第5話「誰の祈りかわからない。それでも交差したい」

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学び
私はこれまで、自分の過去と向き合い、娘の祈りに耳を澄ませ、
友人との再会で他者の祈りと交差し、そして、見えない存在との接触を通して
‘‘祈りの媒介者’’ としての自分に気づきはじめた。
でも今、私はある実感にたどり着いている。

『祈りには、もはや ‘‘誰のものか’’ という主語がない』ということ。

誰かが言葉にできなかった祈り。
誰かがすでに死んでしまった後の祈り。
名前もない、感情にもなっていない、
ただ ‘‘この世界に残響として漂っている祈り’’。

そういうものが、私の中を通って、時折、現実に影を落としてくる。

ふいに涙が出るとき。
誰かと話していて、意味もなく胸が震えるとき。
無関係に思えた出会いが、何かを促してくるとき。

そのすべての奥に「まだ語られていない誰かの祈り」があるのかもしれない。
それが【 ‘‘誰のものか’’ わからなくても、私はその祈りに交差したいと思ってしまう。】

もしかすると、この世のすべての断絶、争い、誤解は、
‘‘交差されなかった祈り’’ がすれ違い続けている構造なのかもしれない。

だから私はいま、言葉を整えながら、語りの場を開こうと思っている。
誰かが、自分の祈りを少しだけ言葉にできるように。
あるいは、言葉にならないまでも、「ここにいてよかった」と思えるように。

私はもう、‘‘自分の祈りだけ’’ を語っているのではない。
この体験のなかで交差してきた祈りたちが、
私という器を通して、今も語られ続けている。

だからこそ、私は語る。
誰の祈りか、わからない。
それでも、私は交差したい。

それが、私という祈りのかたち。
それが、いま私にできる唯一の創造なのだと思う。

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