【世界は16の顕在意識で出来ている? ①】

記事
学び
 こんにちは、効率オタクです。

 私はINTPで人に関して無関心で「人は定義できない」とし、人に関する考察をほとんどしてきませんでした。しかし、今年に入り興味が出てきて考えがまとまってきたので、暫定的ではありますが、私なりの考察結果を書いてみます。

 まずは自分のINTPタイプの棚卸しから始め、そして近いENTP、INTJ、INFPという3タイプと比較検証をしました。その中で、非常に面白いものが見えてきました。それが「顕在意識」です。

 ユングのタイプ論では「意識の向き」に注目されています。ただ、私にとってはやや複雑であったため、考察には入れていませんでした。そこで、もっとシンプルに「タイプ別に固有の顕在意識があるのでは?」という方向に切り替えて考察したわけです。

 顕在意識の定義的なものになりますが、ユングは「意識(顕在意識)で優位になったものの裏側に、対極の無意識が形成される」と述べています。

 まさにこの通りだと考えます。伝わりやすくするために表現を変えますが、これは「何かを犠牲にして、別の領域を極める(顕在意識を手に入れている)」ことだと捉えられます。この顕在意識の特徴が非常に面白いのです。

 全16タイプは、この顕在意識によって他のタイプにはない独自の領域を体感しているはずです。しかし、その反面で「伝わりにくい」という特徴を持っているのではないかと私は考えました。

 体感できていないということは、共感(理解)出来る人が同タイプにしかいないという事です。 「分かってよ?」と思いたくなりますが、分かる(体感している)人がそもそも少ないのです。

 徒然草などからも、人の本質は変わらず同じことを繰り返しているのは周知の事実です。おそらく縄文時代でも、この構造は同じだったでしょう。

 その時代において、共感が得られない独自の体感を、人は必死に言葉やジェスチャーで伝えようとしたのかもしれません。それが、他15タイプの学びとなり、文化や文明が生まれたのではないでしょうか。


「世界は16の顕在意識で出来ている」というテーマで、私なりの考察を深めています。INTP、ENTP、INTJについては、暫定的ではありますが、良い裏付けも得られ、納得のいく仕上がりになってきたと感じています。



 1. INTP(論理学者)

 顕在意識: 問い
 文明への貢献:再現性(基準、真因特定、標準化)
 犠牲:人に関して無関心


 顕在意識は「問い」です。他人事でもおやっと思ったことは自分事に変えて問いの量を自然と増やしています。ひたすら目の前の変化を問いに変えている気がします。

 私のINTPというタイプは、ヒトに関して無関心です。これを犠牲にすることで、「モノ、コト」の考察に集中できます。細かく言うと基準、真因特定、標準化このあたりでしょうか。

 ヒト×モノ=コトで常に意識しているのですが、ヒトの部分を(誰がやっても)に常に置き換えて考察しています。これの代表的なものが法律にあたります、この条件を満たさなければ法律は成り立ちません。

 付随して得られている能力はインプット能力、仮説検証このあたりではないかな。

 インプット能力ですが高校時代の事ですがアポロ11号の月面での映像がありますが全く理解できなかったんですよね。加速してないですよね...いろんなものを落としてあの映像と比較しました。寝る前も何百回再生した事か...今でもそうですが重力落下はまだ自分の目で見ていないものという仮のフォルダに入ったままなのです。ユダヤ人の教えに「見たものだけを全てとせよ」この言葉がありますが自然と出来ていたのかもしれません。

 仮説検証ですが、仮説の定義は根拠が少しでもあるものです、根拠がないものはただの妄想です。可能性の部分を%で管理しています、このブログでは「確度」という表現を使っています。品種改良に似てるかなと思うのですがこれは顕在意識がなくても出来ます。確度が出たものは仮説という認識はします。

 それ以外はそもそも仮説検証をしてるという自覚がほぼありません。品種改良の場合試験数を増やせますが、世の中にはサンプル自体が少ないものも多くあります、そもそもサンプルが集まる期間って決まっていない事も多いのです。例えばですが5年で2例、3年で5例とかです。INTPは常に何かの変化を見ていて、些細な事でも問いを起こせます。期間は特に関係なく気が付けばサンプルが集まっていて共通項目が突如見つかり仮説が立つ感じです。

 そしてこの仮説検証は顕在意識部分であり話をしても伝わりにくいです。自分自身も自覚がないのですが常に変化を見ているとある日突然共通点がみつかるからなのでしょうか。ただの思い付きと思われているのか、まさか5年越しで見ていると思はないのか...詳しく伝えても伝わりにくいかなと思います。

 ちなみに問いからの考察ですが考えるというより飛ばす感じです。可能性があるものへ次々と飛ばしていきます。例えば木の幹から3つの枝が生えそうと問いが浮かんだ時①から考察していきます。可能な限り伸ばしていく感じです。その過程で照らし合わせを行います、INTPは組み合わせる事が好きとよく書かれていますが組み合わせる感覚はなく照らし合わせている、この表現の方があってるかなと思います。そこで縦が合えば圏論でいう関手、横が合えば自然変換これにあたるのかもしれません。自然変換の場合、他の木であったりモノであったり更にぶっ飛んでいきます、そして考察に満足したころには最初に思いついていた②③方向のことはすっかり忘れていたりします(笑)

 木に例えるとハワイ・オアフ島の「モンキーポッド」。ただ考察も年を重ねると抽象化(本質)が進み木の枝がフォルダに収まっていく感じになり意外とスッキリします。真因特定の時などはこのフォルダを展開しサーチをかける感じです。

 INTPはひたすら問いです。ヒトにあまり興味がなくこれを犠牲にすることによりモノ、ヒトで考察ができます。それによって再現性、原理などを文明に与えることができたのかもしれません。



 2. ENTP(討論者)

 顕在意識: 実験(日々何かを試す)
 文明への貢献: 発明
 犠牲:(目先の)安定性

 今思えば間違いなくこのタイプだろうという先輩がいました。とても奇抜な方でした。発想も行動も変わった方でしたが、私がラテラル(横)を身につけることができたのもこの方との出会いがあったからかもしれません。発想がラテラルシンキング(横)になっていると思います。

 私の俯瞰の解釈は、
  縦:そもそも定義しない
  横:ありとあらゆるもの

となります。縦MaxはENTJになるかもしれませんが、横MaxはENTPだと思われます。ひたすら何かを試していました。遊んでいても、最後は遊びが変わっています。「なんでそんなことしたの?」となる面白エピソードも多いです。行動が実験になってるんです(笑)この事から文明への貢献は発明をあたえたのかもしれません。


 INTPがモンキーポッドだとすればENTPは無数の点です。大気中の酸素と思って頂ければ分かりやすいかなと思います。私のラテラルシンキングのイメージもこれにあたります。

 INTPとENTPが同じ点を目指そうとしたとします。INTPが点に向けて枝を伸ばすのに対し、ENTPは「もう1本木を植えたら?」「キリンがその点食べたりして?んな訳ないやろ!」と、発想が豊かすぎて一人突っ込みを入れているくらいの人でした(笑)。「もう1本の木」「キリン」を点でイメージしている感じです。



 3. INTJ(建築家)

 顕在意識:逆算思考
 文明への貢献: 未来(目標)
 犠牲: 自責や落ち込み

 恐らく主機能のNiとこの凹みはリンクしていると思われ初見対応は間違える事が多いのではないでしょうか。今回の気づきのきっかけは逆算思考が顕在意識になっているのでは?ここからです。

 INTJだったのかなって方がいるんですが共通して言えるのが料理に対する見解です。料理するのが好きではないという女性がいて「苦手なの?」「そうじゃない、何なら得意だよ!そういうのではない」こんな感じで違和感あるんですよね、黙っちゃう感じだったのでそれ以上聞けませんでしたけど。他は「目分量は絶対しない」との事。その人は全部は測るんだそう。

 読み解くともしかして料理も逆算思考なのでは……(笑)

 木に例えると「杉」。例えばですが味が濃いくなってしまった場合元には戻りにくいです、他15タイプは潜在意識なので行きついた先が今日の味!となりますが、逆算思考のINTJさんはそれが枝にはいる感じで落ち込むのかもしれませんね。

 家事で凹むと言えば洗濯でニットが縮むくらいですがINTJさんは料理でもその位の・・・(笑)「枝には枝のゴールがあってもいいんだよ」と教えてあげたいところですが顕在意識のとこなので程度がちょっと分かりません...

 あと文章でも長文はないんですが150文字くらいの短文で不思議な感じがする時があります。最後の最後が「その結論どこから来たん」って事がある気がします。アウトプットが下手なのかなと思ったんですが、本質の話より枝の話も多いと思います。最後の結論が木の最高地点(理想)に飛んでると思われます。ここからも顕在意識の逆算思考が強く出ているのかって思ったりもします。

 こういった事からINTJは顕在意識が逆算思考になっている事により未来(目標)のようなものを文明に与えたのかなと思います。

 話は変わりますがごく稀に結果が思っていた以上になる場合があります。そんな時はNiがどうなるのだろうか...ミッチミチになるのでしょうか...





 3タイプについて書いてみました。長くなったので書きませんが、顕在意識を意識して縄文時代だったらどうなのかと想像してみると割としっくりくるのではないでしょうか。

まとめると
 ・16タイプ各々が何かを犠牲にして顕在意識を手に入れている
 ・他の15タイプには体感できない経験を得ている
 ・体感できないゆえに共感も顕在意識の部分は得られにくい
 ・伝える、心配する、説く、ことにより他15タイプは学びを得る
 ・16の顕在意識によって文明、文化が生まれたのではないか


アメリカの物理学者、ジョン・ホイーラーの言葉

「世界は情報で出来ていると確信している」

解釈は違うのかもしれませんが

「世界は16の顕在意識で出来ている」

こう置き換えても良いのでしょうか。
















サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら