなくていい空間で、
あなたのペースで進んでいきましょう。