恐らく、多くの当事者はこの経験してるんじゃないかなって思います。
診断される前は、「なぜ、他と同じように出来ない」と自分を疑い始め、工程間を下げてしまう。
↓
①診断に行く
②事実を知るのが怖くてグレーのままで居続ける。
この2つの選択肢が多いのかなと。
①を選んだ人は
仮に大人のADHDやASDと診断される
→私を含め、原因が特定できたことに少し安心する人も多いかもしれません。
次の試練は、
①職場にカミングアウト
②自分だけに留める
③家族や仲のいい知人だけに留める
私は①と③を実行。結果
①直属の上司は、発達障害に理解があるような返答をしてきました。その時は安心。翌週、GMと面談が入り、試用期間から社員という流れはなしと告げられました。
最も悲しかったのは、直属の上司がカミングアウトをしてから、一度も会話をしてこなくなったことです。
最終日まで、一度も連絡は入ってこず、私に伝えなければならない伝達事項は、GM(私の知人だった)を通して伝えられました。
さて、診断を受けた後は、肩の荷が下りたように心理的には楽になったのですが、次に待ち受けていたものは、「認知されているけど、受け入れている人は当事者以外では少ない」という現実です。
認知されているので、どういうものかを知っているものの、今度は「ADHDのせいにするな」と言われるようにはなります。
そこから、「発達障害で上手く立ち回れないって言ったって、今の日本で発達障害の人に向き合った働き方を推進している企業なんてないんだから、もうがんばるしかないんだよ」と言われるだけです。
このセリフは、当事者の方も、決して違和感のある台詞ではないことは分かっているかもしれませんよね。私も昭和からずっと同じことを言われてきましたから。
ただ、それが上手くやれないんですよね....
上手くやろう、上手く立ち回りたいと、当事者の恐らくほぼ全員が思ってはいると思います。
でも、その感覚だったり共感の感情だったり、その感覚や感情の賞味期限が何とも短い。
そんな、こんなで50年が経とうとしています。
今は、自分がどんな傷を負おうがどうでもいい。
ただ、自分と同じ感覚を感じている人のストレスを緩和するお手伝いに、自分の残りの半生を費やしたいと思うばかりです。