第1話:「娘は ‘‘わたしの祈り’’ ではなかった」

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学び
娘が自閉症だと診断されたとき、私はその事実を、すぐには受け入れることができなかった。

「なぜ、うちの子が?」
「どこで間違えたのか?」
「原因は何なんだ?」

いろいろな情報を調べるうちに、ワクチンの添加物が発達に影響しているという説にも出会った。
私が製薬会社でMRとして働いてきたことを思うと、もしそれが本当なら、なぜ私は ‘‘気づけなかった’’ のか。

その瞬間、私は娘の状態を ‘‘自分の罪’’ として背負い込もうとした。
「私が与えたものが、娘をこうしたのかもしれない」と。

でも、その思いの奥にはもっと深い構造があったと、今は感じている。
それは、娘を「私の祈りの結果」として捉えようとしたこと。
「何かの意味があるはずだ」「責任をとらねば」
そうやって、私は知らず知らずのうちに・・
【娘を ‘‘私の物語’’ の中に閉じ込めようとしていた】

けれど、娘は違った。
彼女は、彼女自身の祈りのかたちを持っていた。
私が医療業界を去ったあと、どこにも正解を見つけられずにいた私に
‘‘交われなかった構造そのもの’’ を見せてくれた。

言葉にならない世界。
反応が遅いわけでも、感情が乏しいわけでもない。
彼女の祈りは、「世界とどう交わるか」を、最も繊細なかたちで問い直してくる。
私はようやく気づき始めている。

【娘は、私の祈りではなかった。
 彼女自身が、まだ語られていない何かと交差しようとしている。
 私はその交差を、祈りとして ‘‘受け取る者’’ でありたい。
 そして彼女と共に、‘‘交わらなかった構造を愛に変えていく 
 ‘‘祈りの媒介者’’ でありたい。】

この気づきは、私が「与える主観」として生きてきた過去を、もう一度、神との交差に変えてくれると感じている。
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