【満たされない感覚】の裏側にあるもの

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「私はなんの為に生きてるんだろう?」


このぼんやりとした

満たされない感じはなんだろう。

特に大きなストレスもないのだけれども


日々の生活に充実感を感じられているかというと、そうでもなく。


淡々とした日々が

ただ過ぎていくような気がする。



退屈なのか

無気力なのか

それどもただ生きているだけというのか…。



まだ、悩み事を抱えて忙しくしている方が

その対応に追われたり

疲れたりして


こんな気持ちを感じないですむのかもしれない。



私って、なんの為に生きているんだろう。

私、なんの為に生まれてきたんだろう。って。


そう思う時は、心に余裕がある時。


心に空間が出来て

心が暇になった時。



日々、瞑想などに取り組んで

意図的に心に無や空間を創ろうとしている人はともかく


エゴは【無を嫌う】という傾向があります。


エゴは

ストレスや悩み

疲れる事はイヤなのだけれども


それが無くなったら無くなったで

退屈だ

空虚だ

面白くない

何か刺激をくれ

言い出すのです。



心に隙間が出来ると

別の何かで埋めようとする。




エゴは

心に空間が出来ると

悩み事を創りだしてまで、埋めようとします。



エゴにとって

”無”は”死”を意味します。


エゴの自分が消えないようにと

エゴという自分が死なないようにと


必死になって埋めようとするのです。


人は無が死ぬほど怖いのです。

その時感じているのは”死への恐怖感”なのです。



「なんの為に生きているんだろう」

「私の生きる理由を見つけて」という


エゴの”生きたい”という叫びなのです。


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