愛着障害の人が何度も傷つく本当の理由

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コラム
愛着障害傾向にある方のご相談を受けていると、

「相手に振り回されてしまう」
「些細なことで傷つく」
「見捨てられるのが怖い」

という悩みをよく耳にします。

そして多くの場合、その苦しさの背景には「見捨てられ不安」があります。

しかし、若いころの私は自分自身の愛着傾向に悩み、長年この問題について考えてきて、少し違う見方をするようになりました。

愛着パターンにクセがある自覚があった場合、本当に苦しいのは見捨てられることそのものではないのではないか?ということです。

見捨てられる不安<<<「この人なら私を満たしてくれるかもしれない」

という期待を抱いてしまうことなのではないかと感じるのです。


私自身もそうでした


私自身、母親から褒めてもらったという経験が薄く、得意なことを伸ばすより、できないことで責められる経験が多かったせいか、
若いころは、人から認められることに強く執着していました。

・もっと評価されたい。
・もっと認められたい。
・もっと大切に扱われたい。

そんな気持ちをずっと抱えて苦しんできました。

そして今振り返ると、その奥には別の願いがありました。

母からもらえなかった優しさ。
本当は欲しかった安心感。

そんな不安定な自己像を誰かが優しく受け止めてくれて、埋め合わせてくれるのではないかと、どこかで期待していたのです。

それは、
恋人かもしれないし、
友人かもしれないし、
職場の上司かもしれないし、
尊敬する誰かかもしれない。

私は無意識に、その役割を周囲に求めていました。


埋め合わせを求める期待は満たされにくい


もちろん、時には人は優しくしてくれます。

状況が状況なら、助けてくれる人もいることでしょう。

けれど問題は、今のあなたに対して、恋人や友人、目上の人が優しくないことではありません。

問題は、

「本当は子どもの頃に受け取りたかったもの」

を周囲に期待してしまうことです。

すると、

・LINEやSNSの返信が少し遅い。
・期待したような反応が返ってこない。
・気遣いが足りないように感じる。

そんな小さな出来事が、どんどん心を削り、

「私は大切にされていない🥲」
「裏切られた😭」

という痛みに変わってしまいます。

しかし冷静に見てみると、
相手は約束を破ったわけでも、
あなたを意図的に傷つけようとしたわけでもありません。
ただ、あなたが期待していた役割を引き受けなかっただけなのです。

そういうことって、自分に照らし合わせてみても、まあまああることではないでしょうか?😄


期待は相手の問題ではなく、自分の問題


これは少し厳しく聞こえるかもしれません💔

でも私自身が、この視点を持つようになり、ずいぶん楽になりました。

外の世界には、
私がずっと探していた、私が理想とする、「完璧な優しさ」など存在しなかったのです。まさに、幸運の青い鳥、ですね😅

誰かが悪かったわけではありません。

私は存在しないものを探していただけでした。

そう思えた時、

人へ期待してしまう自分の姿が徐々に明確になっていきました。

すると不思議なことに、人間関係も嘘みたいに楽になりました。

それは周囲に求めるものがぐっと減ったからです。

青い鳥はどこを探してもいませんでした。
私の場合、それは「誰かに満たしてもらう」という発想を手放した時に初めて見つかったように思います。


バウンダリーは冷たさではない


海外では、

"Boundaries protect relationships."
「境界線は人間関係を守るもの」

という考え方があります。

私はこの言葉が好きです。

愛着障害を抱えていると、
境界線を引かれることを拒絶だと感じやすいものです。

でも本来の境界線は違います。

それは、

「あなたはあなた」
「私は私」

を大切にするためのものです。

相手の人生を背負わない。
相手に自分の人生を背負わせない。

その距離感があるからこそ、人間関係は長続きします。

見捨てられ不安を克服するというのは、

誰かに見捨てられなくなることではなく、
誰かに自分を満たしてもらおうとしなくなることなのかもしれません。


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