「私はどうすればいいの?」
その一言から、家族会議は始まった。
海外駐在を受けるかどうかの最終的な決断もまた、家族会議の場で決まった。
当時の我が家は、4人家族だった。
妻、息子、娘、そして私。
妻は会社員として働いていた。
仕事は忙しく、責任のあるポジションを任されていた。
社内でのキャリアは途上にあり、これからという時期だった。
息子は中学2年生。
中高一貫校に通い、強豪の運動部に所属していた。
仲間にも恵まれ、充実した日々を送っていた。
娘は小学4年生。
中学受験の準備を進めていた。
そんなタイミングでの海外駐在の打診だった。
最初に口を開いたのは妻だった。
「私はどうすればいいの?」
その一言には、様々な意味が含まれていた。
仕事を続けるのか。
帯同するのか。
単身赴任にするのか。
どれを選んでも、何かを失う。
帯同すればキャリアは中断する。
単身赴任にすれば家族は分断される。
残るという選択は、そもそも現実的ではなかった。
息子ははっきりとした口調で言った。
「俺は行きたくない。」
理由は明確だった。
学校、友人、サッカー。
すべてがここにあるのだ。
娘は対照的だった。
「私は行ってもいいよ。」
今の環境に悩んでいた彼女にとって、海外は「変化」の可能性だった。
家族の意見は、きれいに割れていた。
そして私は、そのすべてを背負っていた。
海外駐在は、会社の人事異動として語られる。
しかし実際には、家族全員の人生に影響する決断である。
それを、初めて実感した瞬間だった。
何度かの話し合いを重ねた。
結論は、ある意味でシンプルだった。
「とりあえず行ってみよう。だめなら帰ればいい。」
誰かが強く主張したわけではない。
しかし、その言葉が自然と家族の共通認識になった。
決断というよりは、「覚悟の置きどころを決めた」という感覚に近かった。
会社には、海外駐在を決めた社員と配偶者が、赴任前に現地の生活環境を確認するための制度があった。
いわゆる「派遣前視察」である。
制度上、対象となるのは本人と配偶者だけだった。
しかし私たちは、子どもたちも連れて行くことにした。
その費用は自費だったが、家族全員で現地を見ておきたかった。
海外駐在は、私一人の問題ではない。
家族全員の生活が変わる出来事だからだ。
現地の街は、想像していたよりも明るく、開放的だった。
私たちは、先ずスーパーと子供たちが通うであろう学区の教育事務所を訪ねた。
日系スーパーの商品は思ったよりも豊富で、そして高かった。
現地のスーパーはどこも広く、そして新鮮な野菜や果物が並んでいた。
地域の教育事務所では、日本人が多く住んでいる居住地区と学校の情報を確認できた。
更に学校のカウンセラーとの面談も手配してくれたので、通学するかもしれない学校内の見学や科目について説明を受けることもできた。
娘は楽しそうに周囲を見回していた。
息子はどこか無言のまま、景色を眺めていた。
妻は静かに、生活の現実を測るように街を見ていた。
そのとき、私は気づいた。
同じ景色を見ていても、
家族それぞれが見ているものは違う。
海外駐在は、会社が決める。
しかし、その意味は家族ごとに異なる。
キャリアの機会として見る者もいれば、生活の不安として受け止める者もいる。
そしてそのすべてが、正しい。
こうして私たちは、海外駐在という選択を現実のものとして受け入れていった。
それは一つの決断だった。
しかし同時に、まだ始まっていない物語でもあった。
みなさんが海外駐在の話を受けたとき、
その決断は、誰と、どのように決めたでしょうか。
そしてそのとき、誰の人生が動いていたでしょうか。