私には3人の子どもがいて、第1子である長男は今年18歳になった。
この子は発達障害なんだけど、正直 幼少期の子育てには とても苦労した。
新米ママということもあり 悪戦苦闘しながらも、「育児とはこういうものなんだな」と最初は疑うこともなく。
のちに、うまく子育てできない自分に絶望することになる。
まさか、息子に障害があるとは思ってもみなかったのだから…
小さい頃の息子を思い返すと、
周りのお友達と同じようにできないことがたくさんあったり…
自分の思いをうまく伝えられなかったり…
自分に対する 珍しいものを見るような視線に ずっと耐えてきたのかもしれない…
当時の私は、その苦しみに なかなか気づいてあげられず…理解してあげられなかった。
息子はどんな思いで毎日を過ごしてきたのかと想像すると 今でも胸がギュッと締め付けられて 自然と涙が出てきてしまう。
今となっては 必要なサポートさえ受ければ 自立できるのでは?と思えるほど、立派に成長してくれて。本当に 自慢の息子です。
息子の了承を得られたので、生まれた時から今に至るまでの歩みを 順に振り返ってみようと思います。
もしかしたら、これを読んでくださっている方の中には 私と同じように悩み、苦しんでいる方もいらっしゃるかもしれません。
「自分だけじゃないんだ!」「 自分の方がマシか」なんて、少しでも 誰かの気持ちがラクになれば…と思い、書くことにしました。
まずは、長男を妊娠する前の話から。
ちょっと特殊な私なので、そこから説明していきますね。
私は 生まれつき子宮に奇形があり…
おまけに 生まれつき腎臓も1つしかない。
腎臓が1つでも これまで病的な症状もなく過ごしてきたし、
のたうち回るような生理痛に襲われるとか、生理周期が乱れるとか、出血量なんて 誰かと比較できるものではないから自分が異常なのかなんてわからない。
そういう いわゆる「婦人科系の悩み」は特になくて、時々 今月は生理痛がきついなぁ…ってくらいのものだった。
なので、まさか自分が腎臓が1つだとか、子宮奇形だとは知らないまま生きてきた。
それを知ったのは、20代前半のころ。ちょうど彼氏(今の旦那)と付き合い始めて 数週間経ったある日。 毎日ルンルン♪で幸せをかみしめるであろう時期ーー。
そんな矢先に、インフルエンザに感染。
さらに持病の喘息が悪化して、入院することに……。
……なんとも間が悪い💧
どういう流れで そうなったか忘れちゃったんだけど、「この機会に他の臓器のエコー検査をしておこうか」という話になり、そこでまさかの腎臓が1つ無いことが判明…💦
『ちょっと待って…腎臓が1つって そんなことあるの? 今まで普通に過ごしてたけど…長生きできないとか、いつか透析生活になったりするのか?ウソやん…』
担当医は、「笑い事じゃないからね」と真剣な顔つきで言い、余計に不安になった。
腎臓が1つだとは知らずに普通に生活している人も多いらしい。
私のように たまたま検査をして発覚するのだという。
「これまで、何も問題なく生きてこれているので心配ない」と言われ、ホッとするも、「塩分を取りすぎないように気をつけていく」ように言われた。
そして最後に、医師から 私の人生を左右するような、重大なターニングポイントとなる言葉が投げかけられる。
「生まれつき腎臓が1つの人は 生殖器も奇形なことが多いから…産婦人科を受診したほうがいいね」と。
『そ、そんな… さっき腎臓ないって言われたとこで、更に子宮にも異常が…って、、、勘弁して💧』
NOとは言えない。検査怖いし、結果を聞くのも怖いけど…やるしかない!!
そして、造影剤検査やMRIでさらに詳しく検査をした結果、
「双角双頸子宮」(※1)だということがわかった。
検査結果を医師から説明を受けた内容は、
-子宮のサイズが一般的な大きさの半分である
-今の状態では、妊娠は難しい
- 片方の子宮口が塞がっているから、これは手術したほうがいい
- 手術したからと言って、妊娠できるかはわからない
- 妊娠しても、流産・早産のリスクが高い
- 妊娠中は管理入院が必要になる場合もある
- 中には無事に妊娠・出産する人もいる
他にもいろいろと話をされていたかもしれないけど、いろいろ衝撃過ぎて 情報処理が追い付かない💦
いずれ結婚して 子どもは絶対に欲しい!と夢描いていた私は、この結果を聞いて愕然とした。
私には赤ちゃんができないのか…
もし妊娠できても、無時に出産までたどり着けないかもしれない
これを彼氏に伝えたらどんな反応されるんやろう…
子どもはほしいなって言ってたし…
結婚前に分かってよかったかも…
あぁ…私の人生終わったな…
(彼に別れを切り出される前提の思考回路💦)
頭の中が真っ白になりながらも、そんなことを考えてたと思う。
自分の手術とか体の心配はしなかったのか?って思われるかもしれないけど、
それよりも、このままでは彼に捨てられるかもしれない…というのが思考の大部分を占めていた(笑)
彼に、「もう一緒にはいられない」と言われ 別れるという最悪の結果を想定し 覚悟して伝えた。
すると、あっさり「子供は いなくてもいい」と言う。
「え?いいの!?」私は舞い上がった。 とは言え、私の方が子どもを諦めきれない。
手術すれば今よりも妊娠する可能性があるらしいし、手術に関しては 前のめりで即決した。
手術日前日から入院して、手術内容の説明や、術前検査を受けるんだけど、
絶食しないといけなくて、空腹に耐えるのが 本当に辛かった。
食べ物の事を考えないように、持ち込んだ漫画をひたすら読み続けたけど、あちこちで 食べ物が描かれている。
ホットドッグ、カレー、更にはホームパーティーでたくさんの食事が並ぶ…お料理上手な主人公だっただなんて聞いてない(泣)
起きてても食べ物の事ばかり考えてしまうし、それなら寝てしまおうと思うんだけど、これがまたお腹が空いてなかなか寝付けない💦
グ~~と静かな病室に鳴り響く。あと何時間我慢すればいいの?って 何度も時計を確認してたっけ(笑)
そして手術当日。
初めての全身麻酔。
「1・2・3…」と数を数えさせられる。
『もしかしたら私はこのまま目が覚めないかもしれない…』って朝からずっと怯えていた。
数を数えるように言われ、『なんか、ドラマで見たことあるやつやん。ほんまにこうやって数を数えるんや…』と少し興奮した(笑)
だんだんとボーッとして……気がつくと 病室に戻されていた。
手術は、双頸部分を切除→双角子宮へと、私はリニューアルされた✨
手術は成功したといっても、妊娠できると確約されたわけではない。
それでも希望を捨てずに「もしかしたら…」の日を待ちたいと思った。
私達は数年後に 結婚をした。
できれは すぐにでも子どもがほしいと願っていたので、
基礎体温を計ったりして妊活を始めるも、なかなか妊娠できなくて何度も凹む。
妊娠検査薬も何度使用したことか💦
やっぱり、私には無理なんかな…と諦めかけた頃、
生理痛のような重ダルイ感覚と 酷い胃痛、そして なんだ体調がイマイチですぐ疲れる日が続く。
『これはもしかして!? 』
いつでも使えるようにスタンバイされていた妊娠検査薬を手にする。
生理予定日から使えるタイプのものだったが、その生理予定日が待てなくて、2日前にフライング検査をした(笑)
いったい 何度目の検査や…と思いながらも 旦那と一緒に結果がでるのを待つ。
「せーの!」で見てみると、
おや!? そこには、初めて見る縦線がうっすらと…これは陽性反応やん✨
妊娠できた!? 無理かもしれないと言われていた私が!?
私のお腹の中には 新たな命が宿ったんだということに、ただそれだけに興奮し、喜びを感じ、舞い上がった。
これからおこることをまったく予想もせず、不安になることもなく、素直に…
そう、私は、素直にこの目の前の2本線が、ただただ嬉しかったのだった。
↓↓ 以下、当時書いていた 妊娠日記より抜粋 ↓↓
『本当に嬉しくて、体が震えて涙が出た。まさか自分が妊娠できるとは思ってなかった。○○くん(以下、旦那)も内心諦めてたんやろな、目を丸くしてビックリしてた。私は興奮してなかなか眠れなかったしw 生まれつきの子宮奇形で、妊娠は難しいかも…とお医者さんに言われてたし、流産や早産など危険もあるかもとのことなので油断はできないが💦 自分でも子どもには恵まれないんじゃないかと諦めかけていた矢先のことで信じられなかった。私が妊娠かぁ… 嬉しくて、ちょっと恥ずかしいような不思議な気持ちになった。何とか無事に育って生まれてきてほしい。 妹にTELで報告すると泣いて喜んでくれた。お母さんにもTEL。お父さんはメールで報告した。二人とも、孫は抱けないんだと思ってたと思う。みんな「え~!!!そうかぁ!」って喜んでくれて本当に嬉しかった』
ようやく叶った妊娠。未来が一気に輝いて見えました。
けれど、ここからが「新たな試練」の始まりでした。
妊娠中に更なる手術。そして…想像以上に過酷な出産が待っていたのです。
続きは【後編】でお話させてください。
👉後編へ続く
※1《双角双頸子宮とは》
子宮の先天性奇形(生まれつきの異常)の一種で、子宮が上部で二股に分かれており(双角)、さらに子宮の出口である頸部(けいぶ)も二つある状態を指します。