私は東京から九州の某所へ移住して、今年で6年になります。
年に2回のペースで東京に帰省しているのですが、先日帰省した際、母との会話の中で少し驚く出来事がありました。
何気ない会話の流れで父の話題を振ったところ、母はポカーンとした表情で父の名前を思い出せなかったのです。
母は現在、要介護2の認知症です。
こういう日が来ることは分かっていましたが、何十年も連れ添った夫の名前が出てこないという現実には、やはり少なからず衝撃を受けました。
父は昔ながらの寿司、割烹なんでもこなす昭和の優れたすし職人で、
私にとてもつらく当たっていた時期もありますが、
ユーモアにあふれていて私たち家族は、父のジョークで爆笑することもたびたびありました。
もっと言えば、私が生涯で出会った数少ないかなりのレアキャラで、
あれだけのインパクトの男、ましてや半世紀以上をともにしたパートナーをまさか忘れるとは…
「あなたの旦那さんだよ」
そう伝えると、
「ああ、私の旦那ね」
と曖昧な表情を浮かべながらも、納得した様子を見せました。
ところが、その直後に母は不意にしかめっ面をして、こんなことを言ったのです。
「私、あいつ嫌いだったのよね」
思いもよらぬ突然の苦言に私は言葉を失いました。
なぜなら、私の記憶の中の両親は、毎日のように激しい口論を繰り返しながらも、お互いがいない場所では互いを褒めていたからです。
父はよく行く団地の下の小料理屋のおかみさんに母の話になると、
「俺にはもったいないできた女房だ」
と、よくのろけていました。
母は父のことを私たち兄妹の前では蔑むような発言も多かったですが、機嫌のよい時などには、
「さっぱりしていて根に持たないしわかりやすいのよ」
などと父のことを話していました。
だから私は、何だかんだ言いながらも、この2人はお互いを必要としている夫婦なのだと思っていました。
それなのに、母の口から出たのは
「あいつ嫌いだったのよね」
という言葉。
母の認知症はここ1年でかなり進行しているので、その影響もあるでしょう。ですが、何十年も寄り添った一方では仲睦まじい夫婦という認識があっただけに、
この何気ない一言は、私がこれまで抱いていた両親の夫婦像を揺るがすものでした。
同時に、地層のような人の心の複雑さについて改めて考えさせられたのです。
私たちはつい、
「好きだから一緒にいる」
「嫌いだから離れる」
というように、人の気持ちを分かりやすく整理したくなります。
しかし実際人の心ほどあやふやなものはなく、そんなに単純なものではないのかもしれません。
愛情があるからこそ腹が立つこともあります。
感謝している相手に不満を抱くこともあります。
大切な存在でありながら、同時に嫌いだと思う。
そんな相反する気持ちを抱えて、自分でも戸惑った経験がある人もいるのではないでしょうか。
人の心には、一見すると矛盾しているような感情が同居しています。
だから私は、誰かの発した一言だけを切り取って、「それがその人の本心だ」と決めつけることに違和感を覚えます。
母の「あいつ嫌いだったのよね」という一言は、認知症についてだけでなく、人の心の多面性について改めて考えさせられる出来事でした。