ひとりごとのような話として聞いていただければ嬉しいです。
陰陽思想というのがあり、男性は陽にたとえられ、陰は女性にたとえられます。ですが、古代から女性は属性は太陽に近いです。
女性は死をつかさどる
アナトという女神がいました。
この女神様は、生贄を欲しがりました。「死」が関連する女神です。
豊穣には「陽」がありますが女性が仕事で担わされてきたのは「陰」の部分です。男性のヒステリックさも女性はケアする役目を背負わされています。
世界が悪いとか、社会が悪いというよりも
男女が共同して暮らすことそのものが陰陽がまじりあえばよい物のそうはいきません。大体の女性は「日陰」の「陰」に追いやられます。
「原始、女性は太陽であった」ということばは平塚らいてうのものとして知られています。彼女が追いかけたことは「自分のやりたいことをする」ということでした。
しかし、今の日本の制度は婚姻によって女性の自由は縛られていきます。
税金のかけかたなど家庭というもので国民を見ているのです。
女性はもともと創造的な生き物ですので、台所に立つだけで哲学者になりえます。台所は死と直結する場所です。死んだ魚をさばいて焼いて調理する。
死を扱うのは女性です。
そしてそこから人に「死せるものを食べさせ」生命をつなぎ留めさせます。
これは、女性が料理に従事させられたときのただの陰の話です。
家の守護者は死をつかさどる
縄文時代の女性は、家は女性のものであり家を継ぐのは女性でした。
男性は育児に参加しない、もしくはなんらかの欠点があれば家を追い出されまさまようことになりました。新しい家に入れてもらえれば幸運でしたがそうではなければ野垂れ死にしました。男性たちだけで共同体を作ることは難しかったのです。埋葬を共にされた夫婦というのは少ないのではないでしょうか。
自分らしく生きよ
わたくしも、今は「原始、女性は太陽であった」という言葉に涙が出ます。
イーチンは厳しい占いではありますが、女性を押し込める憤りが易の中にあるような気がします。女性を自然のままにしない、太極に反する今現代の社会に抵抗しているような気持ちがします。
そして時に女性を縛る男性に、「死の女神」が怒りの声を上げているような気がします。