解釈のない世界にふれるとき

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コラム
こんにちわ♪

ふと、西側の窓の手すりに
小さなプランター置けるかも!!
シソ植えたいぞ。
と湧いてきまして
試しに植えてみました。
西側5階。風が強いからわからないけど、育つといいなあ。


昨日は電話のお話の中で
始終笑ってお話しするというひとときがありました。
どれだけ、解釈の波の中に巻き込まれてたのかということ気づかれたみたいでした。


サラさんも、あるがままに触れた時、
え?!今までの思いや考えはなんだったんだ?とぞわっというような感覚に
包まれたのを思い出しました。


いまここあるがままは
ほんとシンプルで、
解釈のないところなんです。


今であれば、
お尻の感覚がある
パソコンに打たれた文字がある
車が通り去る音がある
冷蔵庫のブーンという音、
アロマの香りがある・・・
これだけ。


たとえば、目の前に本があるとすると、
本がある〟以上、というシンプルさ。
内容や、誰が書いたかというのは、
あとから思考の中に現れてくるものなんですよね。
主観の世界。


そこに入ってはだめということではないですよ。
ただ、あるがままは
本当ただただシンプルで
私たちは随分、意味付け
解釈をつけているということなんです。


ここに気づいてくると、ただ思考も便利なものですし、
必要な時に使い、
思考に使われる、巻き込まれるということがなくなってきます。
私たちは、安心して穏やかに過ごしたい・・・
きっとただただここだけなのですよね。きっと。








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