先日、SNSで話題になったニュースがあります。
京都にある由緒ある芸能神社「車折神社」が、公式アカウントのアイコン画像として生成AIによる巫女のイラストを使用したところ、SNS上で猛烈な批判が殺到し、炎上。最終的にはアカウントを削除し、SNS担当者が体調不良で入院するほどの事態にまで発展しました。
「神聖な場所にAIを使うな」
「AIに仕事を奪われている人への配慮が足りない」
そんな声が飛び交いました。
けれど私は、こう思いました。
これは「AIが仕事を奪った」という話ではなく、AIと著作権の関係性がまだ曖昧であることが引き起こした問題ではないか、と。
AIが仕事を奪う? それは論点ではない。
よく、「AIに仕事が奪われる」といった言葉が使われます。
確かに、生成AIの登場によって、デザインや文章、翻訳、接客など、多くの領域で人間の手を介さずにできることが増えているのは事実です。
けれど、今回の問題の本質はそこではありません。
今回使用されたイラストがなぜ問題視されたのか。それは、AIが過去の創作物を学習して生成する仕組みにあると思います。
いわゆる「◯◯風」といったAIイラスト。
一見オリジナルに見えても、実際には特定のアーティストや作風に酷似しており、それが**創作への“ただ乗り”**ではないかという疑念を生んでいます。
これが著作権法上どう位置づけられるのか。まだ明確な基準が存在していません。
つまり、技術の進歩に法律が追いついていないことが問題の本質です。
著作権のグレーゾーンを、感情で語っても前には進まない
この件で強く思ったのは、「誰が怒っているか」ではなく、「どこに法的な根拠があるのか」を冷静に見極める必要があるということです。
AIが作ったイラストは本当にオリジナルと言えるのか?
「◯◯風」は著作権の侵害にあたるのか?
クリエイターの努力を無視するような使い方になっていないか?
こうした問いに一つひとつ答えていくには、個々の感情論ではなく、制度設計と社会的合意形成が必要です。
私は翻訳という領域でAIと向き合ってきましたが、AIの便利さを実感しつつも、「ここからは人がやるべき」と明確に線引きできる瞬間が何度もありました。
翻訳の現場でも、「人間の力」が求められている
私は、翻訳歴25年。
法律文書、特許文書、ビジネス文書からゲーム、書籍まで、幅広いジャンルを手がけてきました。
AI翻訳が登場してから、「これはもう人がやる時代じゃない」と言われることも増えました。
実際、簡単なメールやチャット、定型的な文書の翻訳依頼は減っています。
でもその一方で、私のもとにはむしろ**「AIでは訳しきれない」と感じた人たちからの依頼が増えている**のです。
なぜか?
・契約書や法律文書は、一語の違いが致命的なリスクになる
・ゲームや小説の翻訳は、キャラクターの感情や世界観を壊さずに伝える必要がある
・教材やプレゼン資料では、文脈や文化的背景に沿った表現が求められる
こうした文書では、たとえAIが“意味”を訳しても、“意図”や“印象”まで伝えるのは不可能です。
翻訳とは、単なる変換ではなく、「伝える」仕事だからです。
AIと共に働く。そこにこそ未来がある。
私自身、AIを全否定しているわけではありません。むしろ、積極的に活用しています。
AIを使うことで、調査や構成の時間が短縮され、より表現力を磨く時間にあてられるようになったり、クライアントへの提案に余裕が持てるようになったりしています。
AIによって仕事が「奪われた」のではなく、仕事の質が変わり、求められる役割が進化したと感じています。
共存のカギは、「人間にしかできないこと」を知ること
AIが得意なのは「大量処理」と「パターン認識」。
一方で、人間にしかできないのは、「文脈を読む」「感情を汲む」「文化を理解する」ことです。
この“分担”を理解した上でAIを使えば、もっと多くの人が自分の強みを活かしながら、新しい働き方を見つけることができるはずです。
翻訳でお困りの方へ:AIだけに任せず、人の力を取り戻しませんか?
私が運営する《prunus language lab》では、
単なる翻訳ではなく、**「伝わる翻訳」「活かされる翻訳」**をお届けしています。
・契約書や特許などの専門文書
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・ゲーム・書籍のローカライズ対応
・教育機関や出版社との協業実績あり
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