皆さんは「英語ができる」と聞くと何をイメージしますか。
人によって違うかもしれないが、おおよそ「英語が喋れる」と理解する人が多いのではないでしょうか。
もちろん英語が読める、理解できる、聞いたら分かるといった要素はそこに含まれているでしょう。
では、果たして「英語は話せないけど分かる」という人は英語ができると言えるか。
日本の学校教育における英語科目は昔から読み書きに重きをおき、テストでは単語や文の訳をさせたりしてコミュニケーションという言語の中心的な役割は軽視されてきた。
国際化が進み近年ではやっと意思伝達を前提としたcommunicative Englishという側面が取り入れられるようになり、コミュニケーションをする相手の存在を想定した学習も出てきている。
「英語ができる」とは「英語で意思疎通ができる」と言い換えてもいいかもしれない。
読み書きによるコミュニケーションが時代を経て、手紙→メール→チャットと広がり、読み書きで”会話”をすることが普通になった。
そう考えるとSNSでのコミュニケーションが当たり前の環境で育った「ソーシャルネイティブ」にとってはたとえ英語が喋れなくても「英語ができる」と感じるかもしれない。
いずれにせよ、英語力をコミュニケーション力と言い換えるならば、相手不在の英語学習で「英語ができる」ようにならないのは当然と言えるだろう。
「英語できるんだって?何か喋って!」
「ナンカ、、、何を?、、、、、、」
英語ができる人のあるあるだが、こういう時いつも困る。
だから自分から英語ができるって言いたくない。
結局、英語ができても伝えること、伝えたいことがなければ何も喋れない。
そもそも喋る必要がない。
この現象から見ると、英語という言語が一つの個別の技能として扱われていることは明らかだ。
だが実際は、英語を使用する行為はコミュニケーションの一部であり個別に切り離せないもので、伝えることが出来てやっと「英語ができる」となる。さらに例えばビジネスマンで言えば商談で成約できれば胸を張って「英語ができる」と言えるだろう。