⇒今は信じていないですが、占いの存在は否定しません。
時に必要となる事もあるでしょうし、私自身も昔は、テレビで流れて来るような占いも、戒めとなるような物だけは受け入れていました。
今はテレビも無いですが、ただ、テレビなんかで今日の運勢などと流しているのは、ナンセンスだとも思ってはいます。
また、私の父の話しでもしましたが(本)、占いは人の行動を左右させること然り、時に人の命をも左右させる結果を伴わせます。
宗教でも占いでも何でも、人を幸せな方向に導く為の物であって、不幸にさせる為の物ではない筈です。
占いに頼ってしまう気持ちも分かりますが、占いを否定する訳でもありませんが、人としてもっとすべき事が沢山あります。
その想い、その心を身に付けないと、占いに左右されるだけの、占いに頼ってしまうだけの人生を送ることになります。
それは依存であり、それは即ち、不幸を意味します。
また、人間関係のお話になった際に、依存の何が悪いのかと聞かれることがありますが、「持ちつ持たれつ」のバランスが崩れている状態が、悪い依存状態であると思っています。
そもそも、お互いが助け合い、お互いが協力し合っている状態というのは、お互いが相手に対して少なからず依存しています。
ですが、この依存度であれば問題はないのです。
お互いが感謝し合い、お互いが思いやりを持とうとし、幸せな状態を生み出すからです。
つまり、依存というのも、良い次元、良い領域が存在しています。
これは親子でも、パートナーでも、友達でも何でも同じことが言えます。
ですが、この持ちつ持たれつのバランスが崩れていることが多々あります。
主に、精神的依存や、経済的依存、現代の人はこの2つが多くを占めていますが、私個人の意見で言えば、女性ほど自立すべきだと思っています。
この、女性に優しくない世の中で、女性特有の性質や、男性よりも抱える物が多い中で言うのは酷な話なのですが、それでも、この現代社会で生きて行くのであれば、男性以上に、若しくは同等に、精神的にも経済的にも自立すべきだと思っています。
私のお嫁さんに対してもそうですが、もし女の子が生まれることがあっても、どうにか社会にも振り回されないほどの、男性にも振り回されないほどの、精神的、経済的自立を生み出せるようにと、今でも模索し続けています。
占いを好むというのも、女性に多いというイメージがあると思います。
この理由とは、原因とは何でしょうか。
そうです。女性のほうが遥かに、より多くの、悩みや不安や苦しみという物を、男性よりも遥かに、人生を通して抱えるからです。
精神的にも、経済的にも、生物学的にも。
人は迷い、悩み、救いが必要な時ほど、占いやスピリチュアルという物に救いを求めます。
一昔前は、宗教がその位置に居ました。
現在でも、宗教に大金を叩いてしまった、占いやスピリチュアルに大金を叩いてしまったという話はよく聞きます。
人生を、家庭を壊すほどに。
それほど人は悩み苦しみ、依存するという事ですが、その大半が女性なのです。
私の母も宗教に通っていましたが、大金を叩いてはいなかったものの、その依存は、全ての問題から目を背けて逃げるというほどの依存度で、その全てを宗教任せにしていました。
「有難い話」というのを聞く為に毎週通っていましたが、己の問題から、夫婦の問題から、子供の問題から、全て逃げていました。
ただ、毎日祈り、何もしなかったのです。
何か問題が起きると祈り任せ、それでも足りなければ、足を運び宗教任せ。
占い任せ。スピリチュアル任せ。男性任せ。薬任せ。
厳しいことを言っていますが、宗教でも占いでもスピリチュアルでも、病院でもカウンセリングでも、人を幸せな方向に導く為の物であって、「依存」させる為の物ではないのです。
私は、自立や、他者への本当の優しさ、真の思いやりを持てるような人になれるようにと、それらを常に念頭に置いて、相手を促しています。
その心が無ければ、自分を信じられず、自分にも自信を持てず、常に何かを頼りにし、常に誰か任せの人生を送ることになると知っているからです。
これは精神病の方にも絶対的に必要な、生きる心の術になります。
私も精神病が酷かった頃は、何か悪霊にでも憑りつかれているのではと思っていたほどで、ドリームキャッチャーを買ったり、数珠を身に付けたり、それでも次から次へを悪い事が起きるものですから、スピリチュアルが大好きであった姉まで心配して水晶のペンダントを買ってくれたりしたのですが、テレビで流れて来る占いに関しても、目に飛び込んで来たら必ず見て、今日という日を真剣に占って吸収しようとしていました。
ただ今言えることは、占いに左右されず、どうにか相手を助けたいと、なんとか良くできるようにと、ただそれだけを考えて生きる事のほうが、どれだけ楽なのかと知りました。
自分のことに一喜一憂しなくなっていたからです。
日々相手のことに一喜一憂し、何とか助けになりたいと、もし相手が少しでも良くなったり、感謝されると尚更ですが、その日は1日ずっとハッピーハッピーになり満たされもします。
人間というのは面白い物で、自分の為に生きていると強くなれません。
正確に言うと、真の強さは身に付けられません。
相手を想い、相手の幸せや、人だけではない、相手を助けたいと、どうにかしなければと想い生きていると、どれだけ体調が悪かろうとも、どれだけ精神的に落ちていても、それらを覆すほどの力が湧きます。
これは実際に、この経験をした人達はみな口を揃えて言いますし、これは精神論の話しをしているのではなく、人間というのはそういう心のメカニズムを持って創られているという事です。
自分が苦しむということは、それは他の誰かも苦しんでいます。
そんな人達の現実も知ると、自分だけじゃないんだと、自分よりももっと苦しんでいる人達がいるんだという事も目にして行きます。
私も、自分のことで精一杯なのに、他者の多くの苦しみを知ることで、それは同時に、自分へのセルフカウンセリングにもなっていて、他者の苦しみや痛みを知り、心が感化され、自分は恵まれていると、もっと苦しんでいる人達がいるじゃないかと、助けたいと、力になりたいと、また何でここまで皆が傷付き苦しまなきゃいけないのかと、ひたすら考え続け、その原因、その全てを知って行く事にもなりました。
また、その心を常に持っていたからこそ、最重度となってしまっていても、どれだけ死にたくなっても、遺書を2度書いても、最後の最後には、考えが、気持ちが切り替わる原動力にもなっていました。
この心に助けられていたんだと、後々気付きました。
私は、皆さんにも、この心を持って頂きたいですし、何があっても、どんな事が起きても、心切り替わる瞬間が訪れるという経験もして欲しいですし、そう生きる事こそが、世の平和に繋がったり、貴方の幸せにも繋がるという因果関係も持ちます。
その心が精神病の回復への大きな力にもなります。
その果てには、占いなんてどうでもよくなります。
迷いが無くなるからです。
自分に自信や誇りを持てるようにもなれるからです。
死への恐怖や、不安さえも無くなる瞬間すら訪れます。
そこまでなれと言ってる訳ではありませんが、経験すると悟るのです。
人間はこう生きるべきなんだと。
(※追記:死への恐怖=事故死や病死や寿命)
■自分への救いが必要な場合のオススメ作品
・スティーブンキング:ショーシャンクの空に
・韓国ドラマ:宮廷女官 チャングムの誓い
■他者の現実を知り、思いやりの原動力や、セルフカウンセリングに繋がっていた物
・ドキュメンタリー作品全般(YouTube動画に多数あり)