※まずは深呼吸
リラックスしてから読み進めてください
肌に染み込むような静けさだった。
暗闇は、夜ではなく朝を孕んでいる。
駅のベンチに腰掛けると、ひんやりとした感触が太ももに伝わる。
静まり返ったホームに、自販機の低い唸り声だけが響いていた。
指先に触れる缶コーヒー。まだ開けていないのに、じんわりと温もりが伝わる。
目を閉じると、一瞬だけ耳鳴りのようなものがして、すぐに消えた。
遠くでカラスが鳴いた。
ああ、もうすぐだ。
始発が走り出す少し前。
まるで誰も知らない時間を手に入れたような、この数分だけは、いつも少しだけ呼吸が深くなる。
空を見上げる。黒と青の境界が、ほんのわずかににじむように混ざり合っている。
そのグラデーションに、胸の奥が微かに疼いた。
今日が始まる前に、
今日が始まることを許す前に、
ここにいる。
――そんな時間だった。
指先で缶を開ける。
プシュッ、という音が妙に大きく響いた。
一口飲むと、苦みとわずかな甘さが喉を滑り降りていく。
心臓がゆっくりと動き出す感覚。
少しだけ、目が覚める。
「……あんまり無理すんなよ」
隣に誰かがいる気がした。
でも、振り向いても誰もいない。
さっきまで座っていた自分自身が、そこにいた気がする。
あるいは、ずっと前にここで立ち止まった誰かかもしれない。
それでも、その言葉だけは確かに耳に残っていた。
「お前だって、もう十分頑張ってるよ」
そう言われた気もした。
ゆっくり立ち上がる。
電車の明かりが遠くに見えた。
駅舎に響く、レールの振動音。
あと少しだけ、ここにいたい。
でも、もう行かなきゃ。
電車に乗り込む。
車内には同じような顔が並んでいた。
誰もが眠そうで、どこか遠くに意識を置いている。
けれど、どこか似ていた。
全員がそれぞれに何かを抱え、それでも今日を迎えに来た顔だった。
少しだけ、うなずいている自分がいた。
ガタン、ゴトン。
電車はゆっくりと動き出す。
窓に映る顔。
いつかよりも少しだけ強くなった気がした。
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【あとがき】
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
書き終えた今、この文章を読んでくれているあなたの姿を思い浮かべています。
日々、忙しさに追われながらも、こうして時間を割いて物語と向き合ってくれたあなたに、まずは「お疲れさま」と伝えさせてください。
この物語に綴ったのは、特別な出来事でも、特別な誰かの話でもありません。
けれど、あなたがこれを読み進める中で、
ふと、胸の奥が少しだけ温かくなったり、
言葉にならない何かに触れたように感じたりしてくれていたなら、それほど嬉しいことはありません。
生きていると、どうしても見失いそうになることがあります。
自分が今どこに向かっているのか。
この道が正しいのか。
昨日も今日も変わらないままじゃないか。
そんな風に思う日が、きっとあなたにもあったのではないでしょうか。
でも、どうか信じてください。
今日を迎えたこと、それ自体が、あなたにしか歩けない道の途中なんです。
うまくいかない時も、不安でいっぱいの時も、
それでも今日を越えて、こうしてここに辿り着いたあなたは、
もう十分に、強くて、尊い存在です。
この物語を読んだあなたが、
忙しい毎日の中で、ほんの少しだけ立ち止まることができたなら。
駅のホームで、朝焼けの空を見上げるような、
そんな静かでやさしい時間を、自分に許してあげられるようになったなら。
それだけで、この物語は完成です。
それは、書き手である僕ではなく、
あなた自身が、この物語に最後のピリオドを打ってくれた証だから。
日々はこれからも続きます。
時に無情で、時に理不尽で、
それでもあなたは、また一歩を踏み出していくのでしょう。
その時、あなたの足元を照らすものが、
この物語の中で感じた、あの小さなぬくもりだったらいいなと思います。
どうか、今日を乗り越えたあなた自身に、
優しく「ありがとう」と声をかけてあげてください。
そしてまた、あなたの朝が訪れますように。
読んでくださり、ありがとうございました。
あなたの今日が、少しでも穏やかでありますように。