5月22日は禁煙の日。元うつ病患者の私が思う「依存」との付き合い方
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コラム
こんにちは。
礼です。
私はかなり前に禁煙し、
お酒もやめました。
AC(アダルトチルドレン)当事者でもある私は、
過去に男性へ依存した経験があります。
摂食障害や醜形恐怖症に苦しんだ時期も
ありました。
振り返ってみると、
人生のあちこちで何かに依存しながら生きて
きたように思います。
今は、いわゆる依存症と呼ばれるものからは、
だいぶ距離を置いて生活できています。
もちろん、
私自身が立派になったわけではありません。
年齢を重ねたこともあるでしょうし、
良いことも悪いことも含めて、
いろいろな経験をしてきたからかもしれません。
若い頃は、
どうしても手に入れたいものがありました。
愛されたかった。
認められたかった。
痩せたかった。
不安を消したかった。
だから私は、
恋愛にも、
食べ物にも、
タバコにも、
様々なものに救いを求めていました。
でも今は、
「思い通りにならないこともあるよね」
と、以前より自然に受け入れられるように
なりました。
諦めというより、
執着を手放す感覚に近いのかもしれません。
そして私は、
重度のうつ病も経験しました。
希死念慮が非常に強く、
精神科の閉鎖病棟へ入院したこともあります。
当時は、
生きることよりも、
消えてしまいたい気持ちの方が大きくなって
いました。
自死の名所として報じられる山林を
想像しては、
「私もそっち側へ行きたい。みんな快く受け入れてくれるかな?まぜて欲しいな。」
そんなことを本気で考えていた時期もあります。
今振り返ると、
あの頃の私は、
生きているようで生きていませんでした。
そして不思議なことに、
どん底まで落ちた経験をすると、
以前ほど死が特別なものではなくなりました。
だからといって死にたいわけではありません。
むしろ逆です。
「生きているだけで十分じゃないか」
そんなふうに思える日が増えました。
依存は、
意志が弱いから起きるものではないと私は思っています。
寂しさだったり、
孤独だったり、
不安だったり、
満たされない何かを埋めるために必要だったもの。
だから依存していた自分を責める必要はありません。
ただ、
少しずつでも、
自分を苦しめる依存から離れられたらいい。
今日は禁煙の日。
もし今、
何かをやめたいのにやめられなくて苦しんでいる人がいたら、
焦らなくて大丈夫です。
私も昔は、
「絶対に無理だ」
と思っていました。
それでも人は、
少しずつ変わることができます。
そう信じています。