介護現場で働いていると、こんなことはないでしょうか。
同じ入居者さんに、同じような介助をしている。
それなのに、
「あの職員が来ると落ち着く」
「あの人の話なら聞いてくれる」
「あの職員には笑顔を見せる」
ということがあります。
経験が長いからでしょうか。
話が上手だからでしょうか。
それとも、その職員がもともと優しい性格だからでしょうか。
もちろん、それらも関係しているかもしれません。
でも私は、
「あの人だからできる」で終わらせなくてもよい部分があるのではないか
と思っています。
安心させる職員が何気なく行っていることを一つずつ見ていくと、他の職員も学べる「技術」が見えてきます。
今回は、心理学やコミュニケーション、認知症ケアなどの知見も手がかりにしながら、介護現場の「安心」について考えてみます。
■「大丈夫ですよ」と言えば安心するわけではない
私たちは、人と接するとき、言葉の内容だけを受け取っているわけではありません。
声の大きさや速さ。
表情。
視線。
身体の向き。
相手との距離。
話すタイミング。
そして、自分の話を聞いてくれているかどうか。
さまざまな情報を手がかりに、相手との関係を受け止めています。
介護現場でも同じです。
たとえば、
「大丈夫ですよ」
という同じ言葉でも、
早口で、作業を続けながら言われる「大丈夫ですよ」と、
目線を合わせ、落ち着いた声で、本人の反応を待ちながら伝える「大丈夫ですよ」。
受け取られ方が同じとは限りません。
大切なのは、
**「何と言ったか」だけではなく、「どのように関わったか」**
なのだと思います。
■「次に何をされるのか分からない」は不安になる
私たちは、自分の周りで何が起こるのか分からない状況では、不安を感じやすくなります。
介護を受ける側から考えてみます。
突然、自分の部屋に人が入ってくる。
後ろから声をかけられる。
突然、身体に触れられる。
「はい、行きますよ」
と言われるけれど、どこへ行くのか分からない。
職員側には「いつもの介助」でも、本人側から同じように見えているとは限りません。
特に認知機能が低下している場合には、
「この人は誰なのか」
「なぜ近づいてきたのか」
「これから何をされるのか」
を理解することが難しくなる場合があります。
だから、
「○○さん、おはようございます」
「今からお着替えのお手伝いをしてもいいですか」
と一つずつ伝える。
そして、本人の反応を待つ。
こうした小さな積み重ねが、
**「この職員は次に何をするのか分かりやすい」**
という感覚につながることがあります。
安心感は、優しい言葉だけではなく、**予測しやすい関わりの積み重ね**からも生まれるのではないでしょうか。
■「すぐに否定しない職員」は何をしているのか
安心する職員を見ていると、もう一つ気づくことがあります。
すぐに否定しないことです。
たとえば入居者さんが、
「家に帰らないと」
と言ったとします。
「ここが家ですよ」
とすぐに訂正するのか。
それとも、
「帰りたいんですね」
「何か気になることがありますか」
と、まず本人の気持ちを確認するのか。
ここで大切なのは、
事実に同意することと、気持ちを受け止めることは別
ということです。
心理学者カール・ロジャーズは、援助的人間関係を考えるうえで、相手を理解しようとする共感的理解などを重視しました。
もちろん、心理療法と介護は同じではありません。
それでも、
「この人はすぐに私を否定しない」
「まず話を聞いてくれる」
と感じられる関係について考えるうえで、参考になる視点だと思います。
■ 分かっていても、できない。それが介護の難しさ
ここで、
「だったら、ゆっくり話を聞けばいい」
と思うかもしれません。
でも、実際の介護現場はそれほど単純ではありません。
ナースコールが鳴っている。
次の入浴介助が待っている。
記録を書かなければならない。
他の入居者さんにも目を配らなければならない。
転倒などの事故も防がなければならない。
そんな時に、
「ちょっと話を聞いて」
と言われる。
一人ひとりを大切にすることと、複数の入居者さんの生活と安全を同時に支えること。
この両方を求められるところに、介護という仕事の難しさの一つがあると思います。
だから、
「もっと優しくしましょう」
「もっとゆっくり関わりましょう」
だけでは、現場の職員には届かないことがあります。
忙しい現実を無視するのではなく、
限られた時間の中でも、どうすれば安心につながる関わりができるのか
を考える必要があります。
■ 介護は、自分の感情とも付き合う仕事
介護職も一人の人間です。
疲れている日もあります。
嫌なことがあった日もあります。
相性が難しいと感じる入居者さんもいるでしょう。
それでも職業人として、
「今日は機嫌が悪いから冷たく接する」
というわけにはいきません。
社会学者アーリー・ホックシールドは、人と関わる仕事において、仕事の一部として感情の表現を調整する「感情労働」という概念を示しました。
この考え方は、介護という仕事について考える際にも参考になります。
ただし、
「いつでも笑顔でいなければならない」
「自分の感情を持ってはいけない」
という意味ではありません。
大切なのは、自分にも感情があることを認めながら、
その感情をそのまま入居者さんにぶつけないこと。
そして、一人で抱えられない時には、職員同士で相談し、支え合えることです。
■「あの人は優しいから」で終わらせない
職員教育を考える時、私はここが大切だと思っています。
「あの職員は優しいから」
「あの人は人柄がいいから」
で終わらせてしまうと、他の職員はその人の関わり方を学ぶことができません。
では、その職員は実際に何をしているのでしょう。
近づく前に声をかけている。
目線を合わせている。
一度にたくさん話さない。
本人の返事を待っている。
すぐに否定しない。
できるだけ一貫した態度で接している。
こうして具体的な行動に分けてみると、
「あの人だからできること」が、
「職員みんなで学べること」
に変わっていきます。
「優しさ」を性格だけの問題にせず、具体的な行動として共有する。
私は、ここにも職員研修の意味があると思っています。
■ 接遇と介護は似ている。でも、同じではない
一般の接客やサービス業でも、
相手の話を聞く。
丁寧に説明する。
不快感を与えない。
相手の立場を考える。
こうしたことは大切です。
介護にも共通する部分があります。
しかし、介護には特有の難しさがあります。
身体に触れる。
排泄や入浴など、非常にプライベートな領域に関わる。
本人が望んでいないことでも、健康や安全のために説明や調整が必要になる場合がある。
認知機能や身体機能によって、自分の思いを十分に伝えられない方もいる。
そして、その関係は一度ではなく、毎日のように続いていきます。
だから介護は、
「感じよく接する」だけでは足りません。
相手の状態を理解し、安全を考え、本人の意思を尊重しながら必要な支援につなげていく。
そこに介護職としての専門性があります。
■ 明日から一つだけ変えるなら
すべてを一度に変える必要はありません。
明日から一つだけ意識するなら、
「本人の反応を待ってから、次の行動に移る」
ことから始めてみてはどうでしょう。
声をかける。
少し待つ。
表情を見る。
返事を待つ。
それから次へ進む。
ほんの数秒かもしれません。
でも、その数秒が、
「自分を置いていかない人」
「自分のことを確認してくれる人」
という安心につながることがあります。
「あの職員だから安心する」
には、理由があるのだと思います。
その理由を見つけ、言葉にし、職員同士で共有できれば、
一人の“いい職員”の関わりを、チームのケアに変えることができます。
安心を「その人の性格」だけに任せず、学び、振り返り、共有できるものにする。
それも、介護の専門性を高める一つの方法ではないでしょうか。
参考文献・資料
・厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン(第2版)」
・厚生労働省「認知症施策推進基本計画」
・Rogers, C. R. (1957). *The necessary and sufficient conditions of therapeutic personality change.* Journal of Consulting Psychology, 21(2), 95–103.
・Hochschild, A. R. (1983). *The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling.* University of California Press.