【1965年都議会議員選挙】野党の得票率が●%上昇していたら・・・。

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コラム
 2025年6月に、東京都議会議員選挙が行われます。
 そこで私は以前反響を頂いた、野党の絶対得票率が上昇した場合のシミュレーションの、第3弾を出そうと思います。

 今回は1965年7月に行われた、東京都議会議員選挙の結果を使ってシミュレーションを行いますが、当時は「都議会黒い霧事件」と言われる都議会自民党を中心とした、政治とカネの問題で都民の政治不信がかつてないほど高まっていました。
 これに痺れを切らした、当時の都議会野党(社会党と、公明党と、共産党と、民社党の4党)が議会の解散を求める署名運動を共同で始めたため、リコールによる議会の解散を避けたい自民党が慌てて「地方議会の自主解散に関する特例法案」を衆・参両院に提出して、賛成多数で可決されたことから、この特例法による史上初の「自主解散」という形で、1965年6月に都議会が解散されることになりました。
 投票率は58.58%で、前回(1963年)よりも9.27%ダウンしましたが、これは当時における過去最低でした。
 当時はまだ「無党派層」という言葉はありませんでしたが、この低投票率は都政の腐敗に嫌気が差した無党派層の多くが、選挙を棄権したことによって引き起こされたものと見られています。

 そこで、本記事では1965年の都議会議員選挙で、野党の絶対得票率が●%上昇していた(有権者の100人に●人が、棄権せず野党に投票していた)ら、議席は誰から誰に移るのか?
 その上で、投票率が前回と同じ、67%台に達していた(今回の場合、野党の絶対得票率が9%上昇していた)ら各党の議席はどうなっていたのか?

 これらの結果を、シミュレーションという形で示そうと思います。

 シミュレーションの手順

 ここからは、1965年の都議会議員選挙の結果を使ってシミュレーションを行います。
 ここでは野党候補の惜敗率が最も高かった、定数8の世田谷区を例に取りますが、この選挙区では最下位で当選した自民党の小林さんと、次点で落選した社会党の岸本さんとの差がたったの38票しかありませんでした。

<実際の結果>
当 五島 正三 公明・前  27357
当 梅津 四郎 共産・前  25260
当 林  氷二 民社・新  21214
当 河野 一郎 自民・前  19661
当 広川シズエ 自民・前  18723
当 角田 太郎 社会・新  18534
当 小畑マサエ 社会・前  18405
当 小林 三四 自民・前  17693
  岸本千代子 社会・前  17655
  相馬 雪香 諸派・新  14505
  田中 貞造 社会・前  13306
  小林 時枝  無・新  10397
  三田 隆真 自民・新    9870
  吉川 真鷹  無・新    9169
  渡辺 秀雄  無・新    5611
  石綿兼太郎  無・新    4394  
  上保利三郎  無・新    2003
  梅谷 芳光 諸派・新      205

 当時、世田谷区の有権者は約40万人いましたが、この時の選挙で棄権した40万人×1%=4000人の有権者が自民党以外の候補者14人に、ランダムに投票していたら、結果は下記のように変わっていました(1票以下の端数は切り上げ)。

<野党の絶対得票率が1%上昇した場合の結果>
当 五島 正三 公明・前  27643
当 梅津 四郎 共産・前  25546
当 林  氷二 民社・新  21500
当 河野 一郎 自民・前  19661
当 角田 太郎 社会・新  18820(6位→5位に浮上)
当 広川シズエ 自民・前  18723(5位→6位に転落)
当 小畑マサエ 社会・前  18691
当 岸本千代子 社会・前  17941(9位→8位に浮上・当選)
  小林 三四 自民・前  17693(8位→9位に転落・落選)
  相馬 雪香 諸派・新  14791
  田中 貞造 社会・前  13592
  小林 時枝  無・新  10683
  三田 隆真 自民・新    9870
  吉川 真鷹  無・新    9455
  渡辺 秀雄  無・新    5897
  石綿兼太郎  無・新    4680  
  上保利三郎  無・新    2289
  梅谷 芳光 諸派・新      491

 以下、本記事では1965年の都議会議員選挙で棄権した有権者が、選挙区で自民党の公認候補以外に、ランダムに投票していた場合を例に取ります。


 野党の絶対得票率が上昇したら、結果はどう変わるのか?

 もしこの選挙で、野党の絶対得票率が1%~9%上昇していた(有権者の100人に1人~9人が、棄権せず野党に投票していた)ら、議席は誰から誰に移るのか?
 その結果を以下に示します(前・新・元と、選挙区の定数はいずれも当時。以下、敬称略)。

<+1%>
世田谷区(8) 小林 三四(自民・前)→ 岸本千代子(社会・前)
 練馬区(3) 加藤 源蔵(自民・新)→ 時武 左門(社会・新)

自民38→36、社会45→47、公明23→23、共産9→9、民社4→4、諸派0→0、無所属1→1、計120


<+2%>
 台東区(5) 伊木カエコ(自民・新)→ 深谷 隆司(諸派・新)
 深谷隆司はのちの自民党衆議院議員。89歳になった現在(2025年3月時点)では、『月刊Hanada』(飛鳥新社)の常連執筆者や、自民党東京都連の重鎮といったイメージが強くなっているが、29歳で都議会議員選挙に初出馬した当時は1人会派として活動していた(その後自民党入りして、1969年の都議会議員選挙では自民党公認で初当選)。

 町田市(1) 高尾 健一(自民・前)→ 中金 義男(社会・新)
 当時は定数が1であったが、その後の多摩ニュータウンの開発によって人口が激増したため、現在では定数が4まで増やされている。

自民36→34、社会47→48、公明23→23、共産9→9、民社4→4、諸派0→1、無所属1→1、計120


<+4%>
八王子市(2) 関根 義一(自民・新)→ 滝沢  勇(無・新)
 当時は定数が2であったが、町田市と同じくその後の多摩ニュータウンの開発によって人口が激増したため、現在では定数が5まで増やされている。

自民34→33、社会48→48、公明23→23、共産9→9、民社4→4、諸派1→1、無所属1→2、計120


<+5%>
 中野区(4) 高橋 一郎(自民・新)→ 青山 良道(社会・前)

自民33→32、社会48→49、公明23→23、共産9→9、民社4→4、諸派1→1、無所属2→2、計120


<+8%>
江戸川区(4) 野口辰五郎(自民・前)→ 内田 雄三(民社・元)
 豊島区(4) 佐々木千里(自民・前)→ 岸  寛司(民社・元)

自民32→30、社会49→49、公明23→23、共産9→9、民社4→6、諸派1→1、無所属2→2、計120


 おわりに

 今回は、野党の絶対得票率が9%上昇した場合の結果まで示しましたが、ここまで来ると、自民党の議席は2017年都議会議員選挙の23議席に次ぐ、歴代2位の低水準まで落ち込むことになります。
 最終的な議席の変化は、以下の通りです。

自民38→30、社会45→49、公明23→23、共産9→9、民社4→6、諸派0→1、無所属1→2、計120
(前回=1963年都議会議員選挙は自民69、社会32、公明17、共産2、民社0、諸派0、無所属0、計120)


 いずれにしろ、野党の絶対得票率が1%上がるだけで、選挙結果や、当選者の顔ぶれが大きく変わるのは明らかと言えます。
 しかも、2025年の都議会議員選挙は参議院選挙のちょうど1か月前に行われるため、各党がその前哨戦と位置づけて、総力を賭けて臨んできます。
 事実、都議会議員選挙の結果は、直後の国政選挙の流れを大きく左右してきました(1989年の参議院選挙や、1993年の衆議院選挙や、2013年の参議院選挙など)。

 だから、この記事を見た東京都の有権者の皆さんは「入れたい所がない!」という理由で棄権せず、選挙に行って欲しいと思います!

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