「ほんの少しの光を信じて──揺れる心の記録」

記事
コラム
最近、心がずっと揺れ続けています。

現実の問題に向き合いながら、
「人は人、自分は自分」と言い聞かせているのに

どうしても先のことばかり考えてしまって——

ふとした瞬間に、
「このままの状態がずっと続いたらどうしよう」
と怖くなる自分がいます。

もうやめてしまおうか、と思う日もあれば、
いや、もうすぐ芽が出て、
私も、みんなも幸せを感じていけるんじゃないかと、
淡い期待にしがみついている自分もいて。

その間をずっと行ったり来たりしていて、
どこにも逃げ場がないような、
そんな感覚があります。

ほんの少しだけでも、
そこに陽が射してくれたら違うんでしょうけどね。

逃げ場がない——

そう感じる瞬間って、
たいていはほんの些細なきっかけなんですよね。

朝、カーテンを開けたときに
胸の奥が重くなる日もあれば、
スマホの通知ひとつで
心がざわついてしまう日もあって。

「大丈夫かな」「今日は乗り切れるかな」

と自分に問いかけながら、
気づけば同じ場所をぐるぐる回っている
気がすることもあります。

本当は、
そんな自分を誰かに受け止めてほしくて、
「つらい」とか「苦しい」とか
言えたら楽になるんだろうけど……

言葉にする前に、
心がすっと閉じてしまうんですよね。

大人になればなるほど、
「弱さ」を口にすることって、
なんだか難しくて。

それでも、不思議なことに。

諦めきれない小さな光だけは、
ずっと胸のどこかに残っていて。

「あと少し頑張れば、何か変わるかもしれない」

そんな希望のかけらを、
私はまだ手放せずにいます。

弱気と強気のあいだを行き来しながら、
揺れながら、
それでも前に進もうとし続けている自分がいて。

それって、
思っているよりずっとすごいことなんじゃないかな、
と最近ようやく気づきはじめました。

それに、最近よく思うんです。

私の言葉って、ちゃんと届いているんだろうか。

もしかしたら独りよがりなんじゃないだろうか。

書きながらも、
ふと立ち止まってしまう瞬間があります。

どこまで正直に書いていいのか、
どこまで弱さを見せていいのか、

その境界がよくわからなくなる日もあります。

でも、そんな迷いを抱えたままでも、
それでも言葉にしたいと思うのは、
きっと誰かが今、
“同じ揺れを抱えているかもしれない”
と思うからなんですよね。

もし、
どこかでひとりで泣いている人がいたら。

もし、
声にならない不安を抱えている人がいたら。

完璧な言葉じゃなくていいから、
そっと寄り添うような一行だけでも届けられたら
そういう気持ちが、私の中にはずっとあります。

本当に届いているのかなんて、
わからないままなんですけど、

それでも書く手を止めずにいられるのは、
誰かの暗い部屋に、
ほんの少しでも光が届くと信じたいから。

揺れてもいいし、迷ってもいい。

弱さを抱えたままでもいい。

むしろ、その弱さのままの言葉こそ、
誰かの心にそっと寄り添うのかもしれません。

そして、思うんです。

いちばん救われたいのは、
もしかしたら私自身なのかもしれない、と。

誰かの心に届けばいいと願いながら、
同時に、書くことで自分の心をなだめたり、

「大丈夫」

と、そっと手を添えてあげたりしている。

そんな気がしています。

本当は、私も逃げ場がほしい。

安心できる場所がほしい。

陽が差すのを待っているのは、
読者の方だけじゃなくて、
私自身もきっと同じなんですよね。

でも、これだけは確かです。

人の心って、ずっと暗いままではいられません。

小さな光でも見つけた瞬間、
そこから少しだけ前に進めるようになるから。

もし、この文章を読んでくれているあなたが、
いま苦しい場所にいたとしても——

大きな希望なんてなくていいんです。

いまの私と同じように、
「ほんの少しだけ光が欲しい」
と願っている自分がいるなら、
それだけで十分なんだと思います。

揺れる日があっていい。

立ち止まる日があっていい。

誰にも言えずに涙をこらえる夜があってもいい。

そんな夜の真ん中で、
あなたの心にも、私の心にも、
そっとひとすじの光が差しますように。

それを願って、今日も私は言葉を綴っています。


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