悪口は、毒の発散ではなく毒の堆積

悪口は、毒の発散ではなく毒の堆積

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コラム
長年の知人と久しぶりに外出をして、
楽しい時間を過ごしました。
知人と別れて、外食でもするかと一人お店へ。

座った席の隣には、
仕事終わりと思われる三人組。

そのうちの一人が、
「○○さんってそういう人よ、気をつけて」
と言っているのが聞こえてきました。

聞かなければいいのですが、
音としてどうしても入ってきてしまうので、
拒むほどに耳に音が入ってきてしまいます。

「居眠りしていたとか、つまみ食いしたとか言いつけたせいで、
△△さんは辞めさせられたらしいのよ。
そんな事どうでもいいじゃないって思わない?」

この方たちの職場の人間ではないので、
どういう人たちなのかは想像はできかねるのですが、
私にはどうにも、この方が正しいとは思えないのでした。

人の性格については考えないとして、
事実だけを考えれば、
仕事中に居眠りやつまみ食いをする行為はよろしいとは言い切れず、
そういう行為を仕事に真摯に取り組めていないと思う人はいるはずです。

ですが、この人は「言いつけるような人」ということを
悪い行為として、他の人にイメージを植え付けているように思います。

合わせて、この人は一切間を入れずに話し続けていました。
他の二人は、時折隙を突いて相槌を打つか、ただ黙って聞くだけ。

これが、当事者が相当嫌な思いをして愚痴を聞いてあげるという
シチュエーションなら慰めるように、
ただ聞いてあげるのはとても良いことです。
でも、雰囲気からはそのようには感じませんでした。

嫌な事があったら、モヤモヤしていたら、
発散は大事です。
ただ、発散の仕方を誤ると、
それは発散ではなく、より負の感情を蓄積させてしまうのです。

負の蓄積を生む行為にメリットは感じません。

私も相性の合わない人はいますが、
それでも仕事の付き合いであれば、
その人の良い部分も見るようにします。
「あの人って細かいことも上司に報告するみたい。
仕事に無駄が無くてテキパキしてるのはいいんだけどね」
嫌な気持ちでありながら、
正当性も生まれ(時に理不尽なことを言っていると気付くことも)、
聞いているお仲間も納得しながら聞いてくれたりします。

私もすっかり気疲れしてしまいました。
帰宅して、改めてコーヒーを飲んで穏やかになりました。

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