なぜ老人ホームの「多職種連携」は、うまくいかないのか?

なぜ老人ホームの「多職種連携」は、うまくいかないのか?

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学び
―「何を言ったか」より「誰が言ったか」で決まる職場を考える―

老人ホームでは、「多職種連携が大切」とよく言われます。
介護職、看護職、ケアマネジャー、生活相談員、リハビリ職、栄養職、管理者。
それぞれの専門性を持ち寄り、一人の入居者を支える。
その必要性自体は、介護に携わる人であれば十分理解していることだと思います。
それでも実際の現場では、
「介護と看護がうまくいかない」
「ケアマネに伝えても変わらない」
「看護師が言うと、それで決まってしまう」
「現場のことを知らない人に決められる」
といった声を聞くことがあります。
施設によっては、
「ここは介護職が強い」
「うちは看護職が強い」
という独特の力関係が生まれることもあります。
さらに職種すら関係なく、
「○○さんが言うなら仕方ない」
「主任に反対すると面倒だから」
「ベテランの○○さんが決めたことだから」
と、特定の人の意見が通る職場もあります。
本来、考えなければならないのは、
「誰が言ったのか」ではなく、「その入居者にとって何がよいのか」
のはずです。
それなのに、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。
今回は「もっとコミュニケーションを取りましょう」で終わらせず、職員の心理と職場の仕組み、両方から考えてみたいと思います。

同じ入居者を見ていても、「同じもの」を見ているとは限らない

たとえば、転倒リスクの高い入居者がいるとします。
本人は、
「自分で歩きたい」
と希望している。
介護職から見ると、
「何度も立ち上がる。ずっと付き添うことは難しい」
という現実があります。
看護職には、疾患、服薬、血圧、体調などが見える。
リハビリ職には、筋力、バランス、歩行能力が見える。
ケアマネジャーには、本人の希望やケアプランとの整合性が見える。
管理者には、事故予防、身体拘束、職員配置、施設としての責任も見えます。
家族には、
「転ばせないでほしい」
という思いがあるかもしれません。
同じ一人の入居者について考えているのに、それぞれが見ている景色は違います。
しかし、これは本来、悪いことではありません。
むしろ、一つの職種だけでは見えないものを見るために、多職種がいるはずです。
長期ケアにおける多職種連携の研究でも、連携にはチームの機能だけでなく、組織条件や情報共有など複数の要素が関係すると整理されています。PubMed
問題は、違う景色を持っていることではありません。
その違いを持ち寄る前に、誰か一人の景色だけで結論が決まってしまうことです。

なぜ「介護職が強い施設」「看護職が強い施設」が生まれるのか

ます。
ただし、老人ホームでは、介護職が24時間、入居者の生活に関わっています。
食事、排泄、入浴、移動、睡眠、表情、会話。
日常生活の小さな変化を長い時間見ているからこそ、
「毎日見ている私たちが一番分かっている」
「それは現場ではできない」
という言葉には、大切な情報が含まれています。
現場で実行できない計画を作っても意味がありません。
しかし、それがいつの間にか、
「現場を一番知っている=介護職の判断が最優先」
に変われば、医療面からの懸念やリハビリ職の評価が入りにくくなることがあります。
反対に、看護職の発言力が強い施設もあります。
急変、服薬、疾患、誤嚥、感染、褥瘡など、生命や健康に関わる領域では医療的な専門性が重要です。
「看護師が危ないと言っている」
という言葉に大きな重みが生まれるのも理解できます。
ただし、
医療的な専門性を尊重することと、生活全体を一つの職種の判断だけで決めることは同じではありません。
転倒を防ぐことだけを考えれば、歩く機会を減らすという選択になるかもしれません。
しかし、本人の希望、自立、楽しみ、身体機能まで考えれば、別の選択肢が見えてくることもあります。
大切なのは「介護職が悪い」「看護職が悪い」と考えることではありません。
なぜ、その施設では特定の職種の意見が通りやすくなっているのか。
そこを見ることだと思います。

本当に強いのは「職種」ではなく、その職場でつくられた力関係かもしれない

誰の意見が通りやすくなるかには、
人数が多い。
24時間現場にいる。
専門資格がある。
事故が怖い。
責任を負う立場にある。
管理者との距離が近い。
長く勤めている。
過去にその人の判断でうまくいった。
反対すると話が長くなる。
など、さまざまな要因が考えられます。
つまり、
職種そのものに力があるというより、その施設の歴史や仕組み、人間関係の中で「誰の意見が通りやすいか」がつくられていく。
ここが重要なのではないでしょうか。
日本で長期ケア経験のある医療・介護専門職65名を対象にした研究でも、多職種連携に影響する要因として、調整、専門職間のヒエラルキー、専門化、日常的な会話、電子的コミュニケーションなどが抽出されています。PubMed

さらに難しいのは、「特定の個人」が強くなる職場

多職種連携を考えるとき、さらに難しい問題があります。
介護職対看護職ではありません。
特定の一人の意見が強くなるケースです。
「○○さんがそう言っているから」
「ベテランだから」
「主任だから」
「この人に反対すると後が大変だから」
と、内容を十分検討しないまま意見が通ってしまう。
この状態になると、
「何を言ったか」より「誰が言ったか」
が意思決定を左右するようになります。
しかも、これは必ずしも「強い人」一人だけの問題ではありません。

「誰も反対しない」は、「全員が賛成」とは限らない

最初から誰も意見を持っていなかったとは限りません。
以前は、
「私は違うと思います」
と発言していた人がいたかもしれません。
しかし、
意見を言うたびに否定される。
話を遮られる。
相手が不機嫌になる。
結局いつも同じ人の意見になる。
そんな経験が続けば、
「言っても変わらない」
「面倒になるだけ」
「黙っていた方が楽」
と思うようになることがあります。
すると、
強い人が発言する
→ 周囲が黙る
→ 反対意見が出ない
→ その意見で決まる
→ 次も周囲が黙る
という流れが生まれます。
やがて個人の問題ではなく、職場の「当たり前」になっていくことがあります。
これは管理者にとって特に注意したいところです。
会議で反対意見がなかった。
だから、
「みんな納得した」
とは限りません。
「言っても変わらないから、言わなかった」
可能性もあるからです。

「連携してください」と言っても、連携できない職場もある

もう一つ忘れてはいけないのが、職場の仕組みです。
介護職はフロア。
看護職は医務室。
ケアマネや相談員は事務所。
リハビリ職は決まった時間だけ関わる。
夜勤者と日勤者は直接会えない。
会議に全員参加できない。
記録を見るタイミングも違う。
このような環境で、
「もっと連携してください」
と職員に求めるだけで、本当に連携できるでしょうか。
日本の長期ケアを対象とした研究でも、専門職間のヒエラルキーだけではなく、調整役、日常的な会話、電子的な情報共有などが連携に関係する要因として挙げられています。PubMed
つまり、多職種連携がうまくいかない理由を、
「職員のコミュニケーション能力が低い」
だけで説明することはできません。
そもそも連携できる仕組みになっているのか。
そこも管理者が見る必要があります。

「もっと話し合う」だけではなく、話し合い方を変えてみる

では、どうすればよいのでしょうか。
「みんな仲良くしましょう」
「もっと話し合いましょう」
だけでは、なかなか変わりません。
一つの方法は、意思決定の中心を**「人」から「入居者と根拠」へ戻すこと**です。
たとえば会議で、
「どうしたらいいと思いますか?」
だけから始めるのではなく、
① 何が起きているのか――事実
② 本人は何を望んでいるのか
③ それぞれの専門職から何が見えているのか
④ その判断の根拠は何か
⑤ 予想される利益とリスクは何か
⑥ 今回の共通目標は何か
⑦ 誰が何をするのか
⑧ いつ結果を確認するのか
という順番で整理してみる。
こうすることで、
「○○さんがそう言ったから」
ではなく、
「その判断には、どんな根拠があるのか」
へ話を戻しやすくなります。

「全員の意見を同じ重さにする」ことが、多職種連携ではない

ここは誤解したくないところです。
多職種連携とは、すべての場面で全員の意見を同じ重さにすることではないと思います。
医療的な判断では、医師や看護職などの専門性が重要です。
生活の細かな変化については、日常的に関わる介護職が持っている情報が重要になります。
身体機能ならリハビリ職。
ケア全体の調整ではケアマネジャー。
それぞれに専門性があります。
大切なのは、
「立場が強いから従う」のではなく、「今回の問題では、その専門性と情報が重要だから重視する」
ことではないでしょうか。

管理者が変えられるのは、「強い人」より「決まり方」

「○○さんが強すぎる」
と考えると、その人の性格を変えなければ解決しないように思えてしまいます。
しかし、管理者が最初に変えられるのは、個人の性格ではありません。
物事の決まり方です。
発言の強さで決めない。
役職だけで決めない。
声の大きさで決めない。
反対意見がないことを、そのまま同意と受け取らない。
そして、
「ほかに違う見方はありませんか」
「介護からはどう見えていますか」
「看護からは?」
「本人は何を望んでいますか」
「その判断の根拠は何でしょう」
と問いかける。
特に、普段あまり発言しない職員が持っている情報を拾う。
そして、その意見が採用されなかったとしても、「言っても大丈夫だった」と思える場にする。
こうした「決まり方」の積み重ねが、職場の力関係にも影響していくのではないでしょうか。

多職種連携とは、「同じ意見になること」ではない

介護職と看護職の意見が違う。
それ自体は悪いことではありません。
むしろ、違う専門職がまったく同じものしか見ていないのであれば、多職種である意味は小さくなります。
問題なのは、
違う意見があることではなく、違う意見を出せないこと。
そして、
「誰が言ったか」で結論が決まってしまうこと。
なのではないでしょうか。
介護職には介護職から見える景色がある。
看護職には看護職から見える景色がある。
ケアマネ、相談員、リハビリ職にも、それぞれ違う景色があります。
そして何より、その中心には入居者本人の生活があります。
違う専門性を持つ人たちが、違いを消すのではなく、違いを持ち寄る。
「誰が正しいか」ではなく、
「この方にとって、今、何が一番よいのか」
を考える。
そのために、多職種がいるのだと思います。
「介護職が強い施設」
「看護職が強い施設」
「○○さんの意見には誰も反対できない施設」
から、
必要なときに、必要な専門性と現場の情報が、きちんとテーブルに載る施設へ。
多職種連携を良くするということは、人間関係を良くすることだけではありません。
「誰が言ったか」ではなく、「何を根拠に、誰のために考えているのか」で決められる職場をつくる。
そこから考えてみてもよいのではないでしょうか。
参考文献・参考資料
・Doornebosch AJ, Smaling HJA, Achterberg WP. Interprofessional Collaboration in Long-Term Care and Rehabilitation: A Systematic Review. Journal of the American Medical Directors Association. 2022;23(5):764-777.e2. PubMed
・Yoshida Y, Hirakawa Y, Hong YJ, et al. Factors influencing interprofessional collaboration in long-term care from a multidisciplinary perspective: a case study approach. Home Health Care Services Quarterly. 2024;43(4):239-258. PubMed
※本記事では、長期ケア領域などの研究を参考に、老人ホームで起こり得る多職種間の関係について考察しています。すべての施設・職種に同じ力関係が存在することを示すものではありません。
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