見つけてくださってありがとうございます^^かな♡です。
今日のブログは、私に起こった人生最悪の日の話です。とてもヘビーな話なので、重たい内容が苦手な方は、スルーしてください。
プロフィールにも書いていますが、兄の死後、私は『双極性障害』と診断されていて、今でもお薬を飲んでいます(それまでも、元夫との別居中から睡眠障害があり、投薬治療を受けていました。ちなみに躁転はしません。)
『双極性障害』は、精神疾患の病態水準でいう精神病水準になるので、健常者<神経症水準<境界例<精神病水準でいうと、1番重い水準(脳の疾患)になります。
なので、健常者さんから見ると、ある意味、ガッツリあちら側になります。
だけど、実際には、健常者もしくは神経症水準だった兄が自死してしまいました。
そう、鬱の入口と出口、ある意味、憔悴しきっていない力の残った鬱の人が一番自殺率が高く危険な状態なのです。
兄は、運動神経抜群、成績優秀、容姿端麗、学生時代なんかは、大きな紙袋2杯分いっぱいのチョコをバレンタインに貰ってくるような人気者でした。大学も国立大、仕事も某大手食品メーカーから子会社に出向していたものの、会社の取締役、所謂、エリートでした。
そんな兄が、会社でパワハラを受けていると、両親に泣きながら電話をかけてきていたのでした。
仕事から帰宅し、食事をしていた私は、スピーカーから聞こえてくる兄の過呼吸に、直感的に “危ない” と感じ、電話を変わってもらいました(厳密には両親と私の3人で話しを聞きました)
兄は『自分が全部悪いんだ』、『あんな人達に近づいた自分の責任だ』と、過呼吸で途切れ途切れになりながら、自責の言葉を繰り返していました。
『逃げたい』と兄が言いました。
私は『お兄ちゃん、もういいよ。帰っておいで。この前、プレゼントでたこ焼き器をもらったから、一緒にたこ焼きしよう。』と。
私と兄とは、仲の良い兄妹というよりは、ちょっと距離のある関係だったので、兄の一大事に妹として、一緒に向き合えることに、私はある種の喜びを感じていました。
『あぁ、やっと、お兄ちゃんと本当の兄妹になれる。これから、一緒に生きて行こう。』、心の中でそう決意し、兄の治療プランを考え、身一つで帰れるように身の回りの準備をしていたのでした。
だけど、翌日の昼過ぎ、仕事中に弟からかかってきた電話は『お兄ちゃんが亡くなった』という最悪の知らせだったのでした。。
自分の手が、声が、ワナワナと震えているのがわかりました。
ショック症状からか、涙が出ない。
心と身体が切り離されたように、何も感じない状態でした。
大変だけど、これから始まるはずだった兄との新しい未来が、突然絶たれたのでした。。
単身赴任で遠方に住む兄に『帰っておいで』じゃなくて、どうして『迎えに行くね』って言わながったんだろう、どうして『死なない』と約束させなかったんだろう、『どうして、どうして。』という言葉が私の中でぐるぐると回っていました。
あれだけいっぱい人の話を聞いてきたのに、どうして実の兄の命を救えなかったんだろうと、無力感で絶望と悲しみに暮れました。
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