「雪の声、山の灯(ひ)」
むかし、出羽三山のふもとに、雪深い里山があった。
冬になると道は白く閉ざされ、音のない世界が広がる。
人々は静かに暮らし、山を畏れ、山を敬っていた。
その村に、若い山伏見習いの清太(せいた)がいた。
修行の途中で村に滞在していたが、
「山の神など、ただの言い伝えだ」
と、心の中で軽んじていた。
ある夜、清太は一人で山に入った。
雪は深く、風はなく、ただ静寂だけがあった。
やがて、木々の間からかすかな声が聞こえた。
「……きこえるか……」
清太は立ち止まり、耳を澄ませた。
声は風のようで、雪のようで、
言葉のようでもあり、ただの音のようでもあった。
そのとき、目の前に小さな灯が現れた。
青白く揺れる灯は、雪の上に浮かんでいた。
灯の奥に、白い衣をまとった影が立っていた。
「おまえ、山を疑うか」
影は静かに言った。
清太は答えた。
「山はただの自然だ。神など……」
影は灯を差し出した。
「ならば、この灯を持ち、山を越えてみよ。
灯が消えなければ、おまえの言葉は正しい。
灯が消えれば、山が語ることを知れ」
清太は灯を受け取り、歩き出した。
雪は深く、道は見えず、ただ灯だけが頼りだった。
やがて、風が吹き始め、雪が舞い、灯が揺れた。
「……きこえるか……」
再び声がした。
清太は立ち止まり、灯を見つめた。
灯は小さくなり、やがてふっと消えた。
その瞬間、清太の耳に、
村人の祈り、山伏の経、雪の音、風の声——
すべてが重なって響いた。
清太は膝をつき、深く頭を垂れた。
翌朝、村人が山に入ると、
祠の前に青白い灯が揺れていた。
そのそばに、清太が静かに座っていた。
それ以来、清太は山を敬い、
言葉少なく、祈り深く生きるようになった。
村では今も語り継がれている。
「山は語る。雪は伝える。
耳を澄ませば、灯が道を示す」
──おわり