― ベテランと新人、それぞれの「経験」から考える ―
介護施設では、
「職員がなかなか定着しない」
という悩みをよく聞きます。
一方で、
「うちは10年以上働いている職員が多い」
「開設当初からいる職員もいる」
という施設もあります。
職員が長く働いてくれることは、大きな財産です。
入居者のことを知っている。
家族のことを知っている。
施設がこれまで経験してきたことを知っている。
長く一緒に働いている職員同士なら、
「あの人にはここまで伝えれば分かる」
「今日は少し様子が違うな」
と、お互いのことも分かってきます。
言葉にしなくても動けることが増え、チームとして仕事がしやすくなる。
これは、職員が定着している施設の大きな強みです。
実際、米国のナーシングホームを対象とした大規模研究でも、職員の離職が高い時期とケアの質の低下との関連が報告されています。ジャマネットワーク
ですから、職員が長く働いてくれることは、やはり大切にしたいことです。
ただし、
「職員が辞めない=良い施設」
と、それだけで考えてよいのでしょうか。
今回は、長く働く職員と新しく入る職員、それぞれが施設にもたらすものから、
人が定着する良さを残しながら、新しい考えも受け入れられる施設
について考えてみたいと思います。
長く働く職員だから分かることがある
長く働いている職員には、マニュアルだけでは身につかない知識があります。
たとえば認知症のある入居者について、
「朝一番に急いで声をかけると不安になりやすい」
「食事を勧めても断るけれど、少し話をしてからなら食べ始める」
「家族の話題になると表情が変わる」
といったことを知っている。
記録には残しきれない、小さな特徴です。
家族との関係についても、
「このご家族は、ここを一番心配されている」
「この話をすると安心される」
といったことが、長い関係の中で分かってきます。
さらに、以前起きた事故、過去に試した改善策、なぜ現在の手順になったのかなど、施設の記憶も持っています。
これは大きな強みです。
でも、「よく知っている」が「分かったつもり」になることもある
長く関わることの良さと難しさは、表裏一体なのかもしれません。
「あの方はこういう人だから」
「これくらいなら大丈夫」
「いつもこうだから」
入居者をよく知っているからこそ、自然に出てくる言葉です。
長い関係があるからできる声かけもあります。
しかし、その親しさがいつの間にか馴れ合いに近づいていないかは、ときどき振り返る必要があります。
言葉遣いが少し雑になっている。
本人に確認せず、「いつものことだから」と決めている。
「この人はこういう人」というイメージが固定され、最近の変化を見なくなっている。
毎日接しているからこそ、気づきにくくなることもあります。
そんなとき、新しく入った職員から、
「この声かけで大丈夫なんですか?」
と言われることがあります。
長く働く職員からすれば、
「この方とは長い関係があるから大丈夫」
と思うかもしれません。
一方、新しく入った職員には、その関係性がまだありません。
だからこそ見えるものもあります。
長くいる人にしか見えないものと、新しく入った人だから見えるものは違う。
ここが大切なのだと思います。
「いろいろやってきて、今がある」という経験
長く働いていると、さまざまな取り組みを経験します。
新しい記録方法。
業務改善。
研修。
ケア方法の変更。
始めたけれどうまくいかなかったこともあるでしょう。
だから、
「それ、前にもやったよ」
「結局続かなかった」
「現場では難しいと思う」
という意見が出ることがあります。
これは単なる反対ではありません。
過去の失敗を知っているからこそ言える意見でもあります。
その経験は大切にする必要があります。
ただし、
「以前うまくいかなかった」と「今やってもうまくいかない」は同じではありません。
以前とは職員も違います。
入居者も違います。
設備や技術、制度も変わっています。
経験は施設を守ってくれます。
一方で、
「いろいろやった結果、今の方法が一番いい」
と経験が現在の方法の正しさを証明するものになってしまうと、施設は変わりにくくなります。
新しく入った職員には、「まだ知らない」から見えるものがある
新しく入った職員は、施設のことを十分には知りません。
入居者との関係も、施設がなぜ現在の方法になったのかも分かりません。
当然、判断を誤ることもあります。
「もっとこうすればいいのに」
と思ったことが、実は以前試してうまくいかなかった方法かもしれません。
これは新しい職員の弱い部分です。
でも、
「まだ知らない」からこその強さもあります。
「なぜ、この記録を二回書いているんですか?」
「なぜ全員この時間に起きるんですか?」
「この業務は、本当に必要なんですか?」
長く働いている職員には、もう疑問にすらならなくなったことを質問します。
聞かれた側も、
「そういえば、どうしてだろう」
と考えることがあります。
新人の「なぜ?」は知識不足から出ることもあります。
同時に、施設の当たり前を外から点検する機会にもなります。
さらに難しい「経験のある新人」
新人といっても、全員が介護未経験者ではありません。
他施設で10年、15年働いてきた人が転職してくることもあります。
こうした場合、少し違った難しさが生まれます。
未経験者が、
「教えてください」
と入ってくれば、周囲も「教えてあげよう」という関係をつくりやすい。
ところが経験者から、
「前の施設ではこうしていました」
「こういう方法もありますよ」
と言われると、
「まだ入ったばかりなのに」
「うちのやり方を否定しているのかな」
「前の施設とここは違う」
と感じることがあります。
場合によっては、
未経験の新人より、経験のある新人の方が警戒される
こともあります。
しかし、経験者側にも、それまで働いてきた施設での成功や失敗があります。
つまり、
既存職員にも経験がある。
新しく入った職員にも経験がある。
経験がないから衝突するのではなく、
お互いに経験があるからこそ、ぶつかることもある。
ここは管理者が意識しておきたいところです。
「やり方への意見」が「自分への否定」に聞こえてしまう
長年その施設で働いてきた職員にとって、現在のケア方法は単なる「方法」ではないことがあります。
失敗して、話し合って、事故を経験して、家族から意見をもらって、試行錯誤しながら現在の形をつくってきた。
そのため新しい人から、
「このやり方、変えた方がいいのでは?」
と言われると、
方法への提案だったとしても、
「今まで自分たちがやってきたことを否定された」
と感じることがあります。
反対に、新しく入った経験者も、自分の経験を何度話しても、
「ここではそうしません」
と言われ続ければ、
「自分の経験を認めてもらえない」
と感じるかもしれません。
こうなると、いつの間にか、
「どちらの経験が正しいのか」
という争いになってしまいます。
必要なのは、どちらが上かを決めることではありません。
「この施設では、なぜこの方法なのか」
「前の施設では、なぜ違う方法だったのか」
「それぞれの良さとリスクは何か」
そして、
「今、この入居者にとってどうなのか」
まで戻して考えることではないでしょうか。
新人が何も言わなくなったとき、「慣れた」とは限らない
入職した頃には、
「これはなぜですか?」
「こうした方法もあると思います」
と話していた職員が、半年後には何も言わなくなる。
それを、
「やっと施設に慣れた」
と感じることがあります。
本当にそうなら問題ありません。
ただ、
「言っても聞いてもらえない」
「また否定される」
「余計なことを言わない方がいい」
と学んだ結果、黙るようになった可能性もあります。
組織心理学には心理的安全性という考え方があります。
Edmondsonは、心理的安全性をチームが対人的リスクを取るうえで安全だという共有された信念として扱い、チームの学習行動との関連を報告しています。Sage Journals
介護施設で考えるなら、
新人が「なぜですか?」と言えることだけではありません。
ベテランが、
「今までこうしてきたけれど、変えた方がいいかもしれない」
と言えることも同じくらい重要なのだと思います。
長く働く人が多いのに、新しい人だけが辞めていないか
10年以上勤務している職員が何人もいる。
でも、新しく採用した職員は半年、一年で辞めていく。
こういう施設もあります。
平均勤続年数だけなら、
「ベテランの多い安定した施設」
に見えるかもしれません。
もちろん、新しく入った人が辞める理由はさまざまです。
本人の事情もありますし、仕事が合わなかった場合もあります。
ですから、新人の退職をすべて施設の問題と考えることはできません。
それでも同じことが繰り返されるのであれば、
「最近の人は続かないね」
だけではなく、
「長くいる人には居心地がよいけれど、新しく入った人には入りにくい職場になっていないか」
という見方も必要ではないでしょうか。
だからといって、人が入れ替わればいいわけではない
反対に、職員の入れ替わりが激しい施設にも大きな問題があります。
教える。
仕事を覚える。
辞める。
また採用する。
また一から教える。
これを繰り返せば、教える側も疲れていきます。
さらに、
「あの方は、この声かけだと安心する」
「このご家族には、こういう経緯がある」
といった知識も、人と一緒に施設から出ていきます。
Shenらの研究では、米国ナーシングホームの同一施設内で比較しても、職員離職が高い時期は検査時の指摘増加や複数のケア品質指標の低下と関連していました。ただし、これは米国のナーシングホームを対象とした観察研究であり、日本のすべての介護施設にそのまま当てはめられるものではありません。ジャマネットワーク
そして忘れたくないのは、
施設は職員にとっては「職場」ですが、
入居者にとっては「生活の場」
だということです。
昨日まで毎日関わっていた職員がいなくなる。
新しい職員が来る。
声のかけ方や介助の仕方が変わる。
職員にとっては人事上の変化でも、入居者にとっては毎日の生活環境の変化です。
だからこそ、職員の定着には大きな意味があります。
「誰が正しいか」ではなく、経験を施設に残す
では、良い施設とはどんな施設なのでしょうか。
ベテランの経験を、
「あの人だからできる」
で終わらせない。
なぜその声かけが有効なのか。
なぜこの手順になったのか。
過去に何を試し、なぜうまくいかなかったのか。
それを記録、申し送り、会議、OJTなどを通して、ほかの職員へ渡していく。
一方、新しい職員の疑問も、
「新人だから分かっていない」
で終わらせない。
他施設で経験のある職員の提案も、
「前の施設とは違う」
だけで終わらせない。
まず、
「なぜそう思ったの?」
と聞いてみる。
そのうえで、
「入居者にとってどうか」
「根拠はあるか」
「この施設で実行できるか」
を考える。
良ければ取り入れる。
合わなければ取り入れない。
試した結果も施設の経験として残す。
つまり、
個人の経験を、組織の経験へ変えていく。
これができれば、人が入れ替わっても、施設の知識がすべて失われることは少なくなります。
「辞めないこと」そのものを目的にしない
職員の定着は大切です。
ただ、「離職率を下げること」そのものが目的になると、別の難しさも生まれます。
「この人に辞められると困る」
「夜勤が回らなくなる」
「ベテランだから仕方ない」
そう考えて、必要な指導までできなくなる。
人手不足の現場では、管理者がそう考えてしまう現実もあります。
だから簡単な話ではありません。
それでも、
職員に辞めてもらわないことと、良いケアを守ることの順番が逆になっていないか。
これは、ときどき確認しておきたいところです。
目指したいのは、
「辞められない施設」でも、
「辞めさせない施設」でもありません。
良いケアを続けながら、ここで働き続けたいと思える施設。
ではないでしょうか。
「変わらない施設」と「変わり続ける施設」の間で
長く働く職員がいるから守られてきたものがあります。
入居者との関係。
家族との信頼。
施設の歴史。
過去の失敗から得た知識。
職員同士の連携。
一方、新しく入ってくる人がいるから気づけることもあります。
「なぜ、これをしているんだろう」
「もっと違う方法はないだろうか」
「これは本当に入居者のためだろうか」
という外からの視点です。
長く働いているから正しいわけではない。
新しい考えだから正しいわけでもない。
他施設で経験があるから正しいわけでもない。
大切なのは、
それぞれが持っている経験や視点を、誰かの正しさを証明するためではなく、入居者の生活をより良くするために使えること。
良い施設とは、
人が定着する。経験が蓄積する。その経験を次の人へ渡せる。そして、新しい人の疑問や外から入ってきた経験も検討できる。
そんな施設なのかもしれません。
「昔からこうしているから」でも、
「前の施設ではこうだったから」でもなく、
「なぜ、この方法なのか」
を一緒に考えられる。
人も知識も定着しながら、必要なものは残し、必要なものは変えられる。
そんな施設が、職員にとっては長く働きたい職場になり、入居者にとっては安心して長く暮らせる場所になっていくのではないでしょうか。
参考文献・参考資料
Shen K, McGarry BE, Gandhi AD. Health Care Staff Turnover and Quality of Care at Nursing Homes. JAMA Internal Medicine. 2023;183(11):1247–1254. doi:10.1001/jamainternmed.2023.5225. ジャマネットワーク
Edmondson AC. Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly. 1999;44(2):350–383. doi:10.2307/2666999. Sage Journals
Blatter C, Osińska M, Simon M, Zúñiga F. The relationship between nursing home staffing and resident safety outcomes: A systematic review of reviews. International Journal of Nursing Studies. 2024;150:104641. doi:10.1016/j.ijnurstu.2023.104641. サイエンスダイレクト
※海外のナーシングホーム研究や組織心理学の研究を、介護施設を考えるための視点として参照しています。長期勤続者、新しく入職した職員、経験者のいずれかに問題があると一般化するものではなく、施設や職員によって状況は異なります。