オリジナル曲とオリジナル小説のコラボ作品です。
ジャンル
現代青春恋愛小説
主要登場人物
1. 水瀬 芽衣(みなせ めい) 22歳・女性
都内の広告代理店に勤める新卒社会人。明るく前向きだが、恋愛には少し臆病。いちごが大好きで、SNSでいちご関連のイベントを熱心にチェックしている。
2. 桐谷 蓮(きりたに れん) 24歳・男性
IT企業のエンジニア。穏やかで天然なところがあり、芽衣の話を真剣に聞いてくれる優しさがある。甘いものは苦手だったが、芽衣と過ごすうちに好きになった。
3. 川島 夏美(かわしま なつみ) 22歳・女性
芽衣の大学時代からの親友で、同じ会社の先輩。恋愛経験豊富で、芽衣の恋を応援しつつも心配している。
4. 藤堂 颯太(とうどう そうた) 24歳・男性
蓮の同僚で親友。社交的で恋愛に積極的。蓮と芽衣の関係を微笑ましく見守る。
5. 河野 咲(こうの さき) 35歳・女性
いちご農家の娘で、いちごソムリエの資格を持つ。フェスでトークショーを行い、芽衣たちにいちごの奥深さを教える。
6. 水瀬 健一(みなせ けんいち) 52歳・男性
芽衣の父。妻を早くに亡くし、娘を大切に育ててきた。娘の恋愛には複雑な思いを抱いている。
舞台・設定
主な舞台:
東京都内(渋谷・表参道周辺)
埼玉県のいちご農園
横浜で開催されるいちごフェス会場
時代背景: 現代(2月から3月にかけての約2ヶ月間)
世界観を特徴づける設定:
いちごの旬である冬から春への季節の移ろい
SNS文化とリアルな体験の対比
「限定」「期間限定」という現代的な消費文化
若者の恋愛観(完璧を求めず、不完全さを受け入れる価値観)
中心テーマ・メッセージ
「今、この瞬間の美しさ」
いちごの旬が限られているように、人生の瞬間も二度と同じ形では訪れない。完璧でなくても、今を大切にすることの尊さ。恋愛においても、不安や未来への心配よりも、目の前の相手との時間を丁寧に重ねることで、関係は深まっていく。
オリジナル曲紹介
この小説からオリジナル曲『ベリ恋♡』が誕生しました。
最初の曲タイトルは「ストロベリー・トリップ♡恋の食べ放題」でしたが
今風の曲タイトルに『ベリ恋♡』に変更して曲をリリースしました。
ぜひ、小説を読みつつ聴いて頂ければ嬉しいです。
ベリ恋♡2曲有ります。
Remix版
第1章:春を待つ、赤い予感
第1節「朝イチの電車」
2月14日、木曜日。バレンタインデー。
私、水瀬芽衣は、いつもより30分早い電車に揺られていた。朝7時の車内は、まだ通勤ラッシュ前の静けさに包まれている。窓の外を流れる景色は冬の名残を残しつつも、どこか春の予感を孕んでいる。
吊り革につかまりながら、私は胸の鼓動が早まるのを感じていた。
今日は特別な日。でも、チョコレートを渡すからじゃない。
今日は、桐谷蓮さんと初めて二人きりで出かける日なのだ。
蓮さんとの出会いは、ほんの2週間前。毎朝同じ車両に乗り合わせる彼の存在に気づいたのは、1月の半ばだった。穏やかな表情で本を読んでいる姿が印象的で、いつしか私は彼を探すように車両を選ぶようになっていた。
そして先週の金曜日。私が乗り換え駅で道に迷っていたとき、偶然声をかけてくれたのが彼だった。
「あの、もしかして迷ってます? よかったら案内しますよ」
その優しい声に、私は思わず顔を上げた。
「あ、あの……! いつも同じ電車の……」
「あ、気づいてました? 俺も、いつも見かけるなって思ってたんです」
彼の笑顔に、私の心臓は跳ねた。
それからメッセージのやり取りが始まり、気がつけば毎日連絡を取り合うようになっていた。そして昨日、彼から「明日、一緒にいちご狩り行きませんか?」と誘われたのだ。
実は、私がSNSにいちご狩りの写真を投稿していたのを見て、興味を持ってくれたらしい。
『芽衣さん、いちご好きなんですね。俺、実は甘いもの苦手なんですけど、最近ちょっと興味出てきて』
『え、本当ですか! じゃあ、一緒に行きます?』
『いいんですか? じゃあ、明日とか……って、明日バレンタインじゃないですか。大丈夫ですか?』
『全然大丈夫です! むしろ嬉しいです!』
思い返すだけで顔が熱くなる。私、あのとき絶対浮かれた返信してたよね……。
スマホの画面を確認すると、7時12分。待ち合わせは7時15分。そろそろ彼が乗ってくる駅だ。
私は小さく深呼吸をした。
そして次の駅で扉が開くと、やっぱり彼はそこにいた。
紺色のダウンジャケットに、ベージュのマフラー。少し眠そうな目をこすりながら、蓮さんは車両に乗り込んできた。
私の姿を見つけると、彼は小さく手を振った。
「おはようございます、芽衣さん」
「おはようございます!」
私の声が少し大きすぎて、近くの乗客が振り向いた。恥ずかしさで顔が赤くなる。
蓮さんは私の隣に立ち、吊り革につかまった。
「朝早くからすみません。いちご狩りって、やっぱり朝イチがいいんですよね?」
「そうなんです! 朝採れが一番甘いって言われてて。予約も9時からのを取ったので」
「芽衣さん、準備万端ですね」
「だって、楽しみにしてたので!」
そう言うと、蓮さんは少し照れたように笑った。
「俺も、すごく楽しみにしてました」
その言葉に、また胸が高鳴る。
電車が走り出す。揺れに合わせて、二人の距離が少し近づいた気がした。
しばらく沈黙が続く。でも、不思議と気まずくはない。むしろ心地よい静けさだった。
蓮さんが、ふと口を開いた。
「そういえば、甘いの好き?」
「え?」
「いや、いちご狩り行くのに今さらな質問なんですけど。芽衣さんって、甘いもの全般好きなのかなって」
私は少し考えてから答えた。
「うーん、甘いものは好きですけど、いちごは特別かもしれません」
「特別?」
「はい。いちごって、甘いだけじゃなくて、ちょっと酸っぱいじゃないですか。その甘酸っぱさが、なんかこう……クセになるんです」
蓮さんは興味深そうに頷いた。
「なるほど。甘いだけじゃない、か」
「蓮さんは、甘いもの苦手って言ってましたよね?」
「ああ、そうなんです。ケーキとか、チョコとか、正直あんまり……。でも、いちごは食べられるんですよ。不思議と」
「それ、すごく分かります! いちごって、果物だから罪悪感も少ないし」
「そうそう! それに、なんか……見た目が可愛いから、食べたくなるんですよね」
蓮さんの言葉に、私は思わず笑った。
「蓮さん、意外と乙女ですね」
「え、そうですか?」
彼は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「でも、本当にそう思うんです。赤くて、ツヤツヤしてて。なんか、幸せそうに見えるじゃないですか」
「幸せそう……そうかもしれません」
私も窓の外を見た。空は少しずつ明るくなってきている。
「今日、天気良さそうですね」
「ええ。晴れるって予報でしたよ」
「ハウスの中、暖かいんですよね?」
「そうみたいです。春みたいな暖かさらしいですよ」
「春、か。まだ2月なのに、ちょっと早いですね」
「でも、なんだか今日は春が来たみたいな気分です」
私がそう言うと、蓮さんは優しく微笑んだ。
「俺も、です」
電車は次の駅に停まり、また走り出す。通勤客が少しずつ増えてきた。
蓮さんが、リュックから何かを取り出した。
「あの、これ……」
それは、小さな紙袋だった。
「今日、バレンタインだから。お返しみたいな形になっちゃうんですけど」
「え、でも私、チョコ渡してないですよ?」
「いや、その……気持ちだけでも、って。開けてもらっていいですか?」
私は紙袋を受け取り、そっと開けた。
中には、小さな苺のストラップが入っていた。ガラス細工のような、繊細で美しい苺。
「わあ……!」
「雑貨屋さんで見つけて。芽衣さんに似合うかなって」
「嬉しい……ありがとうございます!」
私は思わず、そのストラップを胸に抱きしめた。
「あの、スマホにつけてもいいですか? 今すぐ」
「もちろん。気に入ってもらえて良かった」
私は早速、スマホケースにストラップをつけた。揺れるたびにキラキラと光る苺が、なんだか私たちの関係を象徴しているような気がした。
「ねえ、蓮さん」
「はい?」
「私も、実は……」
私はバッグから、小さな箱を取り出した。
「チョコじゃないんですけど。蓮さん、甘いの苦手だから」
箱を開けると、中には手作りのブックカバーが入っていた。落ち着いた紺色の布地に、小さな苺の刺繍が施されている。
「芽衣さん、これ……手作りですか?」
「はい。蓮さん、いつも電車で本読んでるから。使ってもらえたら嬉しいです」
蓮さんは、ブックカバーを大切そうに手に取った。
「すごい……刺繍まで。ありがとうございます。大事に使います」
「本当ですか?」
「本当です。っていうか、これ、今日からさっそく使いますね」
彼は読んでいた文庫本を取り出し、丁寧にブックカバーをかけた。
「完璧です。ほら」
見せてもらうと、ぴったりと収まったブックカバーが、彼の手の中で輝いていた。
「良かった……」
「あの、芽衣さん」
「はい?」
蓮さんは少し真剣な表情になった。
「俺、実は……芽衣さんのこと、もっと知りたいなって思ってるんです」
「え……」
「だから、今日。いちご狩りだけじゃなくて、色々話せたらいいなって」
彼の真っ直ぐな視線に、私の心臓は激しく鳴った。
「私も……蓮さんのこと、もっと知りたいです」
「じゃあ、今日一日、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
二人で顔を見合わせて笑う。
電車は終点に近づいていた。ここから乗り換えて、埼玉のいちご農園へ向かう。
窓の外には、少しずつ明るくなる空が広がっている。
風が少しやさしくて、街には赤い予感が増えていく。
私は心の中で思った。
今日は、きっと特別な日になる。
いちごの日みたいな、甘酸っぱい恋が始まる日に。
蓮さんの横顔を見つめながら、私は小さく微笑んだ。
電車のアナウンスが流れる。
「まもなく、終点、大宮です」
「降りる準備、しましょうか」
「はい!」
私たちは並んで出口に向かった。
扉が開く瞬間、蓮さんが小さく呟いた。
「今日、楽しみです」
「私も!」
そして私たちは、春を待つ赤い予感を胸に、いちご色の一日へと歩き出した。
第1章:春を待つ、赤い予感
第2節「ハウスの中の春」
大宮駅から在来線に乗り換え、さらにバスに揺られること30分。私たちは目的地の「陽だまりいちご園」に到着した。
バス停から歩くこと5分。見えてきたのは、真っ白なビニールハウスが並ぶ、のどかな農園風景だった。
「わあ……すごい。ハウスがこんなにたくさん」
私が感嘆の声を上げると、蓮さんも目を細めた。
「本当ですね。壮観だ」
受付の建物に向かうと、60代くらいの優しそうな女性が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! 9時のご予約の方ですね。水瀬様とお連れ様、お二人で」
「はい、よろしくお願いします」
「今日はいいお天気で良かったですね。ハウスの中、暖かいですから、上着は受付でお預かりしますよ」
言われた通り、私たちはダウンジャケットを脱いで預けた。
受付の女性が、プラスチック製の容器と練乳の入った小さなカップを手渡してくれる。
「こちらが容器と練乳です。練乳はおかわり自由ですからね。あと、こちらがルール説明の紙です」
蓮さんが紙を受け取り、二人で目を通す。
「へたは容器に入れること、通路を走らないこと、一度摘んだいちごは必ず食べること……」
「当たり前のことばかりですね」
「でも大事なことです。じゃあ、ハウスの方にご案内しますね」
私たちは受付の女性に続いて、一番手前のハウスへと向かった。
ビニールの扉を開けた瞬間、温かい空気が一気に流れ込んできた。
「あ、暖かい……!」
「本当だ。外とは全然違う」
ハウスの中は、まるで春が閉じ込められているようだった。いや、春というより初夏に近い暖かさかもしれない。温度計を見ると、25度を指していた。
「ここは温度管理されてて、いちごにとって一番いい環境なんですよ。だから、2月でもこんなに元気に育つんです」
受付の女性が誇らしげに説明する。
「すごいですね……」
「それじゃあ、ごゆっくり。45分間、食べ放題です。美味しいいちごの見分け方はね、ヘタの近くまで真っ赤になってるのを選ぶといいですよ」
「ありがとうございます!」
女性が去り、ハウスの中には私たちだけが残された。
目の前には、整然と並んだいちごの畝が広がっている。高設栽培になっているので、腰をかがめる必要もない。赤い実が、まるで宝石のように輝いていた。
「うわあ……すごい、こんなにたくさん」
私は思わず歓声を上げた。
「本当に。これ、全部食べ放題なんですよね?」
「そうです! 45分間、頑張りましょう」
「頑張るって、芽衣さん、そんなに食べられるんですか?」
「分かりません! でも、せっかくだから、たくさん食べたいです」
蓮さんは苦笑いした。
「俺、実はいちご何個も食べたことないんですよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。スーパーで買っても、せいぜいパックに10個くらいしか入ってないから。一度にたくさん食べるって経験がなくて」
「じゃあ、今日が初体験ですね!」
「そうですね。芽衣さん、美味しいの選んでくれますか?」
「任せてください!」
私は意気込んで、いちごの畝を観察し始めた。
ヘタの近くまで赤いもの、ツヤがあるもの、形が綺麗なもの——。SNSで見た知識を総動員して、完璧ないちごを探す。
「あ、これなんてどうですか? すごく赤いです」
私が指差したいちごを、蓮さんが覗き込む。
「本当だ。綺麗ですね」
「摘んでみます!」
私は丁寧に、いちごのヘタを持って摘み取った。手のひらに乗せると、ずっしりとした重みがある。
「うわ、大きい……!」
「早速食べます?」
「いえ、まずは練乳つけないと」
私は練乳のカップを開け、いちごの先端をちょんとつけた。白い練乳が赤い実に絡む。
「いただきます!」
一口齧ると、甘い果汁が口いっぱいに広がった。
「んー! 美味しい!」
「そんなに?」
「はい! めちゃくちゃ甘いです。でも、ちゃんと酸味もあって……完璧!」
蓮さんも同じいちごを摘み、練乳をつけて口に運んだ。
彼の表情が、ぱっと明るくなる。
「……美味しい」
「でしょう?」
「うん。これは、確かに美味しいです。スーパーで買ういちごとは全然違う」
「でしょう! 採れたてが一番なんです」
私たちは夢中になって、次々といちごを摘んでは食べた。
大きいもの、小さいもの、丸いもの、少し細長いもの——。同じ畝でも、いちごの個性は様々だった。
「これ、ちょっといびつですけど、味は変わらないですね」
蓮さんが、形が不揃いないちごを手に取りながら言った。
「そうなんですよ。形は関係ないんです。大事なのは、色と香りと……」
「愛情?」
蓮さんが茶目っ気たっぷりに言うので、私は笑ってしまった。
「そうかもしれません。ここのいちご、すごく大事に育てられてる感じがします」
「確かに。一つ一つ、丁寧に手入れされてる感じがしますね」
ふと、蓮さんが私の指先を見て言った。
「芽衣さん、指、赤くなってますよ」
「え?」
自分の手を見ると、確かに人差し指と親指が、いちごの果汁で赤く染まっていた。
「あ、本当だ。練乳つけるときに、うっかり」
「ちょっと、待ってください」
蓮さんがポケットからハンカチを取り出し、私の手を優しく拭いてくれた。
その瞬間、心臓が跳ねる。
「あ、ありがとうございます……」
「いえ。でも、なんか可愛いですね。赤い指」
「か、可愛いって……」
顔が熱くなる。きっと、いちごみたいに赤くなっているに違いない。
蓮さんは、私の反応に気づいたのか、少し照れたように笑った。
「あ、ごめんなさい。変なこと言いました?」
「いえ、そんなことないです! 嬉しいです」
「良かった」
二人で顔を見合わせて、また笑う。
そして、また黙々といちごを食べ続けた。
しばらくして、蓮さんがふと呟いた。
「なんか、不思議な感じですね」
「何がですか?」
「こうやって、二人でいちご食べてること。2週間前まで、ただの同じ電車に乗り合わせてる他人だったのに」
「そうですね……」
私も改めて、今この瞬間の不思議さを噛みしめた。
「でも、なんか、昔から知ってたような気もします」
「それ、分かります。俺も、芽衣さんとこうやって話してると、すごく自然な感じがして」
「緊張はしてますけどね」
「してます?」
「してますよ! めちゃくちゃ」
私が正直に答えると、蓮さんは安心したように笑った。
「良かった。俺もです」
「え、蓮さんも緊張してるんですか?」
「当たり前じゃないですか。だって、こんな素敵な人と二人きりなんて、初めてで」
その言葉に、また胸が高鳴る。
「素敵だなんて……私、全然そんな」
「そんなことないですよ。芽衣さんは、すごく素敵です」
蓮さんは真っ直ぐ私を見つめた。
「いちごの話をしてるときの目、キラキラしてて。楽しそうで。そういうの、見てると、こっちまで嬉しくなるんです」
「蓮さん……」
「あと、笑顔が可愛いです」
「もう、恥ずかしいです……」
私は顔を伏せた。でも、心の中は喜びでいっぱいだった。
蓮さんが、また一ついちごを摘んだ。
「ほら、芽衣さん。これ、すごく大きいですよ」
「わあ、本当だ!」
「これ、半分こしませんか?」
「半分こ?」
「はい。一緒に食べましょう」
蓮さんは、いちごを丁寧に半分に割った。練乳をたっぷりつけて、片方を私に差し出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
私はそれを受け取り、蓮さんと同時に口に運んだ。
「せーの」
「いただきます」
甘い果汁が、また口の中に広がる。
でも、さっきまで食べていたいちごよりも、ずっと甘く感じた。
それは、蓮さんと一緒に食べたからかもしれない。
「美味しいですね」
「はい、美味しいです」
私たちは笑い合った。
時計を見ると、もう30分が経過していた。
「結構食べましたね」
「そうですね。お腹、いっぱいになってきました」
「俺も。いちごでお腹いっぱいになるって、初めての経験です」
「贅沢ですよね」
「本当に」
蓮さんがベンチに座り、私もその隣に腰を下ろした。
ハウスの中は、相変わらず春のような暖かさだった。外の2月の寒さが嘘のようだ。
「ねえ、蓮さん」
「はい?」
「今日、誘ってくれて、ありがとうございます」
「俺こそ、来てくれてありがとうございます」
「私、すごく楽しいです」
「俺も。こんなに楽しいの、久しぶりかもしれない」
蓮さんの横顔を見つめる。
彼は、いちごの畝を眺めながら、穏やかな表情を浮かべていた。
「芽衣さん」
「はい?」
「また、一緒に出かけてもらえますか?」
その言葉に、私の鼓動は激しくなった。
「もちろんです! 私も、また蓮さんと一緒にいたいです」
「良かった……」
蓮さんは、ほっとしたように息を吐いた。
「実は、言おうかどうか迷ってたんです」
「どうしてですか?」
「だって、まだ2回目のデートなのに。焦ってるって思われたら嫌だなって」
「思わないですよ。私も、同じこと考えてました」
「本当ですか?」
「はい。また会いたいなって」
私たちは、また顔を見合わせて笑った。
その時、蓮さんのスマホが鳴った。
「あ、ごめんなさい。アラームです。そろそろ45分ですね」
「もうそんなに経ったんですね」
「早かったですね」
「本当に」
私たちは立ち上がり、最後にもう一つずついちごを摘んだ。
「じゃあ、これで最後にしましょう」
「はい」
一緒に練乳をつけて、一緒に口に運ぶ。
甘酸っぱい味が、また口いっぱいに広がった。
「美味しかったです」
「はい、最高でした」
私たちはハウスを出て、受付に戻った。
外の冷たい空気が、火照った体を冷ましてくれる。
「どうでしたか? 楽しんでいただけました?」
受付の女性が笑顔で尋ねた。
「はい、とっても楽しかったです!」
「良かったです。また来てくださいね」
「絶対来ます!」
私たちは上着を受け取り、農園を後にした。
帰りのバスを待つ間、蓮さんが言った。
「芽衣さん、今日、本当にありがとうございました」
「こちらこそ」
「あの……一つ、聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
蓮さんは少し真剣な表情になった。
「俺、芽衣さんのこと、もっと知りたいです。もっと一緒にいたいです。だから……」
彼は一呼吸置いて、続けた。
「付き合ってもらえませんか?」
その言葉に、私の心臓は爆発しそうになった。
「私……私も、蓮さんと一緒にいたいです。だから、はい。よろしくお願いします」
「本当ですか! 良かった……」
蓮さんは、心から嬉しそうな笑顔を見せた。
そして、少し恥ずかしそうに手を差し出した。
「じゃあ、改めて。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
私は彼の手を握った。
暖かくて、大きくて、優しい手だった。
バスが来るまで、私たちはずっと手を繋いでいた。
2月14日。いちごの日みたいな、甘酸っぱい恋が始まった。
ハウスの中の春は、私たちの心にも訪れていた。
第2章:限定の魔法とフェスの喧騒
第1節「赤とピンクの波」
3月7日、土曜日。
横浜駅から徒歩10分の場所にある「みなとみらいホール」前の広場は、朝から大勢の人で賑わっていた。
私と蓮さんが交際を始めてから、3週間が経っていた。
あの日から、私たちは毎日メッセージのやり取りをして、週末には必ず会うようになっていた。映画を観たり、カフェでおしゃべりしたり、何気ない日常を共有することが、こんなにも幸せだなんて。
でも同時に、不安もあった。
本当にこのままで大丈夫なのか。彼は私のこと、本当に好きでいてくれるのか。私は彼にふさわしいのか——。
そんな考えが頭をよぎることも、少なくなかった。
「芽衣、すごい人だね」
蓮さんの声で、私は現実に引き戻された。
「本当ですね……思ってたより人が多いです」
目の前に広がるのは、赤とピンクに染まった世界だった。
「いちごフェス2026 in 横浜」——それが今日のイベントの名前だった。広場には、いちごをテーマにした様々な出店が並び、巨大ないちごのオブジェや、ピンク色のバルーンが空を彩っている。
「SNSで見たのよりも、ずっと華やかですね」
「うん。これは、写真映えしそうだ」
蓮さんはスマホを取り出し、会場全体を撮影した。
「じゃあ、早速回ってみましょうか」
「はい! でも、どこから行きます?」
私がパンフレットを広げると、蓮さんが覗き込んできた。
「えーっと……いちごパフェ、いちごクレープ、いちごタルト、いちごスムージー……すごい数だね」
「全部制覇するのは無理ですよね」
「無理だね。お腹壊しちゃう」
二人で笑い合う。
「あ、でも見てください。ここに『限定50食』とか『1日100個限定』とか書いてあります」
「本当だ。限定、多いね」
「限定って言葉、弱いんですよね……」
私が正直に言うと、蓮さんは苦笑いした。
「芽衣って、限定に弱いの?」
「はい……だって、今しか食べられないかもしれないって思うと、どうしても欲しくなっちゃって」
「可愛いな」
蓮さんがぽつりと呟いた。
「え?」
「あ、いや……なんでもない。じゃあ、限定のやつ、優先的に回る?」
「いいんですか?」
「もちろん。芽衣が食べたいもの、食べようよ」
その優しさに、胸が温かくなった。
「ありがとうございます。じゃあ、まずはあそこの『いちご大福専門店』から行きましょう! 朝一限定20個だって」
「了解。急ごう」
私たちは手を繋いで、人混みをかき分けて進んだ。
すでに行列ができていたけれど、なんとか15番目くらいに並ぶことができた。
「間に合いましたね」
「良かった。これ、並ぶだけでドキドキする」
「分かります。限定って、プレッシャーありますよね」
前に並んでいる女性たちが、楽しそうに会話している。
「ねえ、この後どこ行く?」
「パフェ食べたいんだけど、あそこ絶対混むよね」
「じゃあ先に整理券もらっとく?」
そんな会話を聞きながら、私も蓮さんに言った。
「私たちも、戦略立てた方がいいかもしれないですね」
「戦略?」
「はい。人気のお店は早めに整理券もらうとか」
「なるほど。芽衣、さすが」
「だって、せっかく来たんだから、色々食べたいじゃないですか」
「確かに。じゃあ、この大福買ったら、次は整理券もらいに行こう」
「賛成です!」
そうこうしているうちに、私たちの番が来た。
「いらっしゃいませ! いちご大福、お一人様2個までになります」
店員さんが笑顔で言った。
「じゃあ、4個ください」
蓮さんが財布を取り出す。
「いえ、私も払います!」
「いいよ、今日は俺が」
「でも……」
「芽衣が誘ってくれたから、こうやって楽しい時間過ごせてるんだから。お礼させて」
その言葉に、また胸が熱くなった。
「ありがとうございます……」
大福を受け取り、私たちは少し離れたベンチに座った。
「わあ、すごく大きい……」
手のひらに乗せた大福は、普通の大福の1.5倍はある大きさだった。白い餅の中から、赤いいちごが透けて見える。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
一口齧ると、柔らかい餅と甘いあんこ、そしてみずみずしいいちごの味が口の中で混ざり合った。
「んー! 美味しい!」
「本当だ。これ、いちごが大きいね」
「はい! 丸ごと一個入ってます」
蓮さんも満足そうに頷いた。
「甘いけど、いちごの酸味があるから、しつこくないね」
「そうなんです。だからいくらでも食べられちゃう」
「危険だね、それ」
二人で笑いながら、大福を平らげた。
「さて、次はどこ行きましょうか」
私がパンフレットを再び開こうとしたとき、蓮さんが私の手を握った。
「ねえ、芽衣」
「はい?」
「俺、今すごく幸せなんだ」
突然の告白に、私は目を丸くした。
「え……?」
「こうやって、芽衣と一緒にいられること。一緒に美味しいもの食べて、笑い合えること。全部が幸せで」
「蓮さん……」
「付き合い始めてから、毎日が楽しくて。朝起きるのも、仕事も、全部が前より楽しくなった」
蓮さんの目は、真剣だった。
「俺、芽衣のこと、本当に好きだよ」
その言葉に、涙が出そうになった。
「私も……私も、蓮さんのこと、大好きです」
「ありがとう」
蓮さんは、私の手をぎゅっと握った。
人混みの中、私たちは少しの間、お互いを見つめ合った。
「あの、蓮さん」
「うん?」
「私、実は……ちょっと不安だったんです」
「不安?」
「はい。私なんかでいいのかなって。蓮さん、優しいから、無理してるんじゃないかなって」
正直な気持ちを吐露すると、蓮さんは少し驚いたような顔をした。
「芽衣、そんなこと思ってたの?」
「はい……」
「全然、無理なんかしてないよ。むしろ、芽衣と一緒にいるとき、一番自然な自分でいられる」
「本当ですか?」
「本当。芽衣は、俺にとって特別な人なんだ」
蓮さんは、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「不安になったら、言ってね。ちゃんと話そう」
「はい……」
「俺も、まだ芽衣のこと、全部は知らない。でも、これから少しずつ知っていけたらいいなって思ってる」
「私もです」
私たちは、もう一度手を握り合った。
「さて、じゃあ気を取り直して、フェス楽しもうか」
「はい!」
私たちは立ち上がり、再び会場を歩き始めた。
次に向かったのは、有名パティシエとコラボした「いちごパフェ」のお店だった。すでに長い行列ができていたけれど、私たちは迷わず列に並んだ。
「これ、絶対1時間は並びますね」
「そうだね。でも、並ぶ時間も、芽衣と一緒なら楽しいよ」
「蓮さん、そういうこと言うの上手ですね」
「え、褒められてる?」
「褒めてます」
列に並びながら、私たちは他の出店を眺めた。
「あ、見てください。あそこで『いちごソムリエのトークショー』ってやってます」
「本当だ。13時からか」
「行ってみたいですね」
「じゃあ、パフェ食べた後、行ってみようか」
「はい!」
行列は少しずつ進んでいく。待ち時間、蓮さんはスマホで写真を撮ったり、私と自撮りしたりした。
「ねえ、芽衣。ちょっとこっち向いて」
「え、今ですか?」
「うん。いい笑顔で」
カメラを向けられて、私は少し恥ずかしかったけれど、笑顔を作った。
カシャッとシャッター音が鳴る。
「見せて見せて」
スマホを覗き込むと、そこには幸せそうな私の顔があった。
「私、こんな顔してるんですね」
「うん。すごくいい顔」
「蓮さんといるからですよ」
「じゃあ、今度は一緒に撮ろう」
蓮さんがスマホを自分たちに向けて、自撮りモードにした。
「はい、チーズ」
「チーズ!」
二人並んだ写真が撮れた。背景には、いちごのオブジェと、ピンク色のバルーンが映っている。
「これ、すごくいい思い出になりますね」
「うん。保存しておこう」
そうこうしているうちに、ようやく私たちの番が来た。
「お待たせしました! いちごパフェ、2つですね」
「はい、お願いします」
運ばれてきたパフェは、想像以上に豪華だった。
グラスの中には、いちごのアイス、生クリーム、スポンジケーキ、そして新鮮ないちごがたっぷり。てっぺんには、金箔まで乗っている。
「すごい……これ、芸術品みたいです」
「本当だ。食べるのもったいないくらい」
「でも、食べます!」
「そうだね」
スプーンを入れると、層になった材料が綺麗に見える。
「いただきます」
「いただきます」
一口食べると、甘さの中に程よい酸味があって、完璧なバランスだった。
「美味しい……!」
「うん。これは、並んだ甲斐があったね」
私たちは夢中になって、パフェを味わった。
周りを見渡すと、同じようにパフェを楽しんでいるカップルや友達同士がたくさんいた。みんな、幸せそうな顔をしている。
「ねえ、蓮さん」
「うん?」
「今日、来て良かったです」
「俺も。芽衣が見つけてくれて、ありがとう」
「こういうイベント、また一緒に来たいですね」
「もちろん。来年も、一緒に来よう」
来年——その言葉が、私の心に温かく響いた。
来年も、蓮さんと一緒にいられる。
そう信じられることが、何よりも幸せだった。
パフェを食べ終えた私たちは、会場をさらに散策した。
いちごのクレープ、いちごのスムージー、いちごのチーズケーキ——限定という言葉に引き寄せられるように、私たちは次々と出店を巡った。
「芽衣、お腹大丈夫?」
「まだ、大丈夫です!」
「本当に? もう結構食べたよ?」
「でも、どれも美味しくて……」
蓮さんは苦笑いしながらも、私に付き合ってくれた。
そして13時、私たちは「いちごソムリエのトークショー」の会場へと向かった。
小さなステージには、30代半ばくらいの女性が立っていた。
それが、いちごソムリエの河野咲さんだった。
赤とピンクの波に揺られながら、私たちの一日は、まだまだ続いていく。
第2章:限定の魔法とフェスの喧騒
第2節「ソムリエの教え」
ステージ前には、すでに50人ほどの観客が集まっていた。私と蓮さんは、なんとか前から3列目の席を確保することができた。
「間に合いましたね」
「うん。ギリギリだったけど」
ステージ上では、スタッフが最終的な準備をしている。テーブルの上には、様々な品種のいちごが並べられていた。
「あ、始まるみたいです」
照明が少し暗くなり、BGMが流れ始めた。
そして、河野咲さんがマイクを手に、ステージ中央に立った。
「皆さん、こんにちは! いちごソムリエの河野咲です」
明るく、それでいて落ち着いた声だった。
咲さんは30代半ばくらいに見えるが、その笑顔には親しみやすさがあった。赤いエプロンドレスを着て、髪を一つに結んでいる。
「今日は『いちごフェス』にお越しいただき、ありがとうございます。これから30分間、いちごの世界を皆さんと一緒に旅したいと思います」
会場から拍手が起こった。
「まず自己紹介を。私は埼玉でいちご農家の娘として育ちました。子どもの頃から、いちごに囲まれた生活を送ってきたんです」
咲さんは、テーブルの上のいちごを手に取った。
「皆さん、いちごってどのくらいの品種があるか、ご存知ですか?」
会場から、様々な答えが返ってくる。
「10種類?」
「50種類くらい?」
咲さんは微笑んだ。
「実は、日本だけで300種類以上あるんです」
「え! そんなに?」
隣の蓮さんが、驚いたように呟いた。私も同じくらい驚いていた。
「はい。そして、その中で市場に出回っているのは、ほんの一部。多くの品種は、地域限定だったり、生産量が少なかったりして、なかなか食べる機会がないんです」
咲さんは、テーブルの上のいちごを一つずつ紹介し始めた。
「これは『とちおとめ』。スーパーでよく見かける品種ですね。甘みと酸味のバランスが良くて、万人受けする味です」
「こちらは『あまおう』。福岡県産の高級品種。大きくて、甘くて、赤くて、丸い——あまおうという名前は、その頭文字から来ています」
「そして、これは『スカイベリー』。栃木県が開発した新品種で、大粒で美しい形が特徴です」
次々と紹介される品種に、観客は聞き入っていた。
「いちごって、品種によって味が全然違うんですよ。甘さ重視のもの、酸味が強いもの、香りが豊かなもの……本当に個性豊かなんです」
咲さんは、一つのいちごを切って、断面を見せた。
「ほら、見てください。この白い部分と赤い部分の比率も、品種によって違います。一般的に、中まで赤いものほど甘いと言われていますが、必ずしもそうとは限りません」
「へえ……」
私は思わず声を漏らした。
咲さんは続けた。
「いちごを選ぶときのポイントは、いくつかあります。まず、ヘタの近くまで赤く色づいているもの。そして、ヘタが元気に反り返っているもの。表面にツヤがあって、種がくっきり見えるもの」
観客がメモを取り始める。私もスマホのメモアプリを開いた。
「でも、一番大切なのは……」
咲さんは、少し間を置いてから言った。
「愛情を込めて育てられたかどうか、なんです」
その言葉に、会場が静まった。
「いちご農家の仕事は、本当に大変です。毎日、一つ一つのいちごの状態をチェックして、温度や湿度を調整して、手作業で受粉して……」
咲さんの目が、少し遠くを見るような表情になった。
「私の父も、毎朝5時に起きて、ハウスに向かいます。いちごは生き物だから、休みなんてない。正月もお盆も、毎日世話をしなきゃいけない」
「大変ですね……」
誰かが小さく呟いた。
「でも、父はいつも言うんです。『いちごは正直だ』って。愛情をかければかけた分、美味しくなる。手を抜けば、すぐに味に出る」
咲さんは、再びいちごを手に取った。
「だから、形が不揃いでも、大きさがバラバラでも、それは愛情の証なんです。工業製品じゃないから、一つ一つ個性がある。それがいちごの魅力なんです」
私は、咲さんの言葉に深く頷いた。
蓮さんも、真剣な表情で聞いている。
「スーパーに並んでいるいちごは、規格に合ったものだけです。でも、農家には『規格外』のいちごもたくさんあります」
咲さんは、少し小さめのいちごを手に取った。
「これ、小さいですよね。でも、味は規格内のものと全然変わりません。むしろ、小さい分、甘みが凝縮されていて、美味しいことも多いんです」
「形が不揃いでも、色が少し薄くても、味に問題はない。でも、売れない。そんないちごが、毎年たくさん廃棄されているんです」
会場から、ため息が漏れた。
「私は、そんな『規格外』のいちごにも光を当てたくて、いちごソムリエになりました。見た目じゃない、本質的な美味しさを伝えたくて」
咲さんの言葉には、強い信念が感じられた。
「さて、いちごの話をもう一つ。皆さん、いちごの旬っていつか知っていますか?」
「今ですよね?」
前の列の女性が答えた。
「そうですね。今、2月から3月が、露地栽培のいちごの旬です。でも、ハウス栽培の技術が発達して、今では12月から5月くらいまで、美味しいいちごが食べられるようになりました」
「それでも、本当に美味しいのは、やっぱり2月から3月なんです」
咲さんは、いちごを見つめながら続けた。
「なぜなら、この時期のいちごは、寒さに耐えて育ってきたから。ゆっくり時間をかけて、甘みを蓄えてきたから」
「いちごの旬は短い。だからこそ、この瞬間を大切にしてほしいんです」
その言葉が、私の胸に深く刺さった。
旬の短さ——それは、今この瞬間の尊さを教えてくれる。
「人生も同じだと思うんです」
咲さんは、観客を見渡しながら言った。
「一年のうち、本当に美味しいのはほんの数ヶ月。でも、その数ヶ月があるから、いちごは特別なんです」
「恋愛も、そうじゃないですか?」
その言葉に、私は思わず蓮さんを見た。蓮さんも、私を見ていた。
「出会いがあって、恋に落ちて、一緒に時を過ごす。その一瞬一瞬が、旬なんです。二度と同じ瞬間は訪れない」
「だから、今を大切にしてほしい。今、隣にいる人を大切にしてほしい」
咲さんの言葉は、まるで私たちに向けられているようだった。
「形が完璧じゃなくても、いい。少し酸っぱくても、いい。大事なのは、その瞬間を一緒に味わうこと」
私は、蓮さんの手をそっと握った。
蓮さんも、私の手を握り返してくれた。
「さて、そろそろ時間ですね。最後に、皆さんに一つ、お願いがあります」
咲さんは、満面の笑顔を見せた。
「今日、この『いちごフェス』で食べたいちごを、心に刻んでください。誰と一緒に食べたか、どんな味がしたか、そのときどんな気持ちだったか」
「そして、また来年、同じ場所で会いましょう。同じ人と、また新しいいちごを楽しみましょう」
会場から、大きな拍手が起こった。
私も、精一杯拍手した。
トークショーが終わり、観客が散り始める中、私は蓮さんに言った。
「すごく良かったですね」
「うん。心に残る話だった」
「規格外でも、愛せるって言葉……すごく響きました」
「俺も。形じゃない、本質が大事なんだよね」
私たちは、ステージを後にした。
でも、咲さんの言葉は、ずっと心に残っていた。
「ねえ、蓮さん」
「うん?」
「私たち、完璧じゃないですよね」
「え?」
蓮さんが、不思議そうな顔をした。
「私、結構心配性だし、不安になりやすいし。完璧な彼女じゃないと思うんです」
「芽衣……」
「でも、咲さんの話を聞いて思ったんです。完璧じゃなくても、いいんだって」
私は、蓮さんを真っ直ぐ見つめた。
「不揃いでも、小さくても、ちょっと酸っぱくても。それが私たちの味なんだって」
蓮さんは、優しく微笑んだ。
「そうだね。俺も、完璧じゃない。不器用だし、鈍感なところもあるし」
「でも、だからこそいいんですよね」
「うん。俺たちらしく、いられたらいい」
蓮さんは、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「芽衣は、規格外でも何でもないよ。俺にとっては、世界で一番特別な存在だから」
その言葉に、涙が出そうになった。
「ありがとう……」
「こちらこそ、ありがとう」
私たちは、もう一度手を繋いだ。
会場を歩きながら、私はふと思った。
今この瞬間が、私たちの旬なのかもしれない。
付き合い始めて3週間。まだ何もかもが新鮮で、ドキドキして、不安もあるけれど、それ全部が愛おしい。
「ねえ、芽衣」
「はい?」
「せっかくだから、咲さんに挨拶に行かない?」
「え、いいんですか?」
「うん。お礼を言いたいなって」
私たちは、ステージ裏の方へと向かった。
ちょうど咲さんが、スタッフと話をしているところだった。
「あの、すみません」
声をかけると、咲さんが振り向いた。
「はい?」
「さっきのトークショー、とても素敵でした」
「まあ、ありがとうございます」
咲さんは、嬉しそうに笑った。
「お二人、カップルですか?」
「は、はい……」
私が恥ずかしそうに答えると、咲さんは微笑んだ。
「いい顔してますね、お二人とも。今が一番楽しい時期ですね」
「そうかもしれません」
蓮さんが答えた。
「大事にしてくださいね。今、この瞬間を」
「はい」
私たちは、声を揃えて答えた。
「あの、咲さん」
私は、勇気を出して聞いてみた。
「咲さんは、いちご農家を継がれるんですか?」
咲さんは、少し考えるような表情をした。
「実は、ずっと迷っていたんです。都会で仕事をしていて、このまま東京にいるか、実家に戻るか」
「でも……」
咲さんは、いちごを見つめた。
「こうやって、いちごの魅力を伝える仕事をしていると、やっぱりいちごが好きなんだなって思うんです」
「父の作るいちごが、世界で一番美味しいって、心から思うんです」
「だから、継ごうって決めました。この前、父に伝えたんです」
「そうなんですね……!」
「ええ。父、泣いて喜んでくれて」
咲さんの目が、少し潤んでいた。
「私、ずっと迷ってたんです。でも、迷ってる時間がもったいないって気づいて」
「今が旬なら、今動かなきゃって」
その言葉に、私は深く頷いた。
「咲さん、素敵です」
「ありがとう。お二人も、素敵ですよ」
咲さんは、私たちに小さな袋を手渡した。
「これ、うちの農園で作ったいちごジャムです。よかったら」
「え、いいんですか?」
「ええ。今日の記念に」
「ありがとうございます!」
私たちは、深々と頭を下げた。
「また、うちの農園にも遊びに来てくださいね」
「絶対行きます!」
咲さんと別れて、私たちは再び会場を歩いた。
「いい人だったね」
「本当ですね。なんか、元気もらいました」
「うん。俺も」
蓮さんは、空を見上げた。
「もう、夕方になってきたね」
「本当ですね。時間が経つの、早かった」
「充実してた証拠だね」
「はい」
私たちは、会場の出口へと向かった。
赤とピンクの波は、夕日に染まって、さらに美しく輝いていた。
「ねえ、蓮さん」
「うん?」
「また来年も、ここに来たいです」
「もちろん。約束しよう」
蓮さんは、小指を差し出した。
私も、小指を絡めた。
「約束」
「約束」
指切りをして、私たちは笑い合った。
帰りの電車の中、私はスマホの写真フォルダを開いた。
今日撮った写真が、たくさん並んでいる。
いちごのスイーツ、会場の様子、咲さんのトークショー。
でも、一番多いのは、蓮さんの写真だった。
横顔、笑顔、真剣な顔——。
気づけば、私は蓮さんばかり撮っていた。
「芽衣、何見てるの?」
「あ、今日の写真です」
スマホを見せると、蓮さんは少し照れたように笑った。
「俺の写真、多いね」
「だって……つい」
「俺も、芽衣の写真ばっかり撮ってたよ」
蓮さんもスマホを見せてくれた。
そこには、私の笑顔がたくさん並んでいた。
「お揃いですね」
「うん。お揃い」
私たちは、肩を寄せ合って、写真を見返した。
今日一日の思い出が、鮮やかに蘇ってくる。
限定の魔法に翻弄されて、フェスの喧騒に揉まれて、咲さんの教えに心を打たれて。
そして、蓮さんとの絆が、また少し深まった気がした。
今が旬なら、今を大切にしよう。
咲さんの言葉が、胸に温かく響いていた。
ベリ恋♡ 歌詞紹介
風が 少しやさしくて
赤い予感が 街に増えてく
カレンダーに丸をつけた
今日はね いちごの日みたいな恋
朝イチの電車 ちょっと眠そうな君
「甘いの好き?」なんて 今さら聞かれて
ハウスの中は 春みたいな空気
もぎたての香りで 距離が近づく
白い練乳やチョコソースよりも
君の笑顔が先に溶けた
指先についた 赤いしるし
それだけで 胸がきゅっとした
今がいちばん ちょうどいい
寒すぎず 暑すぎず
この季節みたいに
私たちも バランス中
ストロベリー・トリップ♡
恋は食べ放題
甘いだけじゃない
少しの酸味が クセになる
噛みしめるたび 好きが増える
ねぇ 時間制限なんて
なければいいのに
今日の「いちご」みたいに
一番おいしい 今を生きたい
フェス会場は 赤とピンクの波
パフェにクレープ どれから行く?
限定って言葉に 弱い私たち
並ぶ時間さえ デートになる
小さなステージ
いちごソムリエの話
知らない世界を
君と一緒に かじってく
写真フォルダに
増えてく 赤い思い出
背景よりも
君の横顔ばかり見てる
ストロベリー・マジック♡
恋が熟してく
小粒でもいい
ひとつひとつ 大事にしたい
規格外だって 愛せるよ
春が来たら
少し変わるかな
それでも 今のこの味
忘れたくないよ
人混みの中で
手を引く君
「迷子にならないで」
その一言で
胸の奥まで 甘くなる
季節が進んでも
形が変わっても
今日の赤は
ずっと消えない
ストロベリー・トリップ♡
恋のピークは今
でも終わりじゃない
何度だって 来年も
同じ場所で 笑えたらいい
フェスが終わっても
日常に戻っても
君となら 毎日が
いちご色になる
いちごの美味しい この季節
「また来ようね」って
約束が増えた
赤い恋は
まだ 続いていく
小説とオリジナル曲同時作成します
世界観をまるごと形にしてみませんか?
あなたの
・想い
・大切な人
・オリジナルキャラクター
・忘れられない出来事
それらをもとに、 オリジナル小説+その物語のためだけのオリジナル曲を制作します。
文章だけでは伝えきれない感情を
音楽がそっと包み込み
音楽だけでは描けない情景を
物語が広げていきます。
✔ 世界観重視
✔ ふんわり依頼OK
✔ 完全オリジナル
✔ AIを活用した高品質制作
AI技術を活用し、クリエイターの感性で構成・調整を行っています。
「読む」「聴く」だけでなく “感じる作品”を求めている方へ。