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幸せとはなんだ?-アマゾンのある部族の話(続き)

昨日の続きです。ピダハン族の人たちは実に楽観的で将来のことなんか悩んだりしません。未来という概念をもたないのですから悩みたくても悩みようがないんですね。また、おしゃべりが大好きでいつもみんなでおしゃべりしていているのですが、それでいて人間関係の悩みやストレスとはまったく無縁です。おはようとか、ありがとうとか、相手への気配りの言葉もなく、しかも人間関係の摩擦はない。将来への不安もないので、蓄えという概念もなく、当然、物欲も育ちません。だから他人への妬みとかそういったものもなく、つまらないいさかいなんかも起きないわけです。さらに、社会ヒエラルキーはないように見え、正式な指導者もいません。非常に重要なことは、過去という概念がないため、自分たちのルーツを語る創世神話もなければ、神という概念もなく、宗教もないことです。ただし、ジャングルにいるとされる精霊の存在は信じているのですが。とまあ、このようにピダハン族は非常に特異かつユニークな生活を送っています(まだまだ興味深い点があるのですが書き切れません)そして、これらのことを聞くと、幸せとはなんだろうとか、私たちは進んだ文明をもっていると思っているが本当に幸せなのだろうかと言い出す人が必ず出てきます。しかし、よく考えてください。彼らのような生活が本当に幸せなのでしょうか。少なくとも文明社会に生まれ、生活し、その上、さまざまな抽象概念が脳に組み込まれている私たちにとっては幸せとは思えません。彼らをうらやましがる人たちは彼らが抱える悪条件を考えてください。生活は決して楽ではないはずです。本人たちが気にしていないにしても。また、言及はされていませ
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テクノロジー「恐竜文明」

【進化の方向性】 もし恐竜が隕石落下で絶滅せず 現代まで生き続けてたら 知的生命体まで進化し 文明を築き上げてたのでしょうか? この問いを考古学者の 「ロングリッチ」氏に質問したら 真剣に調べて回答してくれて 大きな話題になってます。 答えは 「恐竜が絶滅せず生き抜いてたら 知的生命体に進化する可能性は 可能だけど極めて低い」との事。 その理由は 生物が進化し始めた時 進化する方向性が決まり そのまま進化し続けるからです。 恐竜の場合知能を高くする脳は ほとんど進化する事なく 体を巨大化する方向に 進化し続けてました。 なので絶滅しなかったとしても どんどん巨大化してく進化をし 体に対しての脳の比率を 大きくする進化が無いと言います。 このように恐竜は 脳が大きく進化する傾向が 他の生物より圧倒的に弱かった為 知性を持つ事が出来ないのです。 〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓 【無理な進化】 恐竜と対照的に哺乳類は 恐竜みたいに巨大化の進化を 全く発展させませんでしたが 脳を大きく進化させてきました。 特にイルカやゾウやシャチや 霊長類の人や猿やゴリラ等が 体格に対しての脳の比率を 飛躍的に大きく進化させてます。 この事からロングリッチ氏は 「もし恐竜が生き残ったとしても その後の進化で脳が少しだけなら 大きくなったかもしれない」 「しかし恐竜が 天才的な進化を遂げることは 絶対なかっただろう」 こう述べています。 しかも現代まで恐竜がいたら 我々哺乳類も地中で生き続け 知的生命体まで進化できず 文明も無かっただろうと言います。 その代わり 体を大きく進化させ続けた結果 恐
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【マンモスの、お肉を食べて、暮らしたい】

 人は、危機に直面したり、痛みや葛藤を  感じると、自分を守るための防衛反応が  働く。これを「防衛機制」というのだが、  13の「防衛機制」の中から、最終回の  今日は、「退行」を取り上げて話したい。 ────────────────────  「退行」とは「現在の状態よりも以前の  状態か、もしくはより未発達な段階へと  逆戻りすることで不安を解消し、欲求の  充足を得ようとする無意識的な心の働き」  である。例えば、彼女や奥さんが構って  くれないからといって赤ちゃんのように  振る舞うことで気を引こうとしたことの  ある方はいないだろうか?私は……ある。 ────────────────────  不安を解消し、欲求の充足を得るという  意味では、自分の安全や生活を守るため  に責任ある地位にいたくない、と考える  人もいるだろう。実際は実力のある人が、  敢えて出世コースを外れてプライベート  を充実させる、不祥事を起こした企業の  社長が口先だけ「責任を取って辞めます」  と言って退任する、つまりそういうこと。 ────────────────────  私は、かねがね、地球の文明はあまりに  発達し過ぎたと思っている。それでいて、  貧富の差は広がるばかりだし、世界中の  至る所で愚かな殺し合いが後を絶たない。  はるか昔、人類がマンモスの肉を食べて  いたであろうと考えられる「はじめ人間  ギャートルズ」の時代にはどうだったか。  恐らく、貧富の差も、愚かな殺し合いも、  どこにもなかったのに違いない。飲めば  飲むほど喉が渇き、手に入れれば入れる  ほどまた別
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【世界は16の顕在意識で出来ている? ①】

 こんにちは、効率オタクです。 私はINTPで人に関して無関心で「人は定義できない」とし、人に関する考察をほとんどしてきませんでした。しかし、今年に入り興味が出てきて考えがまとまってきたので、暫定的ではありますが、私なりの考察結果を書いてみます。 まずは自分のINTPタイプの棚卸しから始め、そして近いENTP、INTJ、INFPという3タイプと比較検証をしました。その中で、非常に面白いものが見えてきました。それが「顕在意識」です。 ユングのタイプ論では「意識の向き」に注目されています。ただ、私にとってはやや複雑であったため、考察には入れていませんでした。そこで、もっとシンプルに「タイプ別に固有の顕在意識があるのでは?」という方向に切り替えて考察したわけです。 顕在意識の定義的なものになりますが、ユングは「意識(顕在意識)で優位になったものの裏側に、対極の無意識が形成される」と述べています。 まさにこの通りだと考えます。伝わりやすくするために表現を変えますが、これは「何かを犠牲にして、別の領域を極める(顕在意識を手に入れている)」ことだと捉えられます。この顕在意識の特徴が非常に面白いのです。 全16タイプは、この顕在意識によって他のタイプにはない独自の領域を体感しているはずです。しかし、その反面で「伝わりにくい」という特徴を持っているのではないかと私は考えました。 体感できていないということは、共感(理解)出来る人が同タイプにしかいないという事です。 「分かってよ?」と思いたくなりますが、分かる(体感している)人がそもそも少ないのです。 徒然草などからも、人の本質は変わらず同じこ
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🚽 トイレの自動で流れることについてw

──「流す」という文化の喪失に思いを馳せる気づけば、トイレって勝手に流れるようになりましたよね。すごいことです。人類のテクノロジーはここまで来た。でも最近、ふと思うんです。「自動で流れるようになってから、流さなかった時の“罪悪感”が薄れたな」って。① 「自動で流れる」と信じる心あれって、完全に信頼関係なんですよ。僕たちは“トイレのセンサー”を信じてる。「君なら、ちゃんと流してくれるよね」って。ところが、たまに裏切られる。何の反応もない。無音。静寂。その瞬間、人は気づくんです。「え、今……流れてない……?」って。そして焦る。後ろを振り返って、手を振って、ちょっと腰を浮かせてみる。センサーに“生きてるよ”ってアピール。でも無反応。あの時間、人生でいちばん孤独です。② 「流し忘れ」ではなく「信頼ミス」昔は、“自分で流さなかった”という責任がありました。でも今は、“自動で流れると思ってた”という誤算です。そう、「流し忘れ」じゃなくて「流され忘れ」。テクノロジーへの信頼が生んだ悲劇です。便利さと引き換えに、僕たちは「確認する習慣」を失ったのかもしれません。人は学びます。「信じすぎると、痛い目にあう」と。──トイレから学ぶ人生の教訓。③ 「自動」と「思いやり」のあいだ考えてみれば、昔のトイレはちょっとした“儀式”でした。用を足して、流す音を聞いて、「終わった」って実感する。それは一種の“けじめ”だった気がします。でも自動化の波がそこにも押し寄せ、人は「流す」という動作すら手放してしまった。けど、機械が流してくれても、“心まで流してもらえるわけじゃない”んですよね。便利さは、時に「感謝の瞬間
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