罪と罰。

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コラム
…テルミさんは欲が深い。そして本人は「自分は何の罪も犯していない!」と、思い込んでいる。

いやもう、筆者のような出来損ないを産んだ時点で万死に値すると思うのだが、生まれてしまった時点でもう捨てる訳にもいかないし…というか、周りの反対を押し切って筆者を産んでやったので感謝しやがれこの野郎!みたいなことは言われるが今はテルミさんがひとり暮らしなんてできないところまで老化が進んでいるので、筆者が居ないと何もできない。

汚い話、トイレも自分で全部できないし、食事も介助が要るし、病院通いには車が必須だし、そろそろ筋肉をつけるよりも、転ばないように気をつけるステージに移行してしまっているので、あっちこっちに手すりがあったり。

そもそも、きちんと避妊していれば、筆者は生まれていなかったのでは?という疑問に対して「あら、ちゃんとしてたのよ、避妊リング。でもそれをすり抜けてデキちゃったのがくうきちゃんなのね。」と、仕方ないから産んでやった感アリアリで恩着せがましく言うので、筆者が「こんな人生、歩むくらいなら堕して欲しかったなぁ。」と、内心思っているのは知らぬ気に。

まあ、テルミさん程ではないが結構色々と罪深いことをしながら生きてきた人生なので、ああ、こうやって遺伝子は受け継がれていくのだなぁ、と感じる。
まず、精子とは近親相姦だったし、テルミさんとは共依存の時期もあったし、姉たちからは折檻されて育ったし、小学校からは何故か女性の教師だと、皆、教師が音頭を取ってモラハラ・パワハラ・もう精神的にも肉体的にも虐待の日々だったし、男性教師だと「くうきは残りなさい。」と言われて残れば、「残ったってコトはわかっとるんだろな?」と言われて「はい。」と答えるとそこからはもう、性的虐待の日々が続いたし、テルミさんがその兆候に気づいたら多分学校に怒鳴り込んでいたと思うので、テルミさんが鈍くて良かったと思う。

お風呂から出ると必ずテルミさんのボディチェックがあったので、お風呂で洗滌するのが大変だった。あの栗の鼻の匂いって、結構しつこいので、必死で奥まで洗っても匂うんデスヨネ―。

で、小学校の5年生頃になるとテルミさんには彼氏ができて、よくお風呂に一緒に入ったが、これまた、何なの?私ってそんなにおじさんキラーなの?と言うくらい、(いやいや当時Kさんは21歳だったから、オジサンではないのだが。)「くうき~、お風呂入るよ~。」「あら~Kさん、毎度すみませんねぇ。」「いやいや、テルミさんには毎回食べさせてもらってるし、これくらいしないと。」というやり取りがあって、それが合図で一緒にお風呂に入るとシャワーの勢いを強くして、わざと水音を大きくして、また秘め事が行われていた。

中学一年になると、男性の教師だったので勿論、担任からお誘いはあったが、存在自体があざとくて生徒受けばかり考えている男なので、断った。
タイプじゃないというか、生徒の人気は気にしつつ、筆者のカラダは欲しがるものの、気が小さくて、クラスの「和」を壊さない事ばかり気にするくせに、迫ってくるので、勿論、「バレた時の覚悟とかできてます?」と訊くと筆者のブラウスのボタンを外しかけていた手が止まって「…帰っていいよ。」の一言。その翌日から一年は地獄だったが、その翌年から放任主義の担任につき、虐待も無くなり、委縮が無くなったので悠々と勉強できるようになり、後はもう推して知るべし。

自分の身体を使って防御しないといけない日々から解放されて、友達もでき、勉強にも集中できるようになり、高校からは同じ学校の出身者の少ない学校に進学して、母子家庭で低収入家庭ということもあってバイトしつつ学力をどんどん伸ばして最終的には成績はクラスでトップに、体育も苦手だったのがのびのびと体を動かせるようになったので、平均台の上で側転してみたり、現役バレーボールの子とネット越しに熱い攻防を繰り広げたりと、本当に好き勝手やって過ごした。

流されて生きてきた筆者だが。
今は適当に知り合いから案件をもらってお小遣いを増やしつつ、精神障害年金をもらって暮らしている。幼い頃からの心の傷は深く、未だにそれが癒えることが無い。こうやって淡々と「過ぎたこと」として話ができるようになっても思い出したくないのに思い出してしまう場面もある。

でもまだ生きているからには、きっと神様が、これらの経験を肥やしにして、同じような辛い人生を送ってきた人を励まして生きていくように、ということなのだろう。日本刀で頸動脈を切ったあの日から、私は生まれ変わったのだ。



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