金王桜縁起―巫女姉妹と縁断ちの妖怪―物語/第1章:桜が泣いている

コンテンツ
音声・音楽

ジャンル

現代ファンタジー・学園・妖怪退治・社会派エンターテインメント

主要登場人物
花宮 紅葉(はなみや もみじ) 17歳・女性
都立渋谷北高校2年生。金王八幡宮の巫女見習い。
姉妹の姉。責任感が強く、真面目で几帳面。赤い髪留めがトレードマーク。
学校では生徒会副会長を務める優等生だが、巫女としての使命に悩むことも。
強い霊力を持ち、主に「守護」の術を得意とする。

花宮 桜(はなみや さくら) 15歳・女性
都立渋谷北高校1年生。金王八幡宮の巫女見習い。
姉妹の妹。明るく社交的で、誰とでもすぐ仲良くなれる性格。ポニーテールにピンクのリボンを愛用。ピンクが好き。
人の感情の機微に敏感で、「共感力」が高い。他者の心の痛みを感じ取れる。
霊力は姉より弱いが、人と人を「つなぐ」力に長けている。

花宮 梅之介(はなみや うめのすけ) 68歳・男性
金王八幡宮の宮司で、姉妹の祖父。
温厚で物腰柔らかいが、妖怪や神事に関しては厳格。
若い頃、金王桜が大きく力を失った「昭和の縁断ち事件」を経験している。
孫娘たちに巫女の道を歩ませることに複雑な想いを抱く。

神代 蒼太(かみしろ そうた) 17歳・男性
紅葉のクラスメイト。学校では目立たない存在だが、実は陰陽師の末裔。
クールで無口だが、内面は正義感が強い。紅葉たちの戦いに協力するようになる。
家系の没落により、陰陽術を学ぶ機会を失っていたが、潜在能力は高い。
紅葉に淡い恋心を抱いているが、自分の立場を考えて距離を置いている。

結城 環奈(ゆうき かんな) 15歳・女性
桜の親友。ダンス部所属の明るい少女。
実は「縁を感じられない」体質で、恋愛に興味が持てないことに密かに悩んでいる。
桜との友情を通じて、徐々に「つながり」の意味を知っていく。
物語中盤、妖怪に狙われる重要人物となる。

御厨 千歳(みくりや ちとせ) 外見年齢不詳・性別不詳
金王桜に宿る精霊。普段は桜の木の中に眠っている。
千年以上この地で人々の縁を見守ってきた存在。
弱々しい声でしか話せないほど衰弱しているが、重要な局面で姉妹に助言を与える。
かつて源義朝・頼朝との深い因縁があるらしい。

無縁坊(むえんぼう) 外見年齢40代・男性風
縁断ちの妖怪たちを統率する存在。
正体は「現代社会の無関心そのもの」が実体化した妖怪。
人間を憎んでいるわけではなく、むしろ「楽にしてやりたい」と考えている。
「つながりの苦しみから解放する」ことが使命だと信じている、悲しき敵役。

篠宮 理佐(しのみや りさ) 28歳・女性
渋谷区役所の若手職員。少子化対策プロジェクトの担当。
仕事に忙殺され、自分の恋愛や結婚を「いつか」と先延ばしにしている。
偶然、姉妹の戦いを目撃し、物語のキーパーソンとなる。
大人側の視点から「縁」と「責任」のテーマを体現する人物。

舞台・設定
主な舞台
金王八幡宮:渋谷区渋谷三丁目に実在する神社。渋谷氏・源義朝・頼朝ゆかりの地。
金王桜:境内に立つ古木。江戸三名桜の一つとされ、「縁結び」の象徴。
都立渋谷北高校:渋谷駅から徒歩15分の架空の高校。多様な生徒が集まる。
渋谷の街:スクランブル交差点、センター街、代々木公園など現代の若者文化の中心地。

世界観を特徴づける設定
「縁(えにし)」の力
人と人がつながろうとする想い、恋心、友情、家族愛などすべてが「縁の力」。
この力が強い場所では、金王桜が美しく咲き、人々に幸福をもたらす。
縁の力が弱まると、桜は花を落とし、街全体が灰色に沈んでいく。
妖怪の正体
「どうせ無理」「忙しいから後で」「誰かがやるでしょ」といった無関心や諦めの感情が蓄積し、妖怪として実体化。
これらは「縁断ち」と呼ばれ、人々のつながりを侵食する。
形を持たない影のような存在から、具体的な姿を持つ上位妖怪まで様々。
巫女の使命
金王八幡宮の巫女は代々、金王桜を守り、人々の縁を護る役目を負ってきた。
祝詞と歌によって妖怪を浄化し、人々の心に眠る「つながりたい」という本能を呼び覚ます。
ただし、強制的に縁を結ぶことはできない。あくまで「きっかけ」を与えるだけ。
※現代は祝詞を詠み上げるスタイルですが本来は歌(神歌)や神楽歌で神を降ろして神の言葉を伝えたり、悪霊など退散させる存在

曲紹介

この小説からオリジナル曲「桜のキズナ☆ミッション」が作られました。

第1節「散りゆく花びら」

「ねえ、お姉ちゃん。今年の金王桜、なんだか様子がおかしくない?」

春休み最後の日、放課後の境内で、花宮桜は箒を持ったまま姉の紅葉を振り返った。ピンクのリボンで結んだポニーテールが、春の風に揺れる。
「そうね…」
紅葉は掃き集めた花びらの山を見つめて、小さく息を吐いた。赤い髪留めが夕日を反射して、きらりと光る。
「例年なら、入学式の頃まで咲いているはずなのに」
三月二十八日。渋谷の街では他の桜がまだ見頃だというのに、金王桜はもう半分以上の花を散らせていた。
「おじいちゃんも心配してたよね。朝、ずっと桜の前で祝詞あげてた」
「ええ。でも、何も言わないのよ。私が聞いても、『少し疲れているだけだろう』って」、
紅葉は箒を動かしながら、視線を御神木へと向けた。樹齢四百年とも五百年とも言われる金王桜。江戸三名桜の一つとされるこの木は、花宮家が代々守ってきた、金王八幡宮の宝だった。
「でもさ、疲れてるって…木が?」
「金王桜は、ただの木じゃないでしょう。縁結びの象徴。人々の想いを受け止めて、ご縁を結ぶ力を持つ神木よ」
「うん、それは知ってるけど…」
桜は箒を置いて、御神木の幹にそっと手を当てた。
「あったかい。生きてる。でも…」
「でも?」
「なんだろう。寂しがってるみたい」
桜の言葉に、紅葉はハッとして妹を見た。桜には昔から、不思議な力があった。人の感情を敏感に感じ取る力。それは時に、人ならざるものの想いさえも――。
「桜、まさかあなた…」
「お姉ちゃん、聞こえない? ほら、よく耳を澄ませて」
桜に促されて、紅葉も御神木に近づく。手のひらを幹に当てて、目を閉じる。
風の音。遠くで遊ぶ子供たちの声。渋谷の街の喧騒――。
そして、その奥に。
『――さみしい』
微かに、震える声が聞こえた気がした。
「千歳様…?」
紅葉が息を呑む。千歳。金王桜に宿る精霊の名だ。普段は滅多に声を発することはない。それなのに。
『花が…散る。力が…足りない』
「どうして? 何が足りないの?」
桜が必死に問いかけるが、それ以上の返事はなかった。
「おい、花宮!」
突然、境内の石段の下から声がした。二人が振り返ると、学校の制服を着た男子生徒が立っている。
「神代くん?」
紅葉が驚いて声を上げた。神代蒼太。同じクラスの、いつも一人でいる無口な男子だ。
「なんでここに…」
「忘れ物を届けに来た。お前、HR終わったらすぐ飛び出しただろ」
蒼太は無表情のまま、紅葉のノートを差し出した。
「あ…ごめんなさい。わざわざありがとう」
紅葉がノートを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、蒼太の視線が御神木へと向いた。その目が、一瞬だけ鋭く細められる。
「……異常があるのか」
「え?」
「その桜。普通じゃない」
蒼太の言葉に、姉妹は顔を見合わせた。
「神代くん、あなた…」
「俺の家は、昔、そういうのを扱う家系だった。今はもう、ただの一般人だけどな」
蒼太はそれだけ言うと、ノートを紅葉の手に押し付けて踵を返した。
「気をつけろ。夜は特にな」
「ちょ、ちょっと! どういう意味!?」
桜が慌てて呼び止めるが、蒼太はすでに石段を下りていた。
「なんなの、あの人…」
「さあ…。でも」
紅葉は蒼太の背中を見送りながら、小さく呟いた。
「何か知ってるのかもしれないわね」
その時だった。
ふわり、と一枚の花びらが紅葉の頬に触れた。いや、一枚だけではない。二枚、三枚、十枚――。
風もないのに、突然、金王桜の花びらが大量に散り始めたのだ。
「え…嘘…!」
桜が驚いて見上げる。夕暮れの空を背景に、淡いピンクの花びらが雪のように舞い落ちる。それは美しかったが、同時にどこか悲しげで――。
『助けて…』
千歳の声が、はっきりと聞こえた。
「千歳様!」
紅葉が叫んだ瞬間、花びらの中に黒い影が混じった。
「お姉ちゃん、あれ…!」
影は人の形をしていた。いや、人のようで人ではない。輪郭がぼやけて、まるで煙のように揺らいでいる。
影は花びらを吸い込むように取り込みながら、どんどん大きくなっていく。
「桜、下がって!」
紅葉が妹を庇うように前に出た。
「何者なの!?」
紅葉の声に、影がゆっくりとこちらを向いた。顔はない。ただ、口のようなものだけがあって、それがにやりと歪む。
『縁…いらない…つながり…いらない…』
ぞっとするような声が響いた。
「縁がいらない…? あなた、まさか――」
「縁断ちの妖怪…!」
桜が震える声で叫んだ。
祖父から聞いた話。人々の無関心や諦めの感情が蓄積し、実体化した妖怪。それが「縁断ち」。
「そんな、今の時代にまだ…!」
紅葉の困惑をよそに、影はじりじりと近づいてくる。
『邪魔…する…巫女…』
「私たちを知ってるの!?」
『この木…邪魔…消す…』
「させない!」
紅葉は懐から御札を取り出した。巫女見習いとして、いつも持ち歩いているものだ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
九字を切り、御札を掲げる。白い光が溢れ出し、影を包み込んだ。
『ぎゃああああ!』
影が苦しそうに身をよじる。しかし――。
『まだ…時間じゃない…また…来る…』
そう言い残して、影は夜の闇に溶けるように消えていった。
静寂が戻る。
ただ、金王桜の花びらだけが、静かに、静かに散り続けていた。
「お姉ちゃん…」
桜が震える声で姉の袖を掴む。
「大丈夫よ。もう、いなくなったから」
そう言いながら、紅葉自身も足が震えているのを感じていた。
祖父から聞いていた。でも、まさか本当に遭遇するとは。
「おじいちゃんに報告しないと…」
「うん…」
二人が社務所へと走り出そうとした時、背後で声がした。
「やはり、始まってしまったか」
振り返ると、蒼太が戻ってきていた。その手には、古びたお守りのようなものが握られている。
「神代くん…あなた、やっぱり」
「詳しい話は後だ。今は――」
蒼太は金王桜を見上げた。
「この桜を、守らないといけない」
三人の視線の先で、金王桜はまだ花を散らし続けていた。
長い、長い夜の始まりだった。


第2節「影の訪問者」

「で、神代くん。あなた、最初から知ってたの?」
社務所の畳の間で、紅葉は腕を組んで蒼太を見据えた。桜は緊張した面持ちでお茶を淹れている。
「全部じゃない。ただ、最近この辺りの『気』が乱れてるのは感じてた」
蒼太は淡々と答えた。その手には、先ほど握っていた古びたお守りがある。
「気…? やっぱりあなた、そういうの見えるんだ」
桜が湯呑みを蒼太の前に置きながら尋ねた。
「見えるというか…感じる。俺の家系は代々、陰陽師の端くれだったからな」
「陰陽師!」
桜が目を丸くする。
「でも、神代くんって、学校じゃ全然そんな感じしないよね。いつも一人で本読んでるし」
「桜!」
紅葉が妹をたしなめる。しかし蒼太は気にした様子もなく、湯呑みに口をつけた。
「家が没落して、もう術なんてほとんど使えない。これも」
蒼太はお守りを軽く振って見せた。
「じいさんの形見だ。多少は魔除けになるらしいが、それだけ」
「それだけって…さっき、何か唱えてなかった?」
「気休めだよ」
その時、襖が開いて、白い髭を蓄えた老人が入ってきた。花宮梅之介。この神社の宮司で、姉妹の祖父だ。
「おや、客人かね」
「おじいちゃん! それどころじゃないの。さっき、境内に――」
「縁断ちが出た。知っておる」
梅之介は静かに頷いた。
「見てたの!?」
「いや。だが、感じておった。あの気配は間違いない」
梅之介は三人の前に座り、深いため息をついた。
「やはり、来てしまったか」
「おじいちゃん、これって…」
「紅葉、桜。そしてそこの若いの」
梅之介は蒼太を見た。
「君は…もしや、神代家の?」
「はい。神代蒼太です」
「そうか。蒼海殿の孫か。よく似ておる」
「宮司さんは、俺のじいさんを?」
「昔、な。共に戦った仲じゃ」
梅之介の言葉に、蒼太の目が見開かれた。
「じいさんが…戦った?」
「ああ。今から約五十年前。昭和の高度成長期のことじゃ」
梅之介は遠い目をして語り始めた。
「あの頃も、今と同じように人々は忙しく、つながりを忘れていった。そして縁断ちの妖怪が大量に発生した」
「それで、おじいちゃんとその蒼海さんが…」
「ああ。わしは巫女の祝詞で、蒼海殿は陰陽術で、何とか封じ込めた。だが――」
梅之介は苦い表情を浮かべた。
「蒼海殿は、その代償に力の大半を失った。神代家は、その後…」
「没落した」
蒼太が冷静に言葉を継いだ。
「じいさんは何も言わなかった。ただ、死ぬ前にこれを渡して、『いつか必要になる』とだけ」
蒼太は再びお守りを見つめた。
「それは、蒼海殿の最後の力が込められた護符じゃ。大切にせねばならん」
「はい」
重い沈黙が流れる。それを破ったのは桜だった。
「ねえ、おじいちゃん。千歳様が『力が足りない』って言ってたの。どういうこと?」
「千歳様が声を?」
梅之介は驚いた様子で孫娘を見た。
「うん。お姉ちゃんも聞いたよね」
「ええ。確かに」
「そうか…それほどまでに弱っておるのか」
梅之介は立ち上がり、窓の外の金王桜を見た。薄暗くなった境内で、御神木だけが淡く光っているように見える。
「金王桜は、人々の『縁の力』で生きておる。恋心、友情、家族の絆…そうした想いが集まって、桜を咲かせる」
「でも、今はそれが足りないってこと?」
「ああ。現代は昭和の頃より、もっと深刻じゃ。SNSで表面的につながっているように見えて、実は心は離れていく。少子化、未婚率の上昇、過労…」
「つまり、人々が誰かとつながることを諦め始めてる?」
紅葉の問いに、梅之介は重々しく頷いた。
「その諦めが、縁断ちの妖怪を生み出す。そして妖怪は、さらに人々の心を閉ざさせていく。悪循環じゃ」
「じゃあ、どうすれば…」
「戦うしかない」
蒼太が静かに言った。
「人々の心に、もう一度『つながりたい』という想いを取り戻させる。そのために、妖怪を祓う」
「その通りじゃ。だが」
梅之介は姉妹を見た。その目には、深い憂いが宿っていた。
「わしはもう年老いた。力も衰えておる。蒼太君の家も、力を失っている」
「じゃあ…」
「紅葉、桜。お前たちに託すしかないのじゃ」
「私たちが…戦うの?」
桜が不安そうに姉を見た。紅葉は唇を噛んだ。
「私、まだ巫女見習いよ。そんな大それたこと…」
「案ずるな。お前たちには力がある。特に桜は、人の心を感じ取る力に優れておる。紅葉は、強い霊力を持っておる」
「でも…」
その時だった。
ゴォォォォ――。
突然、強い風が吹き荒れた。窓がガタガタと音を立てる。
「何!?」
「また来たか!」
梅之介が立ち上がる。四人は慌てて外へ飛び出した。
境内は、闇に包まれていた。
いや、闇ではない。黒い影が、渦を巻くように金王桜を取り囲んでいる。昼間見た影よりも、はるかに数が多い。
『縁…断つ…つながり…消す…』
無数の声が重なり合って、不協和音のように響く。
「こんなに…!」
紅葉が息を呑む。
『金王桜…枯らす…縁の力…奪う…』
影たちが桜の幹に群がっていく。触れられた部分から、花が黒く変色していく。
「千歳様!」
桜が叫んだ。
『もう…だめ…』
千歳の声が、か細く聞こえた。
「させるか!」
蒼太が飛び出した。護符を掲げ、何かを唱える。
「急急如律令! 縁断ちの妖よ、退け!」
護符から青白い光が放たれ、影の一部を弾き飛ばす。しかし、すぐに別の影が群がってくる。
「くそ、数が多すぎる!」
「桜、いくわよ!」
「う、うん!」
姉妹も境内に駆け出した。紅葉が御札を、桜が鈴を取り出す。
「祓いたまえ、清めたまえ!」
二人の声が揃う。白い光が溢れ、影を押し戻す。
『ぎいいいい!』
影たちが苦しそうに身をよじる。だが――。
『まだ…足りない…力が…足りない…』
「ダメ…全然足りない!」
桜が悲鳴を上げた。確かに、影は減るどころか増えていく。
「おじいちゃん、どうすれば!」
梅之介は金王桜の前に立ち、静かに目を閉じた。
「千歳様、どうか力を」
すると、桜の幹が淡く光り始めた。
『我が…力を…授ける…巫女たちよ…』
千歳の声が、先ほどより少しだけ力強く響いた。
光が枝を伝い、残っていた花びらへと広がっていく。そして――。
花びらが一斉に舞い上がった。
「え…」
ピンク色の光を纏った花びらが、影たちを包み込んでいく。
『あああああ!』
影たちが悲鳴を上げる。花びらの光に触れられた影は、煙のように消えていく。
「すごい…」
桜が呆然と見上げる。
『巫女たちよ…歌え…祝詞ではなく…歌を…』
「歌…?」
『そう…人の心に響く…歌を…それが…新しい時代の…巫女の力…』
千歳の声が、再び弱々しくなった。花びらの光も消えかけている。
「歌って…何を歌えば…」
紅葉が戸惑った瞬間、桜が一歩前に出た。
「わかった。千歳様、ありがとう」
「桜!?」
「お姉ちゃん、一緒に歌おう。私たち、いつも二人で歌ってたじゃない」
「でも、そんな…」
「大丈夫。きっと届くよ」
桜は姉の手を握った。その手は震えていたが、確かに温かかった。
「…わかったわ」
紅葉は深呼吸をした。
「いくわよ、桜」
「うん!」
姉妹は手を繋いだまま、歌い始めた。
それは祖母から教わった、古い祝詞を元にした歌だった。メロディーは優しく、言葉は真っ直ぐに――。
二人の声が重なり、境内に響き渡る。
『――我らは縁を護る者、想いをつなぐ者…』
すると、不思議なことが起こった。
二人の周りに、淡い光の粒が集まり始めたのだ。
「これは…」
梅之介が目を見張った。
「人々の想いか…」
光の粒は、渋谷の街のあちこちから飛んできていた。今まさに誰かを想っている人、大切な人に会いたいと願っている人、つながりを求めている人――。
そうした無数の想いが、光となって集まってくる。
『――咲け、金王の桜よ。縁を結び、未来を照らせ…』
姉妹の歌が、クライマックスへと向かう。
集まった光が、金王桜を包み込んだ。影たちが苦しそうに叫ぶ。
『まだだ…まだ終わらない…我らは…何度でも…』
そう言い残して、影たちは闇に消えていった。
静寂。
姉妹は歌い終え、ぜえぜえと肩で息をしていた。
「やった…の?」
桜が呟く。
「ああ。今夜のところは、な」
蒼太が答えた。
金王桜は、わずかに残った花を、誇らしげに咲かせていた。
「よくやった、二人とも」
梅之介が孫娘たちの肩に手を置いた。
「だが、これは始まりに過ぎぬ。奴らはまた来る」
「わかってる」
紅葉が頷いた。その目には、もう迷いはなかった。
「私たちが守る。この桜も、この街の人たちも」
「お姉ちゃん…」
「一緒に戦ってくれる? 桜」
「もちろん!」
桜が満面の笑みで答えた。
「俺も…手伝う」
蒼太が照れくさそうに視線を逸らした。
「力は弱いけど、できることはある」
「ありがとう、神代くん」
紅葉が微笑んだ。
その時、金王桜から一枚の花びらが舞い降りてきて、紅葉の手のひらに乗った。
『ありがとう…巫女たちよ…そして…若き陰陽師よ…』
千歳の声が、優しく響いた。
『共に…この街を…守っておくれ…』
「はい、千歳様」
三人は金王桜に向かって、深く一礼した。
長い夜が、ようやく明け始めていた。
だが、本当の戦いは、これからだった。


第3節「巫女の誓い」

4月に入り、都立渋谷北高校の教室で、紅葉は大きなあくびをしながら席についた。
「眠いなら保健室行けば? 顔色悪いよ、会長」
クラスメイトの女子が心配そうに声をかけてくる。紅葉は生徒会副会長を務めており、周囲からは「会長」と呼ばれることが多かった。
「大丈夫、ありがとう。ちょっと夜更かししちゃっただけ」
「えー、花宮さんが夜更かし? 珍しいね。何してたの?」
「あはは…ちょっとね」
紅葉は曖昧に笑ってごまかした。妖怪退治なんて言えるはずもない。
窓の外を見ると、校庭の桜はもう葉桜になっていた。でも金王八幡宮の金王桜は、昨夜の戦いを経てなお、わずかに花を残している。
「紅葉ー!」
教室のドアが勢いよく開いて、桜が飛び込んできた。
「桜? どうしたの、あなたは1年生でしょ」
「それどころじゃないの! ねえ、聞いて!」
桜は姉の机に両手をついて、身を乗り出した。
「朝、環奈と話してたんだけどね」
「環奈って、あなたの親友の?」
「そう! それでね、環奈が言うの。『最近、なんだか人と話すのが面倒くさい』って」
「……それは、もしかして」
「うん。絶対、影の影響だよ」
姉妹は顔を見合わせた。周囲の生徒たちが不思議そうにこちらを見ている。
「あー、ごめん! 邪魔しちゃった!」
桜は慌てて笑顔を作ると、教室を出ていった。
紅葉は深いため息をついた。予想以上に、影響は広がっているのかもしれない。
「花宮」
隣の席から声がした。蒼太だ。
「神代くん…」
「放課後、神社に行く。いいな」
「ええ。私もそのつもりだったわ」
二人の会話を聞いて、前の席の男子が振り返った。
「おー、神代が花宮と約束? めずらしー」
「違う。用事があるだけだ」
「はいはい、そういうことにしとくわ」
男子はにやにやしながら前を向いた。紅葉は少し頬を染めて視線を逸らす。
「気にするな」
「別に気にしてないわよ」
「そうか」
蒼太は淡々と教科書を開いた。
その時、HR開始のチャイムが鳴った。
「はーい、みんな席についてー」
担任の声と共に、いつもの学校生活が始まる。
でも紅葉には、どこか違和感があった。
クラスメイトたちの笑い声が、少しだけ、薄っぺらく聞こえる気がした。
昼休み。
紅葉は生徒会室で書類整理をしていた。
「副会長、来週の文化祭の予算案、これで大丈夫ですか?」
「ええ、問題ないわ。会長に提出しておいて」
後輩に指示を出しながら、ふと窓の外を見る。
中庭で、桜がクラスメイトたちと談笑していた。明るく笑っている。でも、桜の隣にいる環奈は――。
スマホを見たまま、ほとんど表情を変えていなかった。
「……やっぱり」
紅葉は眉をひそめた。
「副会長?」
「ごめん、ちょっと用事思い出したわ。あとお願い」
紅葉は生徒会室を飛び出すと、中庭へ向かった。
「桜!」
「あ、お姉ちゃん!」
桜が手を振る。紅葉は妹の隣に座った。
「環奈ちゃん、久しぶり」
「あ…はい。こんにちは、紅葉先輩」
環奈は一瞬だけ顔を上げたが、すぐにまたスマホに視線を戻した。
「ねえ環奈、お昼一緒に食べない?」
桜が明るく誘う。
「ごめん…あんまりお腹空いてなくて」
「そっか。じゃあ、放課後ダンス部の練習見に行ってもいい?」
「うーん…今日はちょっと…」
環奈の返事は、どこか上の空だった。
「環奈ちゃん、体調悪い?」
紅葉が心配そうに尋ねる。
「大丈夫です。ただ…なんか、最近、疲れてて」
「疲れてる?」
「はい。別に何もしてないんですけど、人と話すと疲れちゃうんです」
環奈は力なく笑った。
「それに…なんていうか、誰かと一緒にいても、楽しくないっていうか…」
「環奈…」
桜が悲しそうに友人を見つめた。
「ごめん、変なこと言っちゃって。私、教室戻るね」
環奈は立ち上がると、うつむいたまま歩いていった。
「お姉ちゃん…」
「ええ。わかってるわ」
紅葉は拳を握った。
「あれは、間違いなく影響を受けてる」
「どうしよう。環奈、あんな子じゃなかったのに」
「放課後、おじいちゃんに相談しましょう。何か手があるはずよ」
その時、二人の背後から声がした。
「花宮姉妹」
振り返ると、蒼太が立っていた。
「神代くん」
「さっきの女子、お前の友人か」
「うん…環奈っていうの。親友なんだけど…」
「縁断ちに影響されてる。早めに何とかしないと、完全に心を閉ざす」
蒼太の言葉に、桜が顔を青くした。
「そんな…!」
「ただ、今の俺たちには、個別に対処する力がない」
「じゃあ、どうすればいいの!?」
「根本を断つしかない。縁断ちの妖怪を、完全に祓う」
蒼太は空を見上げた。
「そのためには、もっと強い力が必要だ」
放課後。
三人は金王八幡宮に集まっていた。
「梅之介さん、お願いします」
蒼太が頭を下げる。
「環奈ちゃんを助けたいんです」
「うむ…」
梅之介は難しい顔をして、腕を組んだ。
「個人に取り憑いた影響を取り除くのは、容易ではない」
「何か方法はないんですか!?」
桜が食い下がる。
「ないわけではない。だが…」
「だが?」
「お前たちの力を、もっと高める必要がある」
梅之介は立ち上がると、奥の部屋へと向かった。
「ついてきなさい」
三人は顔を見合わせてから、梅之介の後を追った。
案内されたのは、社殿の最奥にある小さな祭壇だった。
「ここは…」
「代々、花宮家の巫女が力を授かる場所じゃ」
祭壇には、古い巫女装束が納められていた。白い衣に赤い袴。そして、二組の鈴と御幣。
「これを身につけることで、正式に巫女として認められる」
「おじいちゃん…」
「紅葉、桜。お前たちは、まだ見習いじゃ。だが、時代がそれを待ってはくれぬ」
梅之介は真剣な表情で孫娘たちを見た。
「今ここで、正式な巫女となる覚悟はあるか」
沈黙が流れた。
正式な巫女になるということは、生涯この使命を背負うということだ。普通の学生生活も、恋愛も、すべてを犠牲にするかもしれない。
「私…」
桜が口を開きかけた時、紅葉が一歩前に出た。
「私は、覚悟を決めました」
「お姉ちゃん…」
「だって、見過ごせないもの。環奈ちゃんも、他のみんなも、どんどん心を閉ざしていく。それを止められるのが私たちなら」
紅葉は祭壇に向かって深く頭を下げた。
「どうか、力をお授けください」
「紅葉…」
梅之介は満足そうに頷いた。
「よかろう。では――」
「待ってください!」
桜が叫んだ。
「私も! 私もやります!」
「桜、お前は…」
「一人で背負わせないよ、お姉ちゃん。私たち、姉妹でしょ?」
桜は紅葉の隣に並んだ。
「それに、環奈は私の親友なの。私が助けたいの」
「桜…ありがとう」
姉妹は手を繋いだ。
「よし。では、儀式を始める」
梅之介が祝詞を唱え始めた。
蒼太は二人を見守りながら、小さく呟いた。
「強いな、お前たち…」
祭壇から、淡い光が溢れ始めた。
巫女装束が宙に浮かび上がり、姉妹の体を包み込む。
「うわ…!」
「これが…巫女の力…!」
体中に、温かいエネルギーが満ちていく。
『よくぞ、覚悟を決めた』
千歳の声が響いた。
『紅葉には、守護の力を。桜には、共感の力を』
二人の額に、小さな光の紋章が浮かび上がる。紅葉は赤い炎のような紋章。桜はピンクの花のような紋章。
『この力を持って、人々の縁を護りなさい』
「はい!」
姉妹の声が揃った。
光が消えると、二人はそれぞれ巫女装束に身を包んでいた。
「似合ってるぞ」
蒼太が素っ気なく言った。
「ほ、本当?」
桜が照れくさそうに装束の袖を見る。
「ええ。立派な巫女じゃ」
梅之介が微笑んだ。
「さあ、行きなさい。お前たちの友を救うのじゃ」
「はい!」
紅葉と桜は、鈴を手に社殿を出た。
「神代くん、あなたも」
「ああ。俺にできることをする」
蒼太も護符を握りしめた。
三人は境内に立ち、夜空を見上げた。
「環奈ちゃんの家、わかる?」
「うん。代々木公園の近く」
「なら、そこへ向かいましょう。きっと、妖怪もそこにいるはず」
「待て」
蒼太が二人を制した。
「どうしたの?」
「……来る」
蒼太が指差した方向を見ると、黒い影が境内に流れ込んできていた。
『巫女…正式な巫女になったか…』
『ならば…試してやろう…』
影たちが渦を巻き、一つの大きな人型を形作る。
「今夜も来たのね…!」
「いいわ。ちょうどいい」
紅葉は鈴を構えた。
「私たちの力、見せてあげる!」
「うん!」
桜も鈴を構える。
二人の額の紋章が輝き始めた。
「いくわよ、桜! せーの!」
姉妹が同時に鈴を鳴らした。
リン、リン、リン――。
澄んだ音色が境内に響く。
そして、二人は歌い始めた。
『咲け咲け、金王の桜よ! 縁を結んで、恋を開いて!』
昨夜とは比べ物にならない、強い光が二人を包み込んだ。
『私たち姉妹は、巫女戦士! キュンを阻む、妖怪退散!』
光が波のように広がり、影を飲み込んでいく。
『ぎゃああああ!』
影の人型が崩れていく。
「急急如律令!」
蒼太も護符を掲げ、陰陽術で追い打ちをかける。
『まだだ…まだ…我らは…無数にいる…』
「何度来ても同じよ!」
紅葉が叫んだ。
「私たちは諦めない。人々の想いを、縁を、未来を守り抜く!」
「それが私たちの、巫女の誓い!」
桜が続ける。
二人の想いが共鳴し、さらに強い光となった。
『……覚えておけ……』
影は完全に消滅した。
静寂が戻る。
「やった…」
桜がへたり込む。
「疲れた…でも、勝ったね」
「ええ。今夜はね」
紅葉も膝に手をついた。
「でも、まだ戦いは続く」
「わかってる。だから――」
桜は立ち上がり、拳を握った。
「明日も、明後日も、戦い続けるよ。環奈のためにも、みんなのためにも」
「ああ。俺も協力する」
蒼太が二人の隣に立った。
三人は金王桜を見上げた。
御神木は、わずかに残った花を、夜空に向かって咲かせていた。
『ありがとう…巫女たちよ…』
千歳の声が、優しく響いた。
『お前たちなら…きっと…この街を守れる…』
「はい、千歳様」
三人は深く一礼した。
長い戦いの、本当の始まりだった。

『桜のキズナ☆ミッション』歌詞紹介

〖歌詞〗

【1番】
(Aメロ)
この街の片すみに 時を超えて立ってる
伝説の桜 名を呼べば 金王桜(こんのうざくら)
千年(ちとせ)の願いを 見守ってきたけど
今年はなんだか 空気がザワつく

(Bメロ)
ニュースの声じゃ 少子化がどーとか
うわべばかりで 中身スカスカ!
恋する勇気 育ててくれなきゃ
未来が枯れちゃうよ!

(サビ)
咲け咲け!金王(こんのう)の桜よ!
キズナを結んで 恋を開いて
私たち姉妹(ふたり)は 巫女(みこ)戦士!
キュンを阻む 妖怪退散!
政府も魔物も 関係ないよ
この愛こそが 本気のミッション
咲いてよ、ずっと 人の心に
縁(えにし)つなぐ 神の花!

【2番】
(Aメロ)
お札に願い書いて 手を合わせる君に
勇気が灯るように ちょっとだけ手助け

(Bメロ)
結ばれた手は 未来への種
見えない絆が 芽吹いていくよ
言い訳してる オトナは置いてこ!
私たちが護る!

(サビ)
燃えろ!赤い神紋(しんもん)の誓い
恋を恐れる 影を祓って
涙も笑顔も 全部リアル
揺れる想い 断ち切らせない
神社の奥で 今も光る
真実(ほんとう)の願い 咲く金王桜
ねえ、誰より先に
あなたと見たいの
この春を──

【Cメロ】
「少子化?誰のせい?
 声を上げなきゃ、守れないよ…
 未来のために、立ち上がれ… 巫女アイドル!」

【ラストサビ】
咲け咲け!渋谷金王の桜よ!
キズナを結んで 恋を咲かせて
誰かを想う その優しさが
未来(あす)を創る 力だから!
妖怪退散!愛を護れ!
この時代(とき)にこそ 必要な願い
咲いてよ、ずっと 人の心に
縁(えにし)つなぐ 神の花!

金王桜縁起祝詞歌

『金王桜縁起祝詞歌』は祝詞から花宮家代々伝わる神楽歌です。

金王桜縁起祝詞歌 歌詞紹介

【序詞(Intro)】


【一の句(Verse 1)】
千代(ちよ)に八千代(やちよ)に
この地(ち)に立ちて
金王(こんのう)の桜
縁(えにし)結びし
花びら舞いて
想い運びて
人の心に
種を蒔かん

【祈りの句(Pre-Chorus)】
我らは縁を護る者
想いをつなぐ者
巫女(かんなぎ)の務め
今ここに

【大祓詞(Chorus)】
祓いたまえ 清めたまえ
闇を払いて 光もたらせ
咲け咲け 金王の桜よ
縁を結びて 未来を照らせ
神々(かみがみ)の御名(みな)において
この街(まち)護らん
花よ咲け 永久(とわ)に

【二の句(Verse 2)】
影(かげ)は迫れど
怯(ひる)まず立たん
二人の力
一つに合わせ
鈴の音(ね)響き
祝詞(のりと)唱えて
妖(あやかし)退け
平安(やすらぎ)もたらさん

【祈りの句(Pre-Chorus)】
我らは光を呼ぶ者
絆を紡ぐ者
姉妹(はらから)の誓い
今ここに

【大祓詞(Chorus)】
祓いたまえ 清めたまえ
闇を払いて 光もたらせ
咲け咲け 金王の桜よ
縁を結びて 未来を照らせ
神々の御名において
この街護らん
花よ咲け 永久に

【中入】
渋谷(しぶや)の空に
満月(まんげつ)昇り
千歳(ちとせ)の声が
我らを導く
「恐れるな 巫女たちよ
 汝らの心
 何よりも強し」
人々の想いよ
光となりて
この桜に
力を与えたまえ

【最終大祓詞(Final Chorus)】
祓いたまえ 清めたまえ
闇を払いて 光もたらせ
咲け咲け 金王の桜よ
縁を結びて 未来を照らせ
咲け咲け 永久に咲け
人の心に 種を蒔け
神々の御名において
この街護らん
花よ咲け
今 永久に

【結び詞(Outro)】
かくのごとく
祓い清めて
縁は護られ
桜は咲きぬ
ああ ありがたや
ああ ありがたや

小説とオリジナル曲同時作成します

世界観をまるごと形にしてみませんか?
あなたの
・想い
・大切な人
・オリジナルキャラクター
・忘れられない出来事
それらをもとに、 オリジナル小説+その物語のためだけのオリジナル曲を制作します。
文章だけでは伝えきれない感情を
音楽がそっと包み込み
音楽だけでは描けない情景を
物語が広げていきます。
✔ 世界観重視
✔ ふんわり依頼OK
✔ 完全オリジナル
✔ AIを活用した高品質制作
AI技術を活用し、クリエイターの感性で構成・調整を行っています。
「読む」「聴く」だけでなく “感じる作品”を求めている方へ。
小説とオリジナル曲同時作成します

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら