先日、とある洋画を見ていました。
中世の時代をテーマにした作品ですが、そこではとある男性が、国のために空軍に入隊するというシーンが描かれております。
国を守るために青年はそれまで大好きだった彼女とも別れ、また大好きな「写真」という趣味をも投げ打って、国のために入隊する決意をするわけです。
結果はやむなく「戦死」。そのようなコテコテの戦争映画を観たわけですが、その時に私はそこまでする必要があるのだろうか、国ってなんだろうなー、祖国ってなんだろうなー、と改めて思わされたのです。
昔は確かにそういう時代だったのかもしれません。個人の意見など何一ついうことができず、ただ言われるがままになすべきことをする。お国のために入隊し、命を投げうつ。お国こそが絶対的存在だったわけです。
しかし今はそうではありません。昔のような時代でもないし、宇宙船から実際に見てみるとわかるようですが、事実として国境なんてものはどこにもないわけです。それが目に見えやすい形で今は確認できるわけです。多様性が大いに認められるありがたい時代となりました。
国や祖国というのは単なる人間が作り出した「枠決め」でしかないわけです。単なる概念なのです。
なのに我々人間は今こうして戦争を始めてしまいます。事実はそうであると知っているはずなのに、その事実を顧みず、個人の概念、本来存在しない頭の中の支配によって、このような戦争を巻き起こしてしまうわけです。無惨な戦争映画と一才変わらない状況、それがしかも現実に巻き起こっているわけです。大変嘆かわしい事態です。
我々人間が生きているのは国境のない真実の世界です。我々は日本人であって、同時に地球人であるわけです。アメリカ人も同じように地球人です。ロシア人も、ウクライナ人も、イラン人も、イスラエル人もみんな地球人です。
そちらが「本質」なのです。
さらに本質を突き詰めていけば、生きている間は1秒ごとに風化をし、死してもまた1秒ごとに風化されていく仏だということ。
我々は皆兄弟なのです。同じ性質なのです。同じ座標の上にいる存在物なのです。
昔ならともかく、今はもういい加減、そういったものに振り回されない生き方をするべきだと思うわけです。