『金王桜縁起―巫女姉妹と縁断ちの妖怪―』2章

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この小説からオリジナル曲「桜のキズナ☆ミッション」が作られました。


第2章:縁を喰う妖怪  第1節「夜のパトロール」


「はあ…はあ…もう、走れない…」

夜の渋谷、センター街の路地裏で、桜が膝に手をついた。巫女装束の袖が汗で肌に張り付いている。

「まだよ、桜! あと三匹いるわ!」

紅葉が前方を指差す。黒い影が、繁華街のネオンの狭間を這うように逃げていく。

「うう…なんで毎晩こんなに出るの…」

「文句は後! 神代くん、右から回り込んで!」

「了解」

蒼太が路地の脇道へと消えた。

正式な巫女となってから一週間。三人は毎晩、渋谷の街をパトロールしていた。

縁断ちの妖怪は、予想以上に多かった。スクランブル交差点、ラブホテル街、居酒屋の並ぶ路地、カラオケ店――人が集まる場所には必ず、影が潜んでいた。

「はあ…学校の課題、まだ終わってないのに…」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

紅葉が鈴を鳴らす。リンリンという音色が夜の街に響いた。

『ぎいい…!』

影の一体が動きを止める。

「今よ、桜!」

「はいっ!」

桜も鈴を鳴らし、二人で歌い始めた。

『縁を断つ者よ、光に還れ!』

白い光が影を包み込み、浄化していく。

「あと二体…!」

その時、路地の奥から蒼太が飛び出してきた。手には護符を構えている。

「こっちに追い込んだ!」

残りの二体の影が、姉妹の方へと追い立てられてくる。

「ナイス、神代くん!」

「一気にいくわよ!」

三人が同時に動いた。

紅葉と桜が鈴を鳴らし、蒼太が護符を投げる。

『急急如律令!』

光と呪力が交差し、二体の影を挟み撃ちにした。

『ぎゃああああ!』

影は断末魔の叫びを上げて消滅した。

「ふう…」

紅葉が額の汗を拭う。

「これで今夜は五体目ね」

「多すぎだよお…」

桜がその場にへたり込んだ。

「おい、立て。まだ終わってない」

「えー! まだあるの!?」

「いや、そうじゃなくて」

蒼太が路地の出口を指差した。

「一般人が来る。早く着替えろ」

「あ…」

確かに、酔客の笑い声が近づいてくる。

「やば! 隠れよう!」

三人は慌てて路地の影に身を潜めた。巫女装束と学生服を瞬時に切り替える術は、まだ習得できていない。

「ねえねえ、このあとカラオケ行かなーい?」

「えー、もう終電やばくね?」

若い男女のグループが路地の前を通り過ぎていく。

三人は息を殺して待った。

「…行ったわね」

「ああ。けど、毎回これじゃ効率が悪い」

「わかってるわよ。でも、どうすれば…」

その時、桜がぽつりと呟いた。

「ねえ…あの人たち、気づいてたのかな」

「何が?」

「さっきまで、ここで妖怪と戦ってたこと」

「まさか。普通の人には見えないよ」

「でも…」

桜は路地の出口を見つめた。

「もし見えてたら、どう思うんだろう。巫女装束着た女子高生が、変な歌歌って、何もないところで鈴鳴らしてるの」

「…頭おかしいと思われるだろうな」

蒼太が素っ気なく答えた。

「神代くん!」

「事実だろ」

「まあ、確かにね…」

紅葉も苦笑した。

「でも、私たちがやらなきゃいけないことだから」

「うん…」

桜は立ち上がり、制服に着替え始めた。

「それより、環奈のこと、やっぱり心配」

「まだ良くならないの?」

「うん。むしろ悪化してる気がする。今日なんて、お昼も一緒に食べてくれなかった」

「…そうか」

紅葉は眉をひそめた。

毎晩これだけ妖怪を退治しているのに、環奈の症状は改善していない。それどころか、クラスメイトたちの中にも、同じような症状を訴える者が増えていた。

「数が多すぎるんだ」

蒼太が呟いた。

「俺たちが祓っても、次々に新しいのが生まれてくる」

「そんな…じゃあキリがないってこと?」

「いや」

蒼太は腕を組んだ。

「必ず、根源がある。妖怪を生み出している、大本の存在が」

「大本…」

「それを見つけて断たない限り、この戦いは終わらない」

三人は顔を見合わせた。

「どうやって見つけるの?」

「わからない。だが、手がかりはあるはずだ」

その時、紅葉のスマホが鳴った。

「あ、おじいちゃんから」

電話に出ると、梅之介の焦った声が聞こえてきた。

『紅葉! 今どこじゃ!』

「センター街です。どうしたんですか?」

『すぐに代々木公園へ向かいなさい! 大きな気配を感じる!』

「代々木公園…それって!」

紅葉は桜を見た。

「環奈ちゃんの家の近く…」

「まさか!」

三人は同時に走り出した。

代々木公園。

夜の公園は不気味なほど静かだった。街灯の明かりが、木々の影を地面に落としている。

「どこ…どこにいるの…」

桜が焦った様子で辺りを見回す。

「落ち着け。気配を探るんだ」

蒼太が目を閉じて集中する。

「……あそこだ」

蒼太が指差したのは、公園の奥にある池のほとりだった。

「行くわよ!」

三人が駆け出す。

池のほとりに着くと――そこには、見慣れた姿があった。

「環奈!?」

桜が叫んだ。

環奈が一人、池の縁に座っていた。スマホを見つめたまま、微動だにしない。

「環奈、どうしたの! こんな夜中に!」

桜が駆け寄ろうとした瞬間、蒼太が腕を掴んだ。

「待て」

「何するの!」

「見ろ。あれを」

蒼太が指差す先――環奈の背後に、巨大な影が立っていた。

『やっと…来たか…巫女…』

影は、今まで見たどの妖怪よりも大きく、はっきりとした形を持っていた。人間に似ているが、顔は真っ黒で、目だけが赤く光っている。

「何…これ…」

「上位の縁断ちだ。こいつが、環奈に取り憑いてる」

『この娘は…素晴らしい…素質がある…』

影が環奈の頭に手を置いた。

『もともと…縁を感じにくい…体質…だから…簡単に…取り込める…』

「やめて! 環奈に触らないで!」

桜が鈴を構えた。

「待って、桜! 下手に攻撃したら環奈が!」

「でも!」

『心配…いらない…この娘は…もうすぐ…完全に…我のもの…』

影が笑った。

『縁など…いらない…友も…恋も…家族も…すべて…面倒なだけ…』

「そんなことない!」

桜が叫んだ。

「環奈は寂しがってる! 本当は誰かとつながりたいって思ってる!」

『違う…この娘の…心の声を…聞け…』

影が環奈の頭に手を当てると、環奈の口が動き始めた。

「…疲れた」

環奈の声だが、どこか虚ろだった。

「人と話すの、疲れた。気を遣うの、疲れた。笑うの、疲れた」

「環奈…」

「一人がいい。静かで、楽で、誰にも邪魔されなくて」

「違う! それは環奈の本心じゃない!」

桜が涙を流しながら叫んだ。

「環奈は優しいの! いつも私を笑わせてくれるの! ダンスが大好きで、みんなと踊るのが楽しいって、いつも言ってたじゃない!」

「……」

環奈は反応しなかった。

『無駄だ…この娘は…もう…』

「いいえ」

紅葉が一歩前に出た。

「まだ終わってない。環奈ちゃんの心の中には、まだ光が残ってる」

「お姉ちゃん…」

「桜、覚えてる? 千歳様が言ってたこと。あなたには『共感の力』があるって」

「共感の力…」

「そう。人の心を感じ取り、寄り添う力。それがあなたの強みよ」

紅葉は妹の肩に手を置いた。

「環奈ちゃんの心の中に入って、本当の声を聞き出して」

「でも、どうやって…」

「私と神代くんが妖怪を引き付ける。その隙に、あなたが環奈ちゃんを」

「危険だぞ」

蒼太が口を挟んだ。

「あの妖怪、かなり強い。二人で抑えきれるか…」

「やるしかないわ。環奈ちゃんを失うわけにはいかない」

紅葉の目には、強い決意が宿っていた。

「神代くん、お願い」

「…わかった」

蒼太は護符を取り出した。

「桜、準備はいいか」

「う、うん…」

桜は震える手で、環奈に向かって手を伸ばした。

「いくわよ! せーの!」

紅葉が鈴を鳴らした瞬間、蒼太も護符を投げた。

「急急如律令! 縁断ちの妖よ、退け!」

『ぬうう!』

光と呪力が妖怪に襲いかかる。妖怪は環奈から離れ、二人に向かってきた。

「今よ、桜!」

「はい!」

桜は環奈の手を握った。

「環奈…私を信じて…」

桜の額の紋章――ピンクの花が光り始めた。

『共感の力よ、友の心に届け!』

桜の視界が、ぐにゃりと歪んだ。

次の瞬間、桜は真っ暗な空間に立っていた。

「ここは…環奈の、心の中…?」

暗闇の中を歩く。足音だけが、虚しく響く。

「環奈! どこ! 返事して!」

叫んでも、何も返ってこない。

どれくらい歩いただろう。

ふと、遠くに小さな光が見えた。

「あれは…」

光に向かって走る。

光の正体は――幼い環奈だった。

小学生くらいの環奈が、一人で膝を抱えて座っている。

「環奈…?」

桜が近づくと、幼い環奈が顔を上げた。

「…誰?」

「私だよ、桜だよ」

「桜…?」

環奈の目には、何の感情も浮かんでいなかった。

「なんで、ここにいるの」

「環奈を助けに来たんだよ」

「助ける…? 私、別に困ってないけど」

「嘘! 環奈、本当は寂しいんでしょ!」

「寂しい…?」

環奈は首を傾げた。

「わかんない。寂しいって、何?」

「え…」

「みんな、そういうこと言うけど、私にはわかんない」

幼い環奈は、虚ろな目で桜を見た。

「人を好きになるって、どういうこと? 友達が大切って、どういうこと?」

「環奈…」

「私、何も感じないの。昔から。だから、みんなと同じように笑って、同じように話して、頑張ってきた」

環奈の目から、一筋の涙が流れた。

「でも、疲れちゃった。もう、演じるの疲れちゃった」

「環奈…そんなこと…」

桜は環奈を抱きしめた。

「環奈は演じてなんかないよ! 私と一緒にいる時の環奈は、本物だよ!」

「本物…?」

「うん! 一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒にバカなことして…全部、本当の環奈だよ!」

桜の涙が、環奈の肩に落ちた。

「私は知ってる。環奈が私のこと、大切に思ってくれてること。だって、私が悲しい時、いつも一番に気づいてくれるもん」

「それは…」

「それは、環奈が私を大切に思ってくれてるから。それが友情で、それが縁だよ」

桜は環奈の手を握った。

「一人じゃないよ。私がいるよ。ずっと、一緒だよ」

暗闇に、光が差し始めた。

「桜…」

環奈の目に、初めて感情が宿った。

「私…怖かった」

「うん」

「誰にもわかってもらえないって、思ってた」

「大丈夫。私がわかってるから」

「ありがとう…」

環奈が、初めて本当の笑顔を見せた。

その瞬間、暗闇が一気に晴れていった。

現実世界。

「うああああ!」

桜が環奈を抱きしめたまま、光を放った。

『何!? この光は!』

妖怪が苦しそうに身をよじる。

「桜がやったのか!」

蒼太が驚いて叫んだ。

「ええ! 今よ、神代くん!」

紅葉と蒼太が同時に攻撃を仕掛ける。

「縁を断つ者よ、光に還れ!」

「急急如律令!」

桜から放たれる光と、二人の攻撃が重なり合った。

『ぐああああああ!』

妖怪は断末魔の叫びを上げて、消滅した。

静寂が戻る。

「環奈…?」

桜が恐る恐る友人を見た。

環奈は目を開けた。その目には、確かな光があった。

「桜…?」

「環奈!」

「私…どうして、ここに…」

「大丈夫、もう大丈夫だよ」

桜は涙を流しながら、環奈を強く抱きしめた。

「ごめんね、心配かけて…」

「ううん、いいの。環奈が戻ってきてくれて、それだけで…」

二人は泣きながら、抱き合った。

紅葉と蒼太は、そっと二人を見守っていた。

「よくやったな、桜」

「ええ。妹ながら、誇らしいわ」

紅葉は優しく微笑んだ。

でも、その笑顔の裏には、不安があった。

一人を救うのに、これだけの力を使った。

渋谷には、まだ何千、何万という人々がいる。

全員を救うことが、本当にできるのだろうか――。

第2章:縁を喰う妖怪  第2節「陰陽師の末裔」


「神代くん、ちょっといい?」

翌日の放課後、紅葉は蒼太を屋上に呼び出した。

「何だ」

蒼太はいつもの無表情で、手すりに寄りかかった。

「昨日のこと、ありがとう。あなたがいなければ、環奈ちゃんを救えなかった」

「別に。当然のことをしただけだ」

「でも…」

紅葉は蒼太の顔を覗き込んだ。

「あなた、無理してない?」

「は?」

「だって、昨日の戦いの後、すごく疲れた顔してた」

「…気のせいだ」

蒼太は視線を逸らした。

「嘘。神代くん、あなた自分で言ってたじゃない。『力はほとんど使えない』って」

「それが何だ」

「無理に術を使ってるんでしょ。体に負担がかかってるはずよ」

紅葉の指摘に、蒼太は黙り込んだ。

しばらくして、小さく息を吐いた。

「…お前、鋭いな」

「やっぱり」

「ああ。正直、じいさんの護符がなければ、まともに術も使えない」

蒼太は懐から、いつもの古びたお守りを取り出した。

「これに残ってる力を借りて、何とか形にしてる。でも、それももう限界だ」

「そんな…」

「昨日ので、護符の力はほとんど尽きた。あと一回、二回使えるかどうか」

蒼太は自嘲気味に笑った。

「情けないだろ。陰陽師の末裔だっていうのに、何の役にも立たない」

「そんなことない!」

紅葉が強い口調で言った。

「あなたがいてくれるだけで、私たちは心強いの。力の大小じゃないわ」

「綺麗事だな」

「綺麗事じゃない。本当よ」

紅葉は真剣な目で蒼太を見つめた。

「でも、このままじゃあなたの体が心配」

「…大丈夫だ」

「大丈夫じゃないわよ! もし、あなたの家に陰陽術を取り戻す方法があるなら…」

「ない」

蒼太がきっぱりと言った。

「神代家はもう、ただの一般家庭だ。術の伝承も、道具も、何も残っていない」

「でも…」

「それに」

蒼太は空を見上げた。

「俺には才能がない。じいさんは最後まで、俺に術を教えようとしなかった」

「どうして?」

「わからない。ただ、『お前には別の道がある』とだけ言われた」

蒼太は苦い表情を浮かべた。

「別の道って何だよ。結局、何も示されないまま、じいさんは死んだ」

「神代くん…」

その時、屋上のドアが開いた。

「あ、いたいた! お姉ちゃん!」

桜が息を切らして駆けてきた。その後ろには、環奈もいる。

「桜? 環奈ちゃんも」

「あのね、環奈が話があるって」

環奈は恥ずかしそうに二人の前に立った。

「先輩、神代くん…昨日は、ありがとうございました」

「環奈ちゃん、体調はどう?」

「はい、すごく調子いいです。なんか、霧が晴れたみたいに頭がスッキリして」

環奈は笑顔を見せた。昨日までの虚ろな表情とは、まるで別人だった。

「それで、お礼が言いたくて…あと」

環奈は真剣な顔になった。

「私にも、何か手伝わせてください」

「え?」

「桜から聞きました。先輩たちが、街の人たちを守るために戦ってるって」

「環奈、それは…」

「私、ずっと自分が何も感じられないって悩んでました。でも、桜が教えてくれたんです。私にも、大切な人がいるって」

環奈は桜の手を握った。

「だから、今度は私が守る番です。桜を、先輩たちを、この街を」

「環奈…」

桜が涙ぐんだ。

「でも、危険よ。妖怪は…」

「わかってます。でも、何もしないでいられません」

環奈の目には、強い決意が宿っていた。

「私、ダンスやってるから体力には自信あります。それに…」

環奈は少し照れくさそうに笑った。

「桜の側にいれば、何となく妖怪の気配がわかるんです。昨日、心の中に入ってもらってから」

「本当?」

「はい。今も、なんとなくですけど…あの方向から、嫌な感じがします」

環奈が指差したのは、渋谷駅の方角だった。

「…間違いない」

蒼太が呟いた。

「今日も、あそこに妖怪が集まってる」

「環奈ちゃん、本当に感じ取れるのね」

紅葉は驚いた様子で環奈を見た。

「もしかして、縁断ちに取り憑かれた経験が、逆に感覚を研ぎ澄ませたのかも」

「なら、環奈は戦力になるな」

蒼太が淡々と言った。

「え、神代くんも賛成なの?」

「ああ。人手は多いほうがいい。それに」

蒼太は環奈を見た。

「自分の意志で戦うと決めた人間を、止める権利は俺たちにはない」

「神代くん…」

「ありがとうございます!」

環奈が深く頭を下げた。

「よし、じゃあ今夜から一緒に…」

「待って」

蒼太が紅葉の言葉を遮った。

「環奈は戦力になる。でも、俺は足手まといだ」

「何言ってるの!」

「事実だろ。護符の力も尽きかけてる。このままじゃ、お前たちを危険に晒すだけだ」

蒼太は屋上の手すりを掴んだ。

「だから、俺は一度、力を取り戻す方法を探す」

「でも、さっき何もないって…」

「一つだけ、心当たりがある」

蒼太は振り返った。

「じいさんが死ぬ前、一度だけ言ってた。『蔵の奥に、何かが眠っている』って」

「蔵…?」

「ああ。神代家の古い蔵だ。子供の頃、一度だけ入ったことがある。古い巻物や道具がたくさんあった」

「それって、もしかして陰陽術の!」

「わからない。でも、確かめる価値はある」

蒼太は護符を握りしめた。

「今夜、実家に帰る。明日、学校は休むかもしれない」

「神代くん…」

「心配するな。すぐに戻る」

「待って!」

紅葉が蒼太の腕を掴んだ。

「一人で行くの? 危なくない?」

「大丈夫だ」

「大丈夫じゃないわよ。もし、蔵の中に妖怪がいたら…」

「その時は…まあ、何とかする」

「何とかって…」

紅葉は言葉に詰まった。そして、決意したように言った。

「私も行く」

「は?」

「一人で行かせられないわ。私も一緒に行く」

「お前、明日テストだろ」

「そんなの関係ないわよ。あなたの安全のほうが大事」

紅葉の目は真剣だった。

「それに、私は副会長として、クラスメイトの安全を守る責任がある」

「…勝手にしろ」

蒼太は観念したように肩をすくめた。

「じゃあ、私も!」

桜が手を挙げた。

「お姉ちゃんだけ行かせられないよ!」

「桜は明日、ダンス部の発表があるでしょ」

「そんなの…」

「それに、環奈ちゃんのサポートもお願い」

紅葉は妹の肩に手を置いた。

「神代くんと私がいない間、あなたが街を守って」

「でも…」

「大丈夫。すぐ戻るから」

「…わかった。でも、絶対に無理しないでね」

「約束する」

姉妹は抱き合った。

「それじゃあ、今夜七時に渋谷駅で待ち合わせね」

「ああ」

蒼太は頷いた。

その夜。

紅葉と蒼太は、夜行バスに乗っていた。

「神代くんの実家って、どこなの?」

「長野。山の中だ」

「山の中…」

紅葉は窓の外を見た。街の明かりが徐々に遠ざかっていく。

「大丈夫か? こんな夜中に出かけて」

「おじいちゃんには許可もらったわ。『神代家の蔵なら、確かに何かあるかもしれん』って」

「そうか」

蒼太は目を閉じた。

バスは静かに、夜の道を走っていく。

しばらくして、紅葉が口を開いた。

「ねえ、神代くん」

「何だ」

「あなた、どうして戦ってくれるの?」

「…は?」

「だって、あなた自身は巫女じゃないし、神社とも関係ない。なのに、どうして私たちに協力してくれるの?」

蒼太は目を開けて、天井を見つめた。

「…わからない」

「え?」

「本当にわからないんだ。なんでだろうな」

蒼太は小さく笑った。

「ただ、お前たちが戦ってるのを見て、放っておけなかった」

「それだけ?」

「ああ。それだけだ」

蒼太は再び目を閉じた。

「俺には、守りたいものなんてない。大切な人もいない。ただ…」

「ただ?」

「お前たちが守ろうとしてるもの、それが何なのか知りたかった」

蒼太の声は、どこか寂しげだった。

「縁、つながり、想い…俺には縁遠い言葉だ。でも、お前たちはそれを本気で守ろうとしてる」

「神代くん…」

「それが何なのか、わかれば…俺も、何か見つけられるかもしれない」

紅葉は蒼太の横顔を見つめた。

無表情に見えるその顔に、初めて、寂しさが見えた気がした。

「神代くん、あなたは一人じゃないわ」

「…何だよ、急に」

「私たちがいる。桜も、環奈ちゃんも、おじいちゃんも。みんな、あなたを仲間だと思ってる」

「…そうか」

「だから、一人で抱え込まないで。何かあったら、頼って」

紅葉は優しく微笑んだ。

「それが、仲間でしょ?」

蒼太は何も言わなかった。

ただ、小さく頷いた。

バスは夜の闇の中を、ひたすら走り続けた。

翌朝。

紅葉と蒼太は、山奥の古い屋敷の前に立っていた。

「ここが…神代家?」

「ああ」

かつては立派だったであろう屋敷は、今は荒れ果てていた。門は傾き、庭は雑草に覆われている。

「誰も住んでないの?」

「ああ。親父は東京で働いてるし、じいさんが死んでからは空き家だ」

蒼太は錆びた門を開けた。ギィィと音を立てて、門が開く。

「蔵は、裏にある」

二人は屋敷を回り込んだ。

裏手に、古い蔵が立っていた。重厚な扉には、複雑な紋様が刻まれている。

「これは…陰陽術の封印?」

紅葉が驚いて紋様を見つめた。

「ああ。じいさんが施したらしい」

「なんで封印なんて…」

「わからない。でも、きっと大事なものが入ってるんだろう」

蒼太は懐から護符を取り出した。

「これで、封印を解く」

護符を扉に当てると、紋様が青白く光り始めた。

ゴゴゴゴ…

重々しい音と共に、扉がゆっくりと開いていく。

「開いた…」

中は暗かった。

「懐中電灯、持ってきてる?」

「ああ」

蒼太が懐中電灯を点ける。光が蔵の中を照らした。

「うわ…」

紅葉が息を呑んだ。

蔵の中には、無数の巻物、古い書物、そして様々な道具が積み上げられていた。

「これ、全部…」

「神代家、代々の陰陽術の記録だ」

蒼太は奥へと進んだ。

「じいさんが言ってた『何か』は、この中にあるはずだ」

「探すの、大変そうね…」

二人は蔵の中を探し始めた。

古い巻物を広げ、書物をめくり、棚を調べる。

しばらくして、紅葉が声を上げた。

「ねえ、これ…」

紅葉が手にしていたのは、真っ黒な箱だった。

「それは…」

蒼太が駆け寄る。

箱には、複雑な封印が施されていた。紅葉が触れた瞬間、封印が青白く光る。

「これ、反応してる…」

「開けてみろ」

紅葉が恐る恐る蓋を開けた。

中には、美しい水晶の勾玉が納められていた。

「勾玉…?」

「いや、これは…」

蒼太が勾玉を手に取った瞬間――。

バチッ!

強い電撃が走った。

「うわっ!」

蒼太が思わず勾玉を落とす。

勾玉が床に転がり――そして、光り始めた。

『ようやく…来たか…神代の血を引く者よ…』

声が響いた。

「誰!?」

紅葉が警戒する。

『我は…神代家の守護霊…蒼海…』

「じいさん!?」

蒼太が驚いて叫んだ。

勾玉から、老人の霊が現れた。温厚そうな顔立ちだが、その目には深い知恵が宿っている。

『久しいな、蒼太』

「じいさん…本当に、じいさんなのか…」

『ああ。わしは死の間際、自分の魂の一部をこの勾玉に封じた』

「どうして…」

『お前に、託すものがあったからだ』

蒼海の霊は、蒼太を優しく見つめた。

『蒼太よ。お前は、自分に才能がないと思っておるな』

「…ああ」

『違う。お前には、素晴らしい才能がある』

「何だよ、それ…ずっと何も教えてくれなかったくせに…」

『教えなかったのではない。時が来るのを待っていたのだ』

蒼海は紅葉を見た。

『花宮の巫女よ。お前がこの子を連れてきてくれたか』

「はい…」

『良い。では、蒼太に伝えよう』

蒼海は再び蒼太を見た。

『お前の才能は、"つなぐ"ことだ』

「つなぐ…?」

『そう。陰陽術は本来、陰と陽、天と地、人と神をつなぐ術。お前は、その"つなぐ力"に長けておる』

「でも、俺は術が使えない…」

『一人では使えぬ。だが、誰かと共にあれば、お前の力は何倍にもなる』

蒼海の霊が、紅葉と蒼太を見た。

『花宮の巫女と、神代の陰陽師。この二つが組めば、どんな妖怪も恐れるに足らぬ』

「どういう…」

『この勾玉を持て。そして、巫女と手を繋げ。そうすれば、わかる』

蒼太は勾玉を拾い上げた。そして、恐る恐る紅葉に手を差し出した。

「花宮…」

「え、あ…うん」

紅葉は顔を赤らめながら、蒼太の手を握った。

その瞬間――。

ドクン。

二人の心臓が、同時に鼓動した。

「これは…!」

蒼太の体に、強大な力が流れ込んできた。いや、紅葉の力が、蒼太の中に流れ込んできたのだ。

「すごい…これが、つなぐ力…」

『そうだ。お前は、他者の力を増幅し、共鳴させることができる。それが、お前だけの才能だ』

「じいさん…」

『蒼太よ。一人で戦う必要はない。仲間と共に、支え合って戦え』

蒼海の霊が薄れ始めた。

『勾玉を大切にせよ。それが、お前の新しい力となる』

「待ってくれ、じいさん!」

『もう、時間だ。だが、最後に一つ』

蒼海は優しく微笑んだ。

『お前は、良い仲間に恵まれたな』

「じいさん…」

『わしは、誇りに思うぞ。蒼太』

そう言って、蒼海の霊は光の粒となって消えていった。

蔵に、静寂が戻った。

「神代くん…」

紅葉が心配そうに蒼太を見る。

蒼太は勾玉を握りしめたまま、動かなかった。

そして――。

「ありがとう、じいさん」

小さく、呟いた。

その声は、震えていた。

第2章:縁を喰う妖怪  第3節「環奈の心の闇」


「お姉ちゃん、おかえり!」

翌日の夕方、金王八幡宮に戻った紅葉を、桜が飛びついて抱きしめた。

「ただいま。心配かけてごめんね」

「もう! 連絡くらいしてよ! すっごく心配したんだから!」

「ごめんごめん。でも、ほら」

紅葉は蒼太を振り返った。蒼太は首から勾玉を下げている。

「神代くん、力を取り戻したのよ」

「本当!?」

桜が目を輝かせた。

「すごいじゃん! どうやって!?」

「話せば長くなるが…」

蒼太が説明しようとした時、社務所から梅之介が出てきた。

「おお、無事に戻ったか」

「おじいちゃん、ただいま」

「うむ。それで、蔵には何が?」

「これです」

蒼太は勾玉を見せた。

「これは…神代家に伝わる『繋玉(けいぎょく)』!」

梅之介が驚いて目を見開いた。

「知ってるんですか?」

「ああ。蒼海殿から聞いたことがある。他者と力を共鳴させる、特別な宝玉じゃと」

「おじいちゃんの話、本当だったんだね」

紅葉が頷いた。

「ええ。蒼海さんの霊が、直接教えてくれたの」

「そうか…蒼海殿も、孫のことを心配しておったのじゃな」

梅之介は感慨深そうに勾玉を見つめた。

「これで、戦力が増したな」

「はい。でも――」

紅葉の表情が曇った。

「渋谷の状況は、どうでしたか?」

「それが…」

桜が不安そうに口を開いた。

「お姉ちゃんたちがいない間、妖怪がすごく増えたの」

「増えた?」

「うん。昨日の夜なんて、スクランブル交差点に十体以上いて…」

「十体!?」

「環奈と二人で何とか祓ったけど、本当に大変だった」

桜は疲れた様子で肩を落とした。

「それに、学校でも変な子が増えてる」

「変な子?」

「うん。環奈みたいに、急に無気力になる子とか、友達と話さなくなる子とか…」

「まずいな…」

蒼太が眉をひそめた。

「妖怪の増殖速度が上がってる」

「どうして?」

「わからない。だが、何か大きな変化が起きてるのは確かだ」

その時、境内に足音が響いた。

「先輩! 桜!」

環奈が息を切らして駆けてきた。

「環奈ちゃん、どうしたの?」

「大変なんです! 駅前に、すごく大きな妖怪が!」

「大きな妖怪?」

「はい! 今までのとは全然違う! 人がたくさんいるのに、みんなスマホ見てて、誰も気づいてない!」

「案内して!」

四人は急いで渋谷駅へと向かった。

渋谷駅前のスクランブル交差点。

いつものように大勢の人が行き交っている。でも――。

「あれ…」

紅葉が息を呑んだ。

交差点の真ん中に、巨大な黒い塊が浮かんでいた。高さは三メートルほど。人の形をしているが、体は不定形に揺らめいている。

「何、あれ…」

桜が震える声で呟いた。

「上位の縁断ちだ。それも、かなり強力な…」

蒼太が警戒した様子で勾玉を握る。

『人間…人間…つながり…いらない…』

妖怪が呟いている。その声は、無数の声が重なり合ったような、不気味な響きを持っていた。

「でも、誰も気づいてない…」

環奈が周囲を見回す。

確かに、交差点を渡る人々は誰も妖怪を見ていない。みな下を向き、スマホを見つめながら歩いている。

『見えない…聞こえない…感じない…それでいい…』

妖怪が満足そうに笑った。

『この街の人間は…もう…十分に絶望している…』

「させない!」

紅葉が飛び出した。

「祓いたまえ、清めたまえ!」

鈴を鳴らし、白い光を放つ。しかし――。

『無駄だ…』

妖怪は光を弾き飛ばした。

「何!?」

「紅葉、下がれ!」

蒼太が前に出て、護符を投げる。

「急急如律令! 縁断ちの妖よ、退け!」

青白い光が妖怪を包む。だが、妖怪は動じない。

『弱い…陰陽師の力…弱すぎる…』

「くそ…」

「神代くん、私と手を!」

紅葉が蒼太の手を握った。

勾玉が光り、二人の力が共鳴する。

「今度こそ!」

二人同時に術を放った。

紅葉の巫女の力と、蒼太の陰陽術が融合し、強大な光となって妖怪を襲う。

『ぐおおお!』

妖怪が苦しそうに身をよじった。

「効いてる!」

「もっと力を!」

しかし、次の瞬間――。

『まだ…足りない…!』

妖怪が反撃してきた。黒い触手のようなものが、二人に襲いかかる。

「危ない!」

桜が飛び出し、二人を庇った。

「桜!」

触手が桜に当たり、桜が吹き飛ばされる。

「桜!」

環奈が駆け寄って、桜を受け止めた。

「大丈夫!?」

「う…うん…ちょっと、痛いけど…」

桜が立ち上がろうとした時、妖怪が再び攻撃してきた。

「環奈、逃げて!」

「え…」

環奈が振り返ると、巨大な黒い手が迫ってきていた。

環奈は動けなかった。恐怖で、体が硬直する。

「環奈!」

桜が環奈を突き飛ばした。

黒い手が、桜を掴んだ。

「桜!」

紅葉が叫んだ。

『この娘…巫女…力がある…いただく…』

妖怪が桜を持ち上げる。

「離して! 桜を離しなさい!」

紅葉が必死に攻撃するが、妖怪はびくともしない。

「桜!」

環奈が叫んだ。

その時だった。

環奈の中で、何かが弾けた。

「やめて…桜を…離して!」

環奈の体が、淡く光り始めた。

「環奈ちゃん…?」

紅葉が驚いて環奈を見た。

「桜は…私の…大切な友達なの!」

環奈の叫びと共に、光が爆発的に広がった。

『ぐあああ!』

妖怪が苦しそうに桜を放した。

桜が地面に落ちる。蒼太が素早く駆けつけて、桜を受け止めた。

「環奈…あなた…」

「わ、私…何を…」

環奈は自分の手を見つめた。手のひらから、まだ光が漏れている。

「まさか…」

蒼太が驚いた様子で呟いた。

「環奈に、力が目覚めた…?」

『面白い…この娘…縁断ちに取り憑かれていた…なのに…力を?』

妖怪が興味深そうに環奈を見た。

『ならば…もう一度…絶望を…』

妖怪が環奈に向かって、黒い波を放った。

「環奈!」

紅葉が庇おうとするが、間に合わない。

黒い波が環奈を包み込んだ。

「環奈!」

桜が叫んだ。

しかし――。

環奈は立っていた。黒い波の中で、光を放ちながら。

「私は…もう…負けない…」

環奈の目が、強い光を宿していた。

「桜が…教えてくれたの…大切な人がいるって…守りたい人がいるって…」

環奈の体の光が、どんどん強くなっていく。

「だから…もう、絶望なんかしない!」

光が爆発し、黒い波を吹き飛ばした。

『何…!? この力は…!?』

妖怪が動揺した。

「今よ、みんな!」

紅葉が叫んだ。

「環奈ちゃん、手を!」

「はい!」

環奈が紅葉の手を握る。紅葉は蒼太の手を握り、蒼太は桜の手を握る。

四人が手を繋いだ瞬間――。

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

四人の心臓が、一つのリズムで鳴った。

「これが…みんなの力…」

桜が感動した様子で呟いた。

「いくわよ、せーの!」

四人が同時に声を上げた。

『縁を断つ者よ、光に還れ! 人の心のつながりを、侮るな!』

四人の力が一つになり、巨大な光の柱となって妖怪を貫いた。

『ぐああああああ!』

妖怪が悲鳴を上げる。

『馬鹿な…こんな…小娘どもに…!』

「私たちは小娘じゃない!」

紅葉が叫んだ。

「縁を護る者! 想いをつなぐ者!」

「金王八幡宮の巫女!」

桜が続ける。

「そして…」

環奈が前に出た。

「大切な人を守りたいと願う、一人の人間!」

光がさらに強くなった。

『うああああああああ!』

妖怪は完全に消滅した。

静寂が戻る。

四人は息を切らしながら、その場に立ち尽くしていた。

「やった…の?」

桜が呟いた。

「ああ。完全に消えた」

蒼太が頷いた。

「環奈ちゃん…」

紅葉が環奈を見た。

「あなた、力に目覚めたのね」

「私…よくわかりません。でも、桜を守りたいって思ったら、体が勝手に…」

「それが、あなたの力よ」

紅葉は優しく微笑んだ。

「大切な人を守りたいという想い。それが、力になったの」

「私の…力…」

環奈は自分の手を見つめた。

「すごいよ、環奈!」

桜が環奈に抱きついた。

「ありがとう! 私を守ってくれて!」

「桜…」

環奈は涙を流しながら、桜を抱きしめ返した。

「私こそ、ありがとう。桜がいなかったら、私は今でも一人で苦しんでた」

「これからは、一緒に戦おうね」

「うん!」

二人は笑顔で顔を見合わせた。

「よし、じゃあ今日から環奈も正式にメンバーだな」

蒼太が淡々と言った。

「え、いいんですか?」

「ああ。力があるなら、戦力になる」

「神代くん、もうちょっと言い方あるでしょ…」

紅葉が呆れた様子で言った。

「でも、環奈ちゃん。戦いは危険よ。本当に覚悟はいい?」

「はい」

環奈は真剣な顔で頷いた。

「私、ずっと何も感じられなくて、生きてる実感がありませんでした。でも、今は違う」

環奈は拳を握った。

「桜を守りたい。先輩たちと一緒に戦いたい。この街の人たちを助けたい。そう思えるんです」

「環奈…」

「だから、お願いします。私も一緒に戦わせてください」

環奈が深く頭を下げた。

紅葉は桜と顔を見合わせた。桜が頷く。

「わかったわ。環奈ちゃん、よろしくね」

「はい!」

環奈が顔を上げる。その顔は、笑顔で輝いていた。

「それじゃあ、神社に戻りましょう。おじいちゃんに報告しないと」

「あ、その前に!」

桜が手を挙げた。

「せっかく四人になったんだし、チーム名とか決めない?」

「チーム名?」

「うん! かっこいいやつ!」

「別に必要ないだろ…」

蒼太が面倒くさそうに言った。

「えー、あったほうが盛り上がるじゃん!」

「じゃあ、『金王桜守護隊』とか?」

環奈が提案した。

「それ、ちょっと長くない?」

「じゃあ、『桜隊』!」

「短すぎ…」

四人は笑いながら、神社への道を歩き始めた。

その背後で、金王桜が静かに揺れていた。

まるで、新しい仲間の誕生を祝福するように。

その夜。

金王八幡宮の社務所で、梅之介は四人の報告を聞いていた。

「なるほど…環奈にも力が目覚めたか」

「はい。でも、まだうまく制御できません」

環奈が申し訳なさそうに言った。

「大丈夫じゃ。練習すれば、必ず使いこなせるようになる」

梅之介は優しく微笑んだ。

「それより、問題は妖怪の数じゃ」

「ええ。明らかに増えてます」

紅葉が深刻な表情で言った。

「毎晩十体以上出現しますし、倒してもすぐに新しいのが現れます」

「それに、今日の妖怪はかなり強かった」

蒼太が付け加えた。

「普通の縁断ちとは、格が違う」

「うむ…」

梅之介は腕を組んだ。

「恐らく、大本の妖怪が動き始めておるのじゃろう」

「大本…」

「ああ。縁断ちを生み出している、根源の存在じゃ」

梅之介は立ち上がり、窓の外を見た。

「わしも、五十年前に一度だけ遭遇したことがある」

「どんな妖怪なんですか?」

「人の姿をしておった。中年の男のような姿で、『無縁坊』と名乗っておった」

「無縁坊…」

「奴は、人間を憎んでおるわけではなかった。むしろ、人間を楽にしてやりたいと言っておった」

「楽にする…?」

「つながりの苦しみから解放すると。裏切られる痛み、失う悲しみ、そういうものから人間を救うと」

梅之介は悲しそうな顔をした。

「ある意味、奴は優しいのかもしれん」

「でも、それは間違ってます!」

環奈が強く言った。

「確かに、つながることは痛みを伴います。でも、それ以上に喜びがあります」

「環奈…」

「私、ずっと一人だったからわかります。つながりがない人生は、生きてないのと同じです」

環奈は桜の手を握った。

「桜と友達になれて、先輩たちと出会えて、初めて生きてるって実感できたんです」

「環奈ちゃん…」

紅葉が感動した様子で環奈を見た。

「うむ。お前の言う通りじゃ」

梅之介は頷いた。

「だからこそ、無縁坊を止めねばならん」

「おじいちゃん、無縁坊はどこにいるんですか?」

「わからん。奴は姿を隠している」

「じゃあ、どうすれば…」

「探すしかない。そして、見つけたら…」

梅之介は四人を見た。

「全力で戦うのじゃ。奴は、お前たちが今まで戦ってきたどの妖怪よりも強い」

四人は顔を見合わせた。

「わかりました」

紅葉が代表して答えた。

「私たち、必ず無縁坊を見つけて、止めます」

「頼んだぞ」

梅之介は四人に深く頭を下げた。

その夜、境内で。

四人は金王桜の前に立っていた。

「ねえ、千歳様」

桜が桜の幹に手を当てた。

「私たち、頑張るからね。この街を、みんなを守るから」

『ありがとう…巫女たちよ…そして…新しき仲間よ…』

千歳の声が優しく響いた。

『お前たちなら…きっと…』

「千歳様、大丈夫ですか?」

紅葉が心配そうに尋ねた。

『心配…いらぬ…お前たちが…戦ってくれるおかげで…少しずつ…力が戻っておる…』

「本当ですか!」

『ああ…もう少しじゃ…もう少しで…満開に…なれる…』

金王桜の枝が、そよ風に揺れた。

「よし、じゃあもっと頑張らないとね!」

桜が元気に言った。

「ああ。明日からも、パトロール頑張ろう」

環奈が頷いた。

「神代くん、あなたも無理しないでね」

「わかってる」

蒼太は勾玉を握った。

「俺も、これからは全力で戦える」

四人は手を重ねた。

「さあ、行こう!」

「おー!」

四人の声が、夜空に響いた。

金王桜は静かに、四人を見守っていた。

まるで、母親が子供たちを見守るように。

長い戦いは、まだ続く。

でも、四人には希望があった。

仲間がいる。

大切な人がいる。

守りたいものがある。

それが、力になる。



それが、縁の力だ。
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