「山の神の面(おもて)」
むかし、男鹿と八郎潟を見おろす寒風山のふもとに、
風に耐えて暮らす小さな集落があった。
冬になると日本海から冷たい風が吹きつけ、
雪は音もなく積もり、山も海も白く沈んで見えた。
その村に、若いマタギの権作(ごんさく)がいた。
腕は立つが、気が短く、他人を見下す癖があった。
「俺ほど山を知る者はいねぇ」
そう豪語しては、年寄りの忠告も聞かない。
ある冬の晩、権作は獲物を追って山奥へ入り、
深い雪に足を取られて道を見失った。
吹きつける風の中、ふいに太鼓のような音が響いた。
ドン…ドン…ドン…
雪の向こうから現れたのは、
赤い面をつけ、藁をまとった大きな影。
なまはげであった。
「泣ぐ子はいねがァ…怠け者はいねがァ…」
権作は震えながらも叫んだ。
「俺は怠け者じゃねぇ! 迷っただけだ!」
なまはげは権作をじっと見つめ、
やがて低い声で言った。
「ならば、山の神の試しを受けてみろ」
そう言うと、なまはげは権作を導くように歩き出した。
吹雪の中を進むと、やがて古い祠(ほこら)が現れた。
祠の前には、雪にもかかわらず青い炎が揺れている。
「この面をかぶれ」
なまはげが差し出したのは、木で彫られた古い面だった。
権作は反射的に言い返した。
「こんなもん、かぶって何になる!」
その瞬間、青い炎が激しく揺れ、
祠の奥から声が響いた。
「己を試す機会を捨てるか」
権作は息を呑んだ。
その声は、山そのものが語っているようだった。
恐れを感じた権作は、震える手で面をかぶった。
すると、視界が白く染まり、
次の瞬間、村の入り口に立っていた。
面は消え、雪は静かに降り続いている。
権作はしばらく立ち尽くし、
やがて深く頭を垂れた。
翌朝、村の者たちが山へ行くと、
祠の前に新しい木の面が置かれていた。
それは、権作の顔にどこか似ていたという。
その日から権作は、
年寄りの言葉に耳を傾け、
仲間を助け、慎ましく生きるようになった。
村では今も語り継がれている。
「山の神は、人を罰するのではなく、試すのだ。
試しを受け入れた者には、道を示してくださる」
──おわり