こんにちは。
人間形成の場、エンパワLaboの有岐です。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
ここ数年で感じる事は、世界中の考え方「意識」が大きく変化していること。
戦後から高度成長期の間は、家や車、目に見える「物質」の豊かさによって幸せを感じてきたと思います。
そして今、「物質主義」の崇拝の時代から離れようとしているように感じられるのです。
社会はお金を得る為に大量に物を作り、大量に消費する仕組みを作りました。
そして、私たち消費者は、それを購入するために自分の「時間」を売って「お金」を稼ぐ…
その終わりのない、「足りない」という苦しみの世界。
その制約の世界を作っているのは「自分」だという事にも、今までは気づくことすら難しかったのです。
ある人が、「日本人は盆の上の小豆のようだ」と言っていました。
お盆を傾けたら、上にのっている小豆は、一斉に、右に左に「ザラザラー、ザラザラ―」と動く、ということだそうです。
でも最近、その「お盆の上の小豆」に疑問を持つ人が増えてきたんじゃないかなぁ…と感じます。
今日は、「目にみえないもの」を感じ始めた、そんな皆様に向けて書いてみようと思います。
「大和心」的生き方とは?~余計な分別を持たない生き方~
本日も最後までゆっくり読んで頂ければ幸いです。
私は、東大寺のある「奈良市」に住んでいます。
ここ奈良市には、建物に「地下」がないのをご存じですか?
それは土を掘ったら「昔の物」が出てくるからなんです。
そんな物が出てきたら、調査しなければいけなくて、そのせいで建設工事がストップしてしまうからなんです。
地下駐車場とか地下鉄もないんです…
もしかしたら、観光に来られると移動に不便さを感じるかもしれません。
せやから、観光地なのに夜8時にもなると、もう真っ暗なんです。
きっと観光客の方は大阪や京都のついでにちょっと寄ってみよか・・・みたいな感じで、夜は京都や大阪のホテルに移動されるんですよね。
しかも、近鉄奈良の近くの東大寺や興福寺、鹿がいるゾーン以外の寺社仏閣に行こうとすると、また1つ1つが離れて距離があるんですよね。
でもだからこそ、不便だからこそ、今まで「守られている土地」だと思うんです。
奈良には「大和」の地層がそのまま残っています。
古代からの「土」には、沢山の情報が詰まっているんです。
今、社会を制するパワーは、現物資産や物だけでなく、「情報」と「資源」ですよね。
何もないと人が思っていた宇宙や空間に、実は「すべてがある」ということが、現実的にやっと共有されるようになってきました。
―自然や宇宙の「エネルギー」は、日々のストレスや電磁波によって、人間の心や体に溜まった「澱(おり)」を、ニュートラルな状態に戻してくれます。
・・・
「アーシング」という言葉を、聞いたことがありますか。
日本人は「磁場」と言う方がピンとくるかもしれませんね。
「磁場」とは、土地に根付いたエネルギーや波動の事です。
エネルギー、波動…
実は人間の体も、電気が発生しているんです。
まず、人の体には約37兆個もの細胞があります。
そして、その神経細胞同士が情報をやり取りする、「糸電話」みたいな存在のことを「ニューロン」と言います。
その糸電話は、実は電気信号によって、次の細胞へと伝わるのです。
この電気的な活動によって、私たちの体は、思考や運動、感覚なんかをコントロールしているというわけです。
人の体もスマホと同じように、「電気という情報」で動かされているとも言えますよね。
では、ちょっとここで、「土」が人に与える重要性について、お話しさせてください。
🚩アーシングとは
裸足で地面に触れることで地球のエネルギーとつながって、体の電気のバランスを整える健康法です。
アーシングは、実際に科学的な研究によってその効果が証明されているんです。
土、草、砂浜、水辺など、自然の地面にじかに足の裏が触れると、「あぁ…きもちいいなぁ」って、感じますよね。
その感覚こそが、本物なのです。
通常、私たちは頭で考えすぎたり、ストレスを感じたりしている時、私たちのエネルギー(氣や電気)は「上」へと昇って、頭に血が上ったような状態になります。
地と繋がるとは、地球と自分の周波数を同期させるということ。
過剰に頭に上がってしまっているエネルギーを、物理的に体の下の方へと引き下ろして、そして、ニュートラルな周波数に戻していきます。
靴下を脱いで、外で座ってるだけで、なんだかだんだんと心が柔らかくなるのを感じたことがあるかと思います。
「意志の力」でリラックスしようとしなくても、ただ足の裏を大地に預けるだけで、体内の電気的な環境が整って、自律神経が交感神経(戦闘モード)から副交感神経(リラックスモード)へと切り替わるんです。
先ほど私たちの体もスマホと同じように、「電気という情報」で動かされているとお話しました。
体と心の不調には、その「電気」、つまり体の中の「プラス」と「マイナス」のバランスが大きく関係しているんです。
🔸体の中の「プラス」と「マイナス」のバランス
私たちの細胞は、日々の代謝やストレス、電磁波などにさらされることで、「活性酸素」という物質を作り出します。
活性酸素って、「悪」のイメージがないですか?
そうなんです。活性酸素はプラスに帯電した状態。つまり、電子が1本足りない、不安定な寂しい状態なんです。だから、周りの細胞から電子を奪い取ろうとするんです。
それが、細胞が「酸化」の傷になる原因であって、それが続くと、慢性的に「炎症」として体に現れるのです。
🔸具体的に体の中で何が起きているのか?
一方で、渡地達が暮らす地球の表面は、常に無限の「マイナスに帯電した電子」で満たされています。
裸足で土や草に触れると、
体の中で、この「プラス」と「マイナス」が瞬時に結びつく、ということが起こります。
地面が身体に触れた瞬間から、無数のマイナス電子が体内へ流れ込み始めます。この電子が、体内をあちこち攻撃していたプラスの活性酸素と結合することで、活性酸素が中和されて無害化されるのです。
何十年も同じ体を使っていると、誰でも慢性的な炎症をどこかに抱えていますよね。
その場所は、毛細血管が収縮し、血液が滞って溜まりやすくなっているんです。
🔸赤血球は、本来「お互いに突っぱね合う」性質を持っている
血液の中を流れる「赤血球」。それらは本来なら、表面がすべてマイナスの電気を帯びています。
磁石を思い浮かべてみてください。「マイナス(S極)とマイナス(S極)」を近づけると、お互いに反発してパッと離れますよね
健康な血液の中では、赤血球たちがこの「マイナスの磁石」のように、お互いに反発し合っています。だから、狭い毛細血管の中でも、お互いにぶつかったりくっついたりせず、1個ずつ独立してサラサラとスムーズに流れることができるのです。
🔸ストレスやドロドロ血は「磁力が弱まった」状態
ところが、現代の生活はどうでしょう。
ストレスや電磁波、日々の疲労を無視して生きることは困難です。
それらが原因となって、体の中に「プラスの電気=活性酸素」が溜まってきます。
そうすると、片手のない活性酸素は、赤血球が持っていた大事な「マイナスの電気」を奪ってしまうんです。
すると、どうなるでしょうか。
赤血球たちの「お互いを突っぱねる力(磁力)」が弱くなってしまいます。
反発し合えなくなった赤血球たちは、お互いにペタペタとくっつき合って、まるで「お団子」のようになって、ひとかたまりになってしまうのです。
これが、いわゆる「血液がドロドロで流れにくい状態」なんですね。
ドロドロの血流を改善したり、局所的な痛みや腫れ、または、見えないレベルの慢性的な臓器の炎症が、体がアースされることで鎮まっていくのです。
🌿🌿🌿
😄「アーシング」一緒にやってみましょう😄
実際に土の上に立たなくても、「意識」を使ってでも、アーシングはできます。
外出することが難しい方でも、ベットの上に腰を下ろして、足裏を床につけるだけでも大丈夫なんです。
今から、そのやり方を一緒にやってみましょう。
人間とは、「意識」というすごい力を持っています。
意識は、時間も空間も関係しない、「目に見えない霊力」です。
イメージするだけで、足裏の湧き出る泉「湧泉」から大地のエネルギーが身体に入ってくるんです。
🌿🌿🌿
まず、イメージしてみましょう。
あなたは、神社にあるような、1000年の大木です。あなたの腰は、ちょうど木のいちばん太い幹。
そして…、あなたの足の裏からは、どっしりとした幹から伸びた、太くて長い根が、地面に向かってどんどん伸びていきます。
ここで、足の裏にある「大地の氣を吸い上げる扉」を開いてみましょう。
足の裏には「湧泉(ゆうせん)」、湧き出る泉と書くツボがあります。
その湧泉の扉、昔のアナログのカメラの焦点を絞るレンズをイメージしてみてください。
では…右足の裏にある、その焦点を開いてみましょう。
そして、左足も同じように、焦点のレンズを開いてみましょう。
あなたの足裏から、太くて長ーい「根」が、どんどん、どんどん地面に伸びていきます。
では…、ゆっくりと呼吸を始めましょう。
息を吸う度に、地面からのエネルギーが足裏から入ってきます。
足の裏から入ってきたエネルギーは、足裏から足首→→→ふくらはぎ→→→膝→→→太もも→→→そして、ゆっくりと下腹に上がってきます。
しばらく、吸う時にエネルギーが入ってくる感覚を感じてみてください。
お腹まで入ってきたら…、つぎはあなたの体の真ん中の中心線を意識してください。
下から入ってきたエネルギーは、そのまま中心のポールを龍が上るように回転しながら、上に上昇してきます。
お腹→→→胸→→→首→→→そして、首の後ろを通って、頭部に。
ゆっくり地面からエネルギーが、足、ふくらはぎ、ふともも、腰、お腹、胸…と満たされていく感覚に浸ってください。
出来ているかどうかを、頭で考えないで。
エネルギーは、ただ意識したように動きます。
それに任せてください。
体から頭に上がって切るときは、
首の後ろ、耳の後ろの辺りや、ちょうどハチマキを巻くあたりが、エネルギーを感じやすい所です。
そして…最後は頭頂部、頭のてっぺんにある「百会」のツボ(7番チャクラ)から、外にエネルギーは排出されていきます。
目を閉じて、体の感覚を研ぎ澄ませてみてください。
あなたの体の周りの「磁場」である、トーラス型のエネルギー。
それが、内側からどんどん周波数が書き換わり、変化していきます。
・・・
どうですか?
イメージという「意識」を使って、繰り返すうちに、簡単にだれでも「ゾーン」に入る事ができるようになってきます。
🚩大和にある「大和魂」
私は猪年の生まれで、生まれてから内心こんな事を感じていました。
周りの皆は賢くスマートに頭を使って生きられるのに、自分は周りが危険だと言われても、心が熱く「その先を知りたい!」と思うのをこらえられず、「危険な扉」を何も深く考えずに突進して開くような人生を送ってきました。
勿論、何度も失敗を繰り返し、自分が望んで突っ込んでいきながら八方塞がりになる事も多く、「何で私は、こんな激しい人生を望んで選んでしまうのか」と思っていたのです。
母には「あんたは、猫みたいに熱いストーブに触って、やけどしないと、熱いとわからない子やねえ」と言われていました。💦
50代に入り、今となっては、その「どこから来るのかわからない湧き出る好奇心」に本当にに感謝しています。
それだけが私をここまでつき進めてきたのです。
🔸屋根のない家で、「雨ざらし」の今、必要なこととは
消費税が始まったのは、1989年4月1日でした。そこから、9年後、1997年に5%、2014年に8%、そして今や10%です。
詐欺をする方法も、初めから玄関の扉を蹴り破って入ってきません。
初めは、相手の恐怖や弱さをつついて、共感者のふりをして「そっと」侵入してきます。
初めは、数センチ。それが出来たら、つぎは10センチ。そして、30センチ、80センチ、1メートル…
気づいたら、リビングのソファーでふんぞり返っています。占領されていることを、その時になってやっとわかるんです。
私たちの住む国の家も、知らないうちに少しずつ屋根が外されて、今や気づいたら雨ざらしになっています。
塀だけが頑丈に高くそびえていて、その中で少しの残った屋根の下に私たちは、雨を少しでもしのごうと群れているわけです。
そんな今、何が必要なのでしょうか。
私は、世の中が言う「立派な志(こころざし)や、目標、素晴らしい論理や正しさ」の基準から外れることだと思います。
志(こころざし)は、誰かに教えてもらうものではない、のです。
誰かから教わった「こころざし」には、あまり意味がないのです。
茶道や花道など、「道」の中にある、形とは、初めの先人が、万人が理解できるようにつくったマニュアル。その中に、一番深いところにある「真実」を語る事は出来ないと思うんです。
万人が理解できるということは、表面的であるということ。
結局、自分の中から苦労して、どこかから知らないうちに湧いてきたもの。
その中に、書かれていない真実があって、それを底からたどっていくと…結局「作法」という形になっていた…
表面から深みに到達する方向ではなくて、実は、初めに深みの断片を感じて探求しているうちに、表面の形になっていた。
そんなことが、自分の人生で1つでもわかった時、喜びが内側から湧いてくるんです。
立派なものよりも、嘘・偽りでない、自分なりの原点。
それを「もっと人生でつかんでいきたい」と思う魂の喜びが、雨ざらしの中で生きていくのに必要な事なんじゃないのかな…と感じるんです。
・・・
🔸大和魂:「武士道」と「大和心」は似たフェーズ
これは私の主観ですが、そこには【余計な分別】がない事が共通しているのだと思っています。
よく、「氣はどうしたら出るようになるのか?」「体術を効果的に会得する方法はあるのか?」「ここまでしたら、先生みたいに必ず練功の氣が出るようになりますか?」といった質問を頂きます。
それは、禅の問答に「答えを下さい」と言っているのと同じです。
「愛」とは何ですか?と質問されたら、あなたはどう答えますか?
修行や秘伝で伝わる行法も実は「シンプル」です。
それを単なる「猿真似」で終わる人もいれば、「1を学んで1000を知る」人もいます。
その違いはどこにあると思いますか?
武蔵の五輪書でも、「この本は知識を学ぼうと読むのではなく、感じる所から気づきを得るように読む」と言ってますよね。
私事なんですが、私が小学校3年生の時に初めて「次郎物語」を読みました。
その時は「とても面白いなあ」と単純に感じたのですが、その後5年生の時に再度読み返した時、全く違う感情を抱きました。
3年生ではわからなかった、少年の心、書かれていない行間の描写に、圧倒されて涙が止まらなかったのです。
それは、3年生ではわからなかった心の機微を、5年生では実体験から自分に重ね合わせ、言葉にならない共感を感じる事が出来たということなんやと思うんです。
聖書や法典、哲学や神秘学、武術秘伝も文学も全て同じだと思います。
後世に伝え、人に伝承するために「言葉」を用いるしかない。
でも言葉にすると、そこには人によってその言葉に対しての「主観」が100人いれば100通りあります。
実体験を通してのみ、自分の魂を通してのみ、真実が「わかる」のだと思います。
だからそれは、すごいと言われる人の話を聞きに回ったりするのではないのです。
体当たりの自分の人生の経験の中で、その時期なると準備が出来た時に「わかる」ようなものではないでしょうか?
「正解を求めない」
「成功や会得はどうでもいい」
「うまくいかなくてもいい」
ただ、一心に「心がやってみたい」と燃える事を躊躇せずに毎日1つ1つコツコツする。
難しくないのです。
実は皆さんやっています。
私はこれを「子育て」から学びました。
母性が母親には備わっています。
全ての人類がそうだとは言いませんが、私は子供の為なら死んでもいいといつも思っています。
それは20代で子供を産んだ時に、まだ娘だった私が「誰かのために本当に命を惜しみなく投げだせる母」に変化したのです。
種を守る、遺伝子の本能はすごいですよね。
そこに、理屈や意味はないのです。
子供が本当に危険な場所に行く事になった時、「危ないから行かない方がいい」と言うのではなく、本人が生きたいと言っているならたとえどんな事があってもそれを受け入れようと覚悟を決めたりと、そんな事の繰り返しで「覚悟」は日常で培われる心です。
男性なら「家族を養うために」それも同じだと思います。
そして、家族やもっと広い他者の為に生きるには、そこには「自分の信念」がないと続ける事は困難です。
人間は弱いですから。
正解や答え、意味を求めて生きるのではなく、「自分の理想の信念」に沿って生きる。
それが根底にあると、何をしても自分なりの人生の経験から「真実」の種を見つける事が出来るのではないかと思います。
知識や技、それに初めに行き着いた人の「魂」に自分なりにたどり着く、といった感じでしょうか。
It's never too late to begin again.
「いつからやり初めても、遅すぎる事はない」
「そんな事、やっても無駄だ」
「どんな方法も上手くいかないなら、もう仕方ない」
あきらめたり、自分を制御してしまっていませんか?
そして、気づくと退屈な毎日。
それを紛らわすために、お金で交換できる一瞬の楽しさで満たしていませんか?
人生90歳までお迎えが来ないなら、40代50代60代また70代でも、まだまだ何十年もあるんです。
戦後に作られた「人を評価するシステム」、それはたったここ数十年で出来た価値観です。自分を評価するのは自分だけです。
外側の立派なものを着ても、脱ぐとただの私なんです。
完璧な100点でいようとすると、ずっと上の何かに引っ張られているようで、
足が地面から浮いてしまうんです。
そんな浮いている状態では、いつも不安で怖いんです。
私たちはみんな、不完全。
30点の赤点なんです。それが本当で、それでいいんです。
よく見ると、上司も友達も…えらい人も、みんな30点なんです。
砂糖の味しかしない料理はおいしくないですよね。
私たちは、料理の和え物。
それぞれの素材を「合え」あって、絶妙な料理ができるんじゃないのかなぁ…と感じています。
今日も最後まで読んで頂き、本当に有難うございました。
氣功師の有岐でした。
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