腰痛のお付き合いとの歴史

記事
コラム

腰っていう漢字は
にくづきにかなめ
なんですね😌大事な場所だー。


心の世界や癒しの学びを始めたきっかけになった腰痛も、治療法や薬の選択が当時と違うので、いまなら、ここまでの展開にはなっていないのです。
あっさり、良くなってる可能性が高いから。


この腰痛をきっかけにわたし
生きかたとか、
生きるうえで大切にしたいこととか… 
たくさん変わったことがあります。
そしてそれはとても私の人生にとっておおきなことで。


この腰痛との出会いが
あらゆることの大切なきっかけとなりました。


ではでは以下、過去に書いたものですが
よろしければお読みください。


………
わたしと腰痛との付き合いは
17歳からと
かれこれ30年になります。


高校3年生のときの初夏、
学校でのスポーツテストのデータを
友達とわいわい競いながらたのしく回っていて。

背筋にちょいとばかし自信があったわたしは
目指せ120キロといわんばかりに

測定器を引きました。

それと同時に
崩れ落ちる体…


17歳にしてはじめてのぎっくり腰!(◎_◎;)


ゆっくり先生に病院に連れて行ってもらいましたが
安静にするしかないとのことで
友達に紹介してもらった
鍼治療に
5回ほど通って楽になりました。(若さってすごい)



2回目は
23歳のとき勤務していた病院で
だんだん痛みでうごけなくなり

「帰れるうちに帰ってください」

と整形外科の先生に告げられ
MRIで初めて腰椎椎間板ヘルニアと診断されました。


この時は
鎮痛剤を飲んだり、それが原因で胃が痛ければ座薬をつかったりしながらなんとか働いていました。(若さってすごい…2回目)

で、

3回目が35歳。
東日本大震災の2週間後
夜眠っているときになぜか徐々に腰が痛くなり、
寝ても起きても収まらず…
ソファに向き合い、片足だけ膝をソファに軽く乗せるというかなり謎な体勢で朝を迎え出勤してすぐにMRI^^;


腰椎椎間板ヘルニアにはちがいないけど
いままで2箇所だったのがあっさり悪化しており。

すべての椎間板がヘルニアという衝撃。

MRIが終わるや否や
放射線技師さんたちが、

「これは無理だ、痛いに決まってるよ」

って苦笑いしながら
検査着を着たわたしの肩をみんなでぽんぽんたたいてねぎらってくれました。
うう。

検査後の整形外科受診で

「これは仕事できません。手術の適応でもない。休むしかないです」


と休職の診断書が出て家で休むことになりました。

そこからのおはなしなわけです。

なかなかに年季が入っておりますが

当時は
「まったく、この忙しい時に、私の体ったらもー」
と悪態をついておりました。

さっさと治らないと
仕事(勉強)できないでしょお?!
というね…

腰痛めーやっつけてやる!


くらいのなぜか戦闘モードで
休み始めたのでございます。


(まだ、つづきます😊ではではまた次回ー)






さら


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