欠けても、折れても。
先日、大切にしているシーサーを落としてしまい、角が折れてしまいました。
実はこのシーサー、以前に市民講座で自分で作った、世界にひとつだけの手作りシーサーなんです。
形あるものはいつか壊れるといいますが、目の当たりにしたときは本当にショックでした。
でも、「壊れたから終わり」にはしたくなくて。
丁寧に、心を込めて角を接着し、修復しました。
不思議なもので、自分の手で直すと、以前よりもずっと愛着が深まるのを感じます。修復した跡さえも、一緒に過ごした時間の証のように思えてくるのです。
「これがいい」と長く付き合う
私は、一度気に入ったものは修理をしながら長く使い続けるタイプです。
デザインが大好きな傘は、壊れても同じものを探し、今ので3本目。
靴や洋服も、少し傷んだら手入れをして、使っています。
新しいものを買うのは簡単ですが、気に入ったものを直して使い続けたいと思うのです。
身体も、人生も、メンテナンスをしながら。
この「直して使う」「手入れする」という感覚は、日々の過ごし方にも通じるところがあります。
もし身体に不調があるのなら、それを「ダメなもの」として切り捨てるのではなく、日々うまくメンテナンスしながら付き合っていく。
思うように使えないところがあるなら、他で補っていく。
完璧ではない自分を、労りながら整えていく。
そうやって進む時間は、きっとモノを直すときと同じだと思うのです。
易のヒントを付け足して
そして、その歩みをより進みやすく整えてくれるのが、私にとっては「易」です。
もし生きにくさや迷いがあるのなら、そこに易から届くヒントを付け足してみる。
自分の考えに新しい視点を足して、今の自分にとって一番進みやすい形に整えていく。
そうすることで、迷いの中でも確信を持って、一歩を踏み出せるようになります。
皆さんも、どうしても手放せない宝物はありますか?
壊れた跡さえも愛おしく思えるような、そんな大切なものや自分自身を、これからも丁寧に手入れしながら使っていきたいと思うのです。
コトノハ